最後の5分間 ~隕石を待つ双子の場合~

西宮樹

最後の五分間 ~隕石を待つ双子の場合~

 

 世界が滅亡するまで、後五分。

 いや、正確に言えば、地球に隕石がぶつかるまでなんだけど。


「……で、なんでお前はそんな事をしてるんだよ」


 俺の目の前で弟――充は必死に土を弄っていた。庭の隅っこで、スコップを片手に持って、黙々と穴を掘っている。

 後五分で世界が終わるのに、何をしているのだろうこいつは。いや、それは弟の土弄りを呑気に見ている俺にも言えるのかもしれないけど。


「……はあ」


 空は綺麗な青空で、正に平和そのもの。とても五分後に世界が滅びるとは思えない。

 ここまでくると、パニックを通り越して諦めた人間も多い。大概の人間は家に引きこもって、最後の時を待っているだろう。

 時計を見ると、残り時間は四分だった。


「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日私はリンゴの木を植える、か」


 そんな事を言っていたのは、誰だったか。

 その意味は、正に世界が滅亡する今になってもちっとも分からないけど。


「……ああ、成る程」


 弟は、正にそれをしようとしているのではないか?

 りんごの木を植えるために、穴を掘っているのではないか?

 確かめようと弟に声をかけようとした時、


「よし、見つかった!」


 と弟は大声を出して、俺は思わずたじろぐ。

 見つかった? なにか探していたのか?


「充。お前一体、なにを見つけたんだよ」

「これこれ」


 そう言って弟が差し出したのは、汚れた小さなブリキ箱だった。どこか見覚えがある。


「タイムカプセルだよ、にいちゃん」


 思い出した。

 二十年前、俺と充が庭に埋めたタイムカプセル。二十歳になったら取り出すかなんて言って、結局忘れていた。


「でも、なんで今更」

「りんごの木を植えるのもいいけどさ」


 弟ははにかんで言った。


「最後くらい、昔の事を思い出してもいいんじゃないかなって」


 俺は思わず苦笑して、タイムカプセルを受け取る。走馬燈を先取りしてどうするんだ。

 時計を見ると、残り時間は二分だった。


「じゃあ、開けるぞ」

「なにが入ってるんだろ」

「どうせおもちゃとかだろ」


 ワクワクしながら、俺はブリキ箱の蓋を開ける。おもちゃや漫画本が詰め込まれた他に入っていた物、それは。


「……りんごだね」

「ああ、りんごだ」

「見て、紙がある」

「『おやつ』、か。大人になったら食う予定だったのかな」

「にいちゃんが入れたんだ」

「馬鹿を言うな、お前だろ」


 沈黙が流れ、そして二人同時に大声で笑い合う。

 昔の自分たちは、なんて愚かだったのだろう。きっとリンゴが腐る事も、地球が滅びる事も知らなかったに違いない。

 未来ってやつが来る事を、信じていたんだろう。


「なあ、充。これ、埋めないか?」

「え?」


 時計を見ると、残り時間は一分。


「りんごだよ。思い出ってやつは、大事にしまっておくもんだ」


 明日地球が滅びる時に、リンゴの木を植える理由が分かったかもしれない。きっと、何かを残したかったんだろう。

 自分が生きてきた証ってやつを、この地球に。


 地球が滅びる最後の一分間。俺たちは、未来を地面に埋めた。

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