僕と小岩さんのなんでもない朝
月下るい
AI
7:30。今日もいつもと同じようにまだ誰もいない教室に入り、窓際の一番後ろの席に着く。僕の席からは、外の景色も教室内の景色もよく見渡せるのでなかなか気に入っている。窓を開けると、初夏の爽やかな風がカーテンを揺らす。僕はその横でいつものように本を開いた。
7:35。いつものように彼女は姿を現した。
「おはよう円堂!今日もいい天気だねえ」
「おはよう小岩さん」
僕は本を閉じて答える。彼女はどんな天気でも大抵は『いい天気だねえ』と言う。台風でも雷でもだ。曰く、『いい天気』というのはその日に良く似合う天気のことらしい。彼女の考えは一風変わっている。
「円堂、昨日のワイドショー、見たかい?」
彼女は席に座るなりぐるりとこちらを向いた。
「いや、見てないよ」
「ええ?!昨日『見なよ!』って3回は言ったのに……」
「ごめんごめん」
と僕は苦笑する。
「まあいいや……。昨日はね、人工知能の話だったのだよ」
そう行って彼女は内容を語り始めた。別に見ていなかろうが、結局彼女が教えてくれるのだからいいのである。それに僕は、彼女の話を聞くのが存外気に入っていた。
「人工知能、つまりAIはね、データが多い分野のほうがより活躍できるらしいのだよ」
まあそうなるだろうね、と答えるより先に彼女が身を乗り出した。
「ということは、将棋だのなんだののAIより、見た目も中身も人間そっくりのAIのほうが発達していてもおかしくはないだろう?」
「君の言う将棋だのなんだののほうがデータの解析が簡単なんじゃないかい?」
「いいや、ちがうよ円堂」
そう言って彼女はさらに身を乗り出した。
——近い。
「人間は70億人もいるのだよ!しかもAIの開発をしているのは他でもない人間だ。そう考えれば人間そっくりのAIのほうが作りやすいじゃないか」
確かにそういう見方もできる。今日も僕は彼女の理屈に丸め込まれて、反論出来なくなった。
「……そうかもしれないね」
「そうだろうそうだろう!……ただね、人間そっくりなAIを作ったら、きっと人間の需要がなくなってしまうと思うのだよ」
なるほど、盲点だった。しかし珍しく、僕の頭に良い考えが浮かんできた。彼女も目を輝かせてくれるだろう。
「たしかに完成したら製造が規制されるだろうけど、もしかしたら既に完成してて、バレないように社会にとけ込ませてるのかもしれないよ?」
彼女は予想通り、その大きな目をきらきらと輝かせた。
「なかなか素敵な考えだな!!円堂にしては!!」
「『円堂にしては』は余計だと思うんだけど」
「転校生として学校に通う、とかどうだろう?」
さらりと流された……。だがまあ、
「ありがちだけど、いい感じの設定だね」
「夢のない言い回しだなあ……。そんな円堂には転校生AIの名前を考えてもらおう。」
……なかなかの無茶振りだ。賑やかになってきた教室の一角、僕の苦い表情とは対照的に彼女は期待に溢れる笑顔で僕を見つめる。
「……ハーフでもいい?」
「許してしんぜよう」
「じゃあ、『アンドロイド』をもじって―—」
「おい15分だぞ〜。席に着け〜」
ある意味絶妙なタイミングだ。今日もきっかり8:15に先生は教室に入ってきた。
少しくらい遅れて来てくれてもいいのに。また彼女との話が中途半端に終わってしまった。そうこう考えているうちにHRは進んでいく。
「今日は転校生を紹介するぞ〜。アメリカから来たハーフの子だ。わからないことも多いだろうから気いつけてやれよ〜」
先生ののんびりした声のあと、やけに顔立ちの美しい少女が姿を現した。
「安東ロイドです。よろしくおねがいシマス」
隣の席の彼女が目を輝かせてこちらを向いたのは言うまでもあるまい。
僕と小岩さんのなんでもない朝 月下るい @rui_gekka
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