第二幕ノ二十八ガ中 小屋の中――地下へと招く外道
ぎぃぃ……という今にも崩れそうな軋む音を出しながら、小屋のドアが開いた。
小屋の中に、ひょこっと顔だけ入れて中の様子をうかがう八重。
しかし、小屋の中には月の光も入ってこず、さらにはなんの灯りもなく、漆黒に満ち満ちていた。ただ、ほこりっぽい感じだけは臭いでわかる。おそらく、普段から誰にも使われていないのだろう。
(こ、ここに、柚葉さんがぁ……)
ごくりっ! と、つばを飲み込み緊張する八重の耳元で、
――大丈夫……小袖がついてる……。
という、小袖のささやき声が聞こえてきた。
いささか驚いたが、少なくとも小袖はすぐそばにいてくれているらしい。八重は小さくうなずき、決心した。
身体を小屋の中へとすべりこませ、後ろ手にドアを閉める八重。そうしてから、闇の中へと呼びかけた。
「し、失礼しますぅ……あ、あのぉ、お、お手紙を読んで、そ、そのぉ、参りましたぁ……」
なんとも気の抜けた第一声だが、これが八重の精一杯。しかし、なんとか呼びかけてみたものの、なんの反応もないことに、八重は少々不安になってきた。
だが八重のその不安はすぐに払拭された。
「――いやぁ、待ってたよ」
真っ暗で何も見えぬ小屋の中に、なんともいえぬ気味の悪い声が響いてきた。すると間髪入れずに、部屋の奥に灯りが、ぽぅっ……と、ともった。
「ひゃぁっ……!!」
灯りに照らし出されて浮かび上がってきた姿に、八重は思わず小さな悲鳴をあげた。灯りに照らし出されてきた姿――それは、ロウソクの燭台を手に持った長次郎の姿であった。ただし、その顔は長次郎のものであって長次郎のものでないような錯覚を覚えさせるほどに、醜悪な変貌をとげていた。
「よく来てくれたね。うん、よく来てくれた……。きっと、八重ちゃんにとって、柚葉ちゃんはとっても大事なお友達みたいだね……」
そう言って笑う長次郎の顔は、まさに外道そのものとしか形容のできぬ醜悪さだった。驚き怯える八重の手を、姿を消した小袖が、きゅっと握りしめる。大丈夫……小袖がそばにいる……。
ぐっ……! と唇を噛む八重。わ、わたしが……頑張らなきゃぁ……!
「ゆっ、柚葉さんは、どこですかぁ!」
八重が、きっ! とした目つきで長次郎にそう言うと、長次郎は醜悪な笑みを引っ込め、深刻な表情となって八重に言った。
「柚葉ちゃんは、無事だよ――まだ、ね。でも、それも八重ちゃんの気持ち次第だけどねぇ……」
そこまで言ったところで、きひひひっ! と醜悪な笑みを取り戻す長次郎。以前の長次郎とはあまりにもかけ離れた言動と表情に、八重は恐怖感を募らせていった。しかし、ここで負けてはならぬ。柚葉は八重にしか救えぬのだ。
「じゃ、じゃあっ、わ、わたしはどうすればいいのですかぁ!」
大声をあげることで、なんとか恐怖感を振り払おうとする八重。それに気づいているのか、長次郎はあざけるような口調で八重に言った。
「俺に、ついてきてくれればいいよ――話は、それからさ……」
長次郎は、ひた……ひた……という不気味な足取りで、八重の方へと二歩前に歩み寄ってきた。その際に、長次郎の手に持ったロウソクの灯りで、辺りの様子が多少ではあるが浮かび上がった。
どうやら、ここは墓守の小屋のようだったらしい。粗末な机と粗末な椅子だけが、部屋の右隅にぽつねんと存在し、机のそばには天井から何やら紐のようなものがぶら下がっていた。
長次郎がぶら下がっている紐の元へと歩を進め、それを迷いなく引っ張った。すると、机の横の床が、きぃぃ……と不気味に軋む音をたてて開いた。
(こんなところに、こんな仕掛けがあったとは……)
八重の後ろで、姿を消している双葉が嘆息した。まだまだ自分も、吉原の全てを知っているわけではなかったのか。双葉が床の開いた部分を覗く。どうやら、そこは地下へと続く階段になっているようだった。
「さあ、ついておいで――――」
長次郎はそういうと、八重にくるりと背を向け、地下への階段へと足をかけはじめた。それを見て双葉が慌てて、タマへと思念波を飛ばした。
(いかがですか、タマさん。今からそちらに八重さんと私と小袖さんが向かうのですが、何か危険なことはございますか)
(うんにゃ。特に危険なことはないと思うにゃ。それにいざとなれば、にゃんとエンコもいるし、どうにでもなるにゃ)
(わかりました――八重さん、貴女の後ろは私と小袖が警護しますので、長次郎の後を追ってくださいませ)
(はっ、はいぃ~……)
八重は大きく息を吸い込み、うんっ……! と全身に力を込めて気合を入れ、長次郎が誘う漆黒の地下室へと歩みを進めるのであった。
華の大江戸幻想絵巻~妖怪仕置き人・北条煉弥の事件簿~ 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo
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