19-16.収束

 警告音――。

 フリゲート〝オサナイ〟戦闘指揮所、ギャラガー軍曹が眼をメイン・モニタへ。その一角に表示――『タスク報告コマンド』。

〈敵が食い付きましたね〉口中に呟きを転がして、ギャラガー軍曹が眼を〝放送〟――チャンネル001へ。〈あっちはまだ鉄面皮ですが〉

 メイン・モニタ、艦内ネットワーク図にリストが並立。赤く、中継機の固有名――がネットワーク図、赤の増殖に連動。伸びていく。ウィンドウ下端、リストが届く。なおスクロール。


「〝綺麗事〟、か」キースから鼻息一つ、視覚に浮かぶチャンネル001――ヘンダーソン大佐へ。「我欲を飾る嘘すら正当化するか」

 並行、キースが空中へ打鍵。『ファーム書き換え、シンシアのポッドにも仕掛けろ』

『飾りどころか実の一つさえも証明せんのでは、』大佐は受け流して鉄面皮。『現実逃避の空論にしかなるまい?』

 〝キャス〟が傍ら、タロスの制御系から返してテキスト。『軌道エレヴェータ経由で? あそこ〝裏口〟仕込まれてんのよ?』

 すかさずキースが打鍵、『弱みを晒しておけるか。陽動はスキップ、直接介入』


 ――さあ出てきなさい!

 電子戦艦〝トーヴァルズ〟、電子戦中枢から〝クラリス〟がタスク報告コマンドをぶちまける。

 狙うは艦内ネットワーク、中継機という中継機――片っ端から手当たり次第。そのことごとくに裏タスク。

 ――新規設定の通信経路じゃ、トラップどころじゃないわよね!

 敵の仕込みの心配さえなければ、断絶を恐れる道理もない。中継機の裏タスクを手当たり次第にスウィープ。〝裏口〟を掘り返す。ツールをぶち込み、塗り替えるように再起動。艦内ネットワーク図、中継機群のタグというタグをへし折り、緑を押し拡げ――。

 と、異色――。

 スウィープ済みの中継機が、勝手に再起動プロセスへ。1機、3機、8機――まだ増える。

 ――まだ仕掛けを!?


〈タスク報告コマンド!〉クィネル大尉が指示を飛ばす。〈レーザ通信機、軌道エレヴェー……くそ!!〉

 〝トーヴァルズ〟電子戦指揮所、チーフ席で思わず歯噛みしたその視覚。艦内ネットワーク図上の輝点に混じって点滅――多発。増殖。増えていく。

〈再起動してます!〉わずかに遅れてオペレータ。〈中継機が! 次々に!!〉

〈あの気狂いども!〉カッスラー大佐が電子戦長席から、〈〝ゴダード〟からの〝放送〟まで止める気か!?〉

〈〝クラリス〟!〉クィネル大尉はデータ・リンクへ、〈〝放送〟の中継維持! 最優先!!〉

〈〝電力線へ!〉カッスラー大佐も号令、〈〝放送〟データをバイパス! 最優先!!〉

 直後、接続。立て続け。送信データという送信データが、残らず電力線通信網へ。


〈ああもう!〉

 揚陸ポッド、操縦席のシンシアへ声が届いた。すかさず細工、〝放送〟へ流す映像をループ。カメラとマイクを一時停止。

〈〝カロン〟?〉シンシアはチャンネル001へ眼を留めつつ、〈てことは!?〉

〈義理はここまで〉〝カロン〟の高速言語に嘆息が混じる。〈馬鹿みたいな力業まで相手してられないわ〉

〈〝トリプルA〟は!?〉声だけでシンシアが噛み付く。

〈私の役目は時間稼ぎ〉言いつつ〝カロン〟も割り切った風ではない。〈しかもついでの。本命はナノ・マシンのセッティングと軌道計算――まあ演算はさせてたけど〉

〈てことは……!〉察してシンシア。

〈諸元入力〉〝カロン〟が結論。〈加速するわよ。耐G姿勢!〉


 違和感――。

〈いきなり!?〉フォッケ中尉が意識を視覚の一隅へ。

 電子戦艦〝トーヴァルズ〟送電中枢、操作卓の光景から視点検出――からウィンドウがポップ・アップ。演算負荷グラフ、送電中枢――を細分化、うちタスクの一つをさらに拡大。周波数変調通信ツール。

 リアル・タイムで描かれる演算負荷グラフ――がつっかえた。その隣、演算タスク数の桁がまとめて繰り上がる。

〈どうした!?〉船務長が操作卓から、〈――いや、こいつは!!〉

〈タスク数が!〉フォッケ中尉が歯噛み、〈ぶち込みすぎです! さばき切れません!!〉


 キースの視覚に反応。明瞭。〝オサナイ〟のネットワーク図上、中継中枢。紫の拡大が見る間に鈍り――、

 その一角、〝キャス〟からテキスト。『〝ネクロマンサ000〟、アクティヴ・ステルス同期権限』。

 一転、ネットワーク図の紫が――染まる。青紫。さらに周囲、塗り潰す。青紫。さらにウィンドウがポップ・アップ、〝シュタインベルク〟、〝オーベルト〟、ダルトン〟、いずれもネットワーク図。一色。青紫。半拍遅れて〝ジン・ポッド〟。

「大佐は〝何を築いた〟、と訊いたが――違うな」キースが眼を鋭く、細く――「これから築くんだ」

 打鍵、『発動』。

 視覚へテキスト、『第3艦隊、ファームウェア書き換え開始』。

 各艦、ネットワーク図が変色――青の点滅へ。


 警告音――。

 フリゲート〝シュタインベルク〟戦闘指揮所、空気が尖る。

〈状況報告!〉

 告げる艦長席、デミル少佐の視覚に――異変。艦内ネットワーク図。一転。一色――青紫。

 続いてテキスト表示――。


『【発動】アクティヴ・ステルス同期権限』。改行。付記――『〝キャス〟より』。


〈来ました!〉〝オサナイ〟戦闘指揮所、〝キンジィ〟がギャラガー軍曹の聴覚へ。〈〝キャス〟から!!〉

 ギャラガー軍曹の視覚へウィンドウがポップ・アップ。味方のネットワーク図上、〝ハンマ〟中隊の短艇から携帯端末ネットワークを経由して、〝ネクロマンサ000〟のアクセスが伝わる――青紫。


〈これは!〉第3艦隊旗艦〝オーベルト〟、その総合戦闘指揮所に快哉、オペレータ。〈〝キャス〟と!〉

〈ヘインズか!〉艦隊司令席、サルバトール・ラズロ少将が拳に力。

 湧いた。歓声。オペレータの指が走る。ナヴィゲータが勢いに乗る。


 艦内ネットワーク図、中継中枢と中継機一つ一つを表す輝点が――青点滅へ。ほぼ同時。


〈おっと〉〝ジン・ポッド〟、シンシアの視覚に青――の点滅。

 ポッド内ネットワーク図――に重ねてテキスト。『ファームウェア書き換え開始:〝キャス〟より』

〈来たわね〉〝カロン〟の声に、それでも明度。〈まだ再起動ってわけにはいかないけど〉


〈艦内ネットワーク、〉フリゲート〝ダルトン〟戦闘指揮所、オペレータから鋭く声。〈ファームウェア書き換え開始!!〉

〈敵の裏をかいて、これを?〉フリゲート〝ダルトン〟戦闘指揮所、艦長席でモロダー少佐が眉を緩める。〈ゲリラどもを相手に、か〉


 ネットワーク図の輝点、そこかしこで青が点滅から点灯へ。それが増え――。


〈艦内ネットワーク!〉〝オーベルト〟総合戦闘指揮所、オペレータの声が弾む。〈書き換え完了の中継機――増えます!!〉

 ラズロ少将が頷きを、傍らへ――その先。オブザーヴァ席――から、イリーナ・ヴォルコワが頷き返す。〈お願いします〉


 ネットワーク図、中継機は青一色の点灯へ。さらに一部が青緑の点滅へ。


〈ファームウェア書き換え完了!〉ギャラガー軍曹が鋭く声。〈再……一部中継機、再起動へ!!〉

 〝オサナイ〟戦闘指揮所のメイン・モニタ、敵システムが示す艦内ネットワーク図。中継機を示す輝点の赤――はしかし、変動を見せない。並列するリスト、中継機名も。

〈偽装、してますね〉ギャラガー軍曹が眼を操作卓へ。〈てことは我々も〉

〈そういうことか〉オオシマ中尉が顎へ指。〈連中、中継機の再起動に〉

〈食い付くでしょうね〉ギャラガー軍曹も頷いて、〈こっちの出方は〝放送〟と、電子戦艦からの介入次第ってとこですか〉

〈〝ハンマ〟中隊各員、待機継続〉オオシマ中尉が携帯端末データ・リンクへ、〈繰り返す、待機継続。場合によっては、こちらで囮を引き受ける。ツール起動後、艦内ネットワークからの離脱を考慮〉


「〝築く〟、か」ヘンダーソン大佐が細く、笑う。「綺麗事で? 実績を無視して? 青いな」

「〝実績〟と言えば聞こえはいいけど、」注視するマリィの、眼と声に棘。「手段を正当化しているだけにも聞こえるわ」

 片眉を、ヘンダーソン大佐は躍らせる。「その言葉、〝惑星連邦〟の既得権益に群がる――亡者どもに聞かせてやっては?」

「つまり大佐、あなたは!」将星越しにハリス中佐。「その〝亡者ども〟と、同列に成り下がる――と、こういうことですかな?」


〈で、加速を? 今から?〉シンシアが声を低める。〈行けるのか?〉

〈むしろ今なら〉

 〝カロン〟の断言――とともにメイン・モニタヘ予定軌道。加速しつつその推力で高度を押し下げ、第6艦隊までの行程までも切り詰める。

〈無茶は承知、か〉ヒューイの声、苦笑の色が後方のタロスから。正面装甲を失った〝レモン・ボトル〟。

〈敵の電子戦艦がジャムってる間にね〉〝カロン〟が声も揺らがせず、〈こっちも余力があるわけじゃなし〉

〈で、〝放送〟で実況ってか〉シンシアが意地を声に乗せ、〈失敗は――まァ考えても仕方ねェな〉

〈敵の的になるよりマシよ〉〝カロン〟が打ち返し、〈ま、衛星軌道から飛び出す前にケリはつくわね〉

〈どっちにしろ、〉ヒューイが息を一つ挟んで、〈血路はこっちで拓くしかない〉

〈じゃ後は、〉シンシアが声に不敵を乗せて、〈時間勝負か――よし乗った!〉

〈それじゃ、〉〝カロン〟の言――に続いて2G。〈行くわよ〉


〈さァて〉ロジャーが舌なめずり、〈ここからがまた勝負だな〉

〈中継機を時間差で再起動、ってことは〉〝ネイ〝が艦内モニタの外観を強調、敵の艦内ネットワーク図。〈〝キャス〟も凝った偽装やってるわね〉

 〝ネイ〟の強調する艦内モニタ、中継機は等しく赤点灯。

〈そりゃ再起動ともなりゃ、〉ロジャーが意識を味方の艦内ネットワーク図、一部を占める青緑の点滅へ。〈細工は一発でバレるわな〉

〈てことは、〉〝ネイ〟が継いで疑問符。〈〝キャス〟に負荷が?〉

〈だろうな〉ロジャーも頷き、〈まァあの陽動からして、何ぞマシン・パワーを掘り当てたんだろうが〉

〈『が』、〉そこへ〝ネイ〟。〈支援はあった方がいい?〉

〈下手打って邪魔も……〉ロジャーは舌なめずり一つ、〈いや、時間差は……〉

 警告音。聴覚へ。視覚へウィンドウ、戦術マップ。

〈動いたわ!〉〝ネイ〟が後方、輝点を一つ強調表示。〈シンシアの揚陸ポッド!!〉

 戦術マップ上、揚陸ポッドに〝ジン・ポッド〟のタグが立つ。加速ヴェクトルと予想軌道が第6艦隊側、ただし低軌道へ――。

〈押してきたな〉ロジャーが洩らす。〈狙われるのを――いや〉

〈狙われない根拠が?〉〝ネイ〟が挟んで問い。〈つまり第6艦隊が?〉

〈だな〉ロジャーが指を一つ鳴らして、〈〝ネイ〟、メッセージを。送信先は第3艦隊、ネクロマンサ経由〉

〈シンシアにじゃなく?〉〝ネイ〟が訊く。

〈シンシアがこれで時間を稼ぐ〉打ち返してロジャー。〈仕込むのは次の手だ〉


〈敵が!〉電子戦艦〝トーヴァルズ〟、電子戦指揮所でオペレータ。〈〝ジン・ポッド〟、加速開始!!〉

 カッスラー大佐の視覚、戦術マップがポップ・アップ。〝ジン・ポッド〟の予想軌道が、低軌道から切り込んで第6艦隊へ。

〈このタイミング――〉カッスラー大佐が奥歯を苦く軋らせる。〈――連中、か! ヘンダーソン大佐へメッセージ! テキストで構わん!!〉

〈〝クラリス〟!〉一方でクィネル大尉はデータ・リンクへ、〈送電中枢へ介入! タスクを仕切れ!!〉

〈クィネル大尉、〉そこへカッスラー大佐が声。〈中継機のファームウェアを上書き処理。シャクだが地雷原を抱えてはおけん〉

〈管制中枢を〉クィネル大尉が打ち返す。〈管理権限さえ――ああくそ!〉

〈どうし――〉半ば、カッスラー大佐も声を苦らせる。〈――敵の仕掛けか?〉

〈否定できません〉クィネル大尉が歯軋りの間から、〈管理権限を敵が狙っていたら〉

〈背に腹は代えられん〉カッスラー大佐が額へ指。〈〝クラリス〟にタスクと管理権限を〉


「これはこれは心外な」ヘンダーソン大佐がハリス中佐へ、芝居がかった嘆き顔。「私はこの星系を、あの〝亡者ども〟から切り離したつもりだが?」

「その後釜に座る気が!」ハリス中佐は将星越し、「大佐にない、という証明には――なっていませんな」


『さらに問題は、だ』キースがチャンネル035から、『自分を飾っていることだな――事実を曲げて、他人を嵌めてまで』


「そこまでこだわる理由は、何?」マリィがハリス中佐の背後から、「大儀さえ崩しかねないのに」

 そのマリィが見据える先、コンタクト・レンズ型網膜投影装置の外景カメラが捉える――ヘンダーソン大佐の、薄い笑み。


〈動くか!〉カリョ少尉が密やかに舌を打つ。〈あの連中!!〉

 〝ゴダード〟戦闘指揮所の一角、陸戦隊指揮ブース。カリョ少尉の視覚には戦術マップ、〝ジン・ポッド〟の予想軌道――越しに、操作卓モニタの監視映像群。通信スタジオを選んで映すその中に、通気口の弾痕を捉えているものが、一つ。

 もう一つ、視覚に浮かぶチャンネル001にも弾痕映像。ただしこれはマリィの視覚から撮った録画、そのループ再生。

〈ボヌール上等兵〉カリョ少尉はデータ・リンクへ、〈備えろ。手を打つ〉


「綺麗事が通じるなら、」ヘンダーソン大佐は小首を傾げ、「苦労はないとも。現に今も、連邦の手の者が、暗躍している」

「まだ屁理屈を!」熱を帯びるハリス中佐――へ。

 ヘンダーソン大佐が、掌――から指をメイン・モニタヘ。その一角からウィンドウ、戦術マップ。

「残念だが、」ヘンダーソン大佐が小さく首を振る。「こちらは観測しているのだよ。電子介入と――」

 戦術マップ、静止衛星軌道上の一点が強調表示。敵を表す赤の輝点に、ヴェクトルとタグ2つ――『〝ジン・ポッド〟』、『加速:2G』。

「この、」ヘンダーソン大佐が眼を鋭く細め、「動きを」

「シンシア!?」マリィがたまらず洩らして声。

「そう、」ヘンダーソン大佐が声に棘。「連邦の暗躍に同調――いや暗躍そのもの、ということかな」


『よォ大佐!』チャンネル035、シンシアの怒り顔。『なーにが〝暗躍〟だ陰険詐欺師! いい加減こっちもキレたかんな、ぶちのめしに行ってやるから覚悟しやがれ!!』


『引き延ばして!』キースの視界へ、〝キャス〟からテキスト。『〝放送〟中で書き換えが!!』

「で、」キースはチャンネル035へ、「勝手な憶測で撃墜するのか?」


「大義は、」ヘンダーソン大佐はむしろ鷹揚に、「我々の重んじるところだとも。ゴリ押しの連邦とは違う」


『それが、』キースは鼻息一つ、『都合の悪い視点を抹殺する口実か?』


「なに、殺すばかりが芸ではないよ」ヘンダーソン大佐は小さく頷き、「艦長、第3艦隊最優先コード――発動」

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電脳猟兵×クリスタルの鍵 (C)Copyrights 2016 中村尚裕 All Rights Reserved. 中村尚裕 @Nakamura_Naohiro

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