13日の金曜日

二三加

放課後・通学路

「ゆうとー、今日はどこ寄ってくー?」

「いやいや綾さん。一応来週テストを控えているのだけど、当然のように遊びに行こうとするのはやめません?」

「えー……、明日やるよぅー」

 僕より頭一つ分低いところにある幼馴染の顔が嫌そうに歪む。



 学校からの帰り道。

 来週から始まる期末テストに向けて、いつもより少しだけ早い下校。

 夏らしく容赦のない日差しが真上から差し込み、蝉も普段より喧しい。

 よくすれ違う奥様方にも今日は逢わず、通りには僕たち2人しか居ない。

 時間こそいつもと違えど、こうして一緒に帰るのが僕と綾の日常だ。

 寄り道して買い物に付き合ったり、カラオケに行ったりすることも多いけど、今日ばかりはそうも言ってられない。

 部活も委員会もやってないんだから、少しでも勉強で内申を稼いでおかないと……。



 そんな僕の内心を読み取ってくれたのか寄り道の話は早々と打ち切られ、綾はあちこちキョロキョロしながら次の話題を振ってくる。

 ポニーテールが揺れる揺れる。

「ねぇ、ゆうとー?ところで今日は何月何日何曜日だい?」

「えー……っと……、7月の……13日で金曜日だね」

 スマホを確認して答える。

 通知はない。

「そう、"13日の金曜日"なのですー!  なんでも平成最後の"13日の金曜日"らしいよー?」

「ふーん……なんか凶器持ったアレだよね? 」

「そう、ダイソン!」

「それは掃除機だね」

「じゃあバイソン!」

「強面だけどね」

「…………もうボケが思いつかないよ! 答えはジェイソンね! ジェイソン!」

「あー、それそれ。さすが物知り綾さん」

「えっへん!ゆうとも見習ってほしいものだね!」

「勉強は僕のほうができるし」

「……ゆうとさん、それを言っちゃぁお終いよ」



 角を右に曲がる。

 綾は僕の外側を、クルッと回りながら曲がる。

 ポニーテールが持ち上がるほどの勢いで。

 何故回った……。



 今度は綾がスマホを取り出し、何か入力しながら問いかけてくる。

「じゃあ、ゆうとくんに問題です! そんなジェイソンが持っていた凶器は何だったでしょう!」

「名前が出てきたらさすがに思い出すって。答えはチェーンソーだよね?」

「半分くらい正解! 斧とか色々使ってるみたいだからね!」

「へぇー。綾は見たことあるの? そういうの苦手じゃなかったっけ?」

「見たことないよー? 今ググッたー!」

「さいですか……」

 リアルタイムに検索しながら出題するとは……。

 そんなに知識でマウント取りたいのかな、この幼馴染は……。



 やがてスマホをしまった綾は、トトッと駆け出し……、クルッとこちらを向き……、ニコッとはにかみ……、クルッと前を向き……、僕が追いついた。



「……今のは?」

「いやね、私って美少女でしょ? それをゆうとさんにも再認識していただこうと思いましてね?」

「……さいですか」

「どう? 萌えた? 萌えた? ねぇねぇねぇ!」

「はいはい萌えました萌えました」

 僕の左腕を取ってまるで恋人のように組んでくる綾。

 普段から一緒に行動することの多い僕と綾は、クラス公認の夫婦ポジションに収まっているけど、実際に付き合ってはいない。

 だって、幼馴染だし。

 もしかしたら将来そういう可能性があるかも? とくらいに考えたことはあるけど。

 …………思春期ですから!

 でもこうやってボディタッチをしてくるのは珍しい。

 寄り道しないことへの反抗だろうか?



 ――と思っていたら案の定、

「ねぇゆうと〜? 良いとこ……、行かない?」

「行きません!」

「うぅ〜。ケチぃー」

 そんなに寄り道したいのかな……?

 あまり悩ましい表情をされると僕としても少し良心が痛むのだけど……。



「じゃあ、寄り道はしないけどさ! 家に着くまでさっきみたいにクイズしようよ! ゆうともスマホ使って調べて良いからさー!」

「……テスト範囲についてとk「それはダメ!」ですよねー……」



 しょうがない。

 寄り道せず帰る決心をしてくれたんだから、問題のひとつやふたつ出して上げようじゃないか。

 幼馴染同士 win-win を心がけないとね。

 スマホを取り出し何か適当に検索……する前にLINEの通知が4件来てるな。


 差出人は…………綾?

 隣にいるのに何でわざわざ……?








「後ろ」


「ついてくる」


「凶器」


「慌てないで」








「…………そうだねー、じゃあこんな問題はどう? この画像に三角は何個あるでしょう?」

「それ歩きながらやる問題じゃないよね!? やるけどさ!」

 僕のスマホを真剣な顔で覗き込んでくる綾。

 画面に三角なんて一つも写っていない。

「あ、あと親から連絡来ててさ、醤油買ってきてって」

「おー? これはつまり念願の寄り道コースかなー?」

「……でも買い物したらさっさと帰って、土日はしっかり家で勉強するんだよ?」

「分かってるよぅ〜」

 綾の首元を汗が流れ落ちる。



 次の角を曲がり、僕達は静かに駆け出した。

 夏は始まったばかりだ。

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13日の金曜日 二三加 @deskyzer

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