第二幕ノ二十八ガ上 小屋への到着――罠の臭い


「こっ、ここが……」

「そう――きゃつらが指定してきた場所です」


 きょろきょろと辺りを見回す八重の目に、そこかしこに死体が埋められている証拠である、土が盛り上がった土饅頭どまんじゅうが飛び込んできた。そして、その土饅頭に囲まれるかのように、小さな小屋がぽつんと寂しそうに建てられていた。

 ぶるるっ!! と八重が身震いすると、


「……見るからに……何かありそう……」


 小袖が姿を隠したままつぶやいた。


「そげん言うたかて、中に入らないかんやろうも」


 大袖が八重の後ろでそう吐き捨てる。それにオオガミも、


「嫌な予感がしねえでもねえけど、だからといって入らねえわけにもいかねえしナ」


 と、渋面を作りながら大袖の横で同意した。

 すると、双葉が八重の肩に優しく手を置いた。

「言いにくいのですが、これから先は、私たちは姿を消して八重さんの護衛をさせてくださいませ。ひょっとすると、きゃつらが監視してるやもしれませんので」

「とっ、ということはぁ……わっ、わたし一人で、そ、そのぉ……」

「そりゃそうやろが。文にも、きさん一人で来いっち書いちょったやろが」


 大袖がめんどくさそうに無慈悲にそういうと、


「……大丈夫……小袖が姿を消して……八重のすぐそばにいるから……」


 と、小袖がフォローを入れてくれた。それに続きオオガミも、


「八重からは見えないかもしれねえけど、オレたちは八重をすぐに助けれるところで陣取ってるからヨ。安心しろとは言えねえけど、ま、信用してくれヨ」


 八重の頭に、ぽんっと手を置いてフォローを入れれば、


「そうですよ。それに、いざとなればエンコとタマさんが真っ先に助けてくれますよ」


 双葉がオオガミのフォローに補足を入れる。


「……あの腐れキュウリ野郎を頼るのは気が進まないけど……そうも言っていられない……」


 無表情ながらも、明らかな不服な声でつぶやく小袖に、双葉が苦笑しながら小袖に言った。


「申し訳ありません、小袖様。今日のところは、私の顔に免じて……」

「……仕方ない……じゃあ……小袖は姿を隠すから……」


 うにょうにょうにょと、小袖は己の姿を闇夜に溶かしていくかのように消し去ってしまった。すると大袖も、


「ほんじゃ、あたきも引っ込んじょくかの」


 そう言うが否や、オオガミの首根っこをひっつかんだ。


「オッ?! ちょ、チョッ?! セ、先代ッ?!」


 情けない声をあげるオオガミを無視し、大袖がオオガミを引きずりながら後方へと消えていった。双葉はそれを見送ると、


「では、私も――――」


 小袖と同じように、周囲の闇に溶け込むように己の姿を消していった。

 ぽつねんと一人残された八重。いきなり一人ぼっちにされて、寂しさと不安から、ぐすっと涙ぐむと、


「……泣かない……小袖はここにいる……」


 と、何もない闇夜の宙空から小袖の声が響き、八重の右手を、目に見えない何者かが、きゅっと握った。

 思わず、ひゃっ?! と驚きの声をあげながら後ずさる八重の背が、これまた何もない闇夜の空間なはずなのに、誰かにもたれかかったかのような、ぽふっとした感触を感じた。すると、八重の背から、


「私も、御傍で待機しておりますので、どうぞご安心ください……」


 という、温かみを帯びたとても安堵感を覚える双葉の声が聞こえてきた。思わず振り向く八重だがそこに双葉の姿はない。


「ほっ、ほんとうにいらっしゃるのですかぁ……?」


 不安そうに小首をかしげる八重の目の前に、双葉が、すぅっとその姿を現した。


「ええ、常に御傍に控えております――ですから、どうぞご安心くださいませ」


 双葉が八重に、微笑みを浮かべながらそう言うと、双葉の姿が闇夜の中へと消え去っていった。


「さて――それでは、参りましょう」


 双葉の促しに、八重は自らを鼓舞するように、何度も何度も力強くうなずき、そして恐る恐るといった足取りで、小屋の前へと進むのであった。

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