今日世界が終わるから、ラーメンを食べに行こう。

多村 流

THE END OF THE "NOODLE"

「オープンしてしまったよ。残念ながらな」


「なんで肩落とすんですか?待ちに待った世界最後の日ですよ」


「いやぁ、店建てた時には気付かんかったんだがよくよく考えたら世界最後の日にラーメン食いに来る人類なんているわけないんだよな」


「そうですかね?」


「『家族で幸せに暮らしたい』とか『有り金全部叩いて遊び呆けたい』とか、普通はそういう発想になるもんだ。誰がラーメンなんて食いに来るか。俺ですら今すぐにでも嫁と愛娘と一緒にかけがえのないひとときを過ごしたいってのによ」


看板を出してから早二年。とうとう最初で最後のオープン日を迎えた『麺処:羅具無録らぐなろく』。その大将とたった一人のバイトは、実に世界滅亡の五分前まで暇をしていた。


「このまま俺達はラーメンと共に天へ召されるのか...」


大将は覚悟の出来た口ぶりでぼやく。

その時、決して開くはずのなかった店の扉がカランカランと音を立てた。


「ここが、羅具無録...」


一人の男が息を切らしてやってきた。


「らっしゃいまーせぇー!」


バイトの男は二年間の練習の成果を発揮した。


「やっと見つけた。世界最後の日限定でオープンする伝説のラーメン屋、羅具無録。世界最後の日に食べるものといえば、肉とか寿司とかが定石だが、あんたらは違う...。世界最後の日にラーメンを作ろうとしている...大正解だ!俺が保証する。世界最後の日にラーメンと共に散っていくことを夢見る狂った男が!」


来店するやいなや早口でまくし立てる男。その意思は豚骨醤油のように濃厚で、その瞳は坦々のように熱く燃えていた。


「ハハハ...驚いたぜ、まさか俺たちと同じ『次元』に辿り着いた人間がもう一人いたなんてな。最高の一杯で昇天しな!」


バイトのキャラが変わる。恐らくは客に合わせていくスタイルなのだろう。


「あぁ、ゾクゾクしてきたよ。かせてくれよ、あんたらの『魂のラーメン』で!」


しかし、この時、バイトは衝撃の事実に気が付いた。

そう、今日は世界最後の日。具材は愚か、麺もスープも何一つ入荷がないのだ。


「大将起きてください」


「...ん、あぁどうした」


「どうしたじゃありませんよ。焼豚もメンマも麺すら無いじゃないですか!」


「当たり前だろ!誰が世界最後の日に食材を出荷するんだ!」


「なんで開き直ってるんですか!ていうか、どうするんですか!このお客さん目がマジですよ!あと右肩にちょっとちっちゃめのタトゥー入ってます!」


「いいかバイトよ。ラーメンってのは魂そのものなんだ。焼豚がなくたって、メンマがなくたって、そこに魂があるなら...それは紛れもなくラーメンなんだよ!」


「大将...。分かりました。作りましょう。僕らの『魂』を」


大将は急いでお湯をどんぶり鉢に注ぐ。

バイトは並々と注がれたお湯に向かって、鮮やかな緑色のネギをこれでもかと投げ入れる。


「喰らいな。俺らの『魂』。お湯特大、ネギ増し増しを!」


—ここで雑に世界は滅亡した。

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