番外編・世界は広い
窓から見える、
いつの間にか夕方の月。
ベルゼの町、
その宿屋に借りた部屋にそっと入ってきたのは、
着物に似た上着とスカート、
どちらも色は黒で星と月の柄。
妹のハラエライト、魔法の才能がある。
2日前から同じ宿の別の部屋に泊まっている。
「お兄~。
お兄の御話を読んであげに来たぜ」
「きっとつまらないよ」
羽ペンを置く。
「ハラエちゃん、……」
書いたものを隠すため立とうとすると、
「わくわくしてきた」
椅子の周りで飛び跳ね、
「ハイハ~イ。
早く、あるんでしょ。見せ、ろっ」
「そこをのきなさい」
「や~だ」
「フフ」
立って妹の手を取って、その額に息を吹きかけた。
胴を抱いて足が浮くほど持ち上げ、鼻の頭どうしをくっつけると、
この胸を押してベッドの上に倒れ込む。
「なにすんだ……。
ビホールド・ポータル!」
かなり珍しい空間移動の魔法で、
その細い指だけをスイッチの近くへ移動させ、
薄暗くなっていた部屋の明かりを灯した。
魔法は自分で考え習得したものだという。
そしてさっきまで書いて見直していたものを、
一瞬で手元まで持ってきて読み始めた。
「読まれたくないが、感想がほしい」
「うん。デウスエクスマキナ、はだめだよ」
デウス何々というのは、
神様が出てきておしまい、という終わり方の事。
実はこの終わり方だ。
不純物の入った水晶
インクルージョン、内部に複雑な不純物を含んだ水晶がある。
千差万別の姿、これは偽物を作る方が難しいという。
結晶していくときに入り込んだ古代の水が僅かに見えるものを持っている。
古代の虫が入り込んでいるものもあって、これは持っていない。
虹のように見える内部だけの割れ、草のように見える不純物もあって、
神秘的だ。不純物は水晶の価格を下げるし魅力を向上させている。
協力する生き物
世界各地の野生のオオカミとカラスは、
協力関係になる事があるという。
カラスは空から案内し、オオカミは獲物を倒す。
動物たちが協力していると思うと心が温まる。
この話は本当だろうか?
だいぶ小さくなるがアリとアブラムシは見たことがある。
アブラムシは小さな植物に密集している。
アリはその世話をしながらアブラムシから蜜をもらう。
ベッドの上で読むハラエ、
「これって何?」
「それはメモだ。そっちじゃない」
別のものも一緒に手にしたようだ。
それを返してもらい残りを見せた。
グレー・ブルーム
この世界にはコンクリットーという灰色の魔法物質があって建物を作れる。
そこに住むジーセは『時計仕掛け』を親と見るような危険さがあった。
時計仕掛け、は暗い街を舞台に延々と、
少年が行う暴力が出てくる作品で、過去に世界的人気があった。
特別な機構を使って、出来事を見ることが出来る。
本当には何も起こっていなくても、
その中に物語が入っているものがある。
しかし、時計仕掛けは、見ない方が良い、に分類できる。
抑圧された民衆の状態に若さと暴力を入れたものだ。
16歳のジーセは、これこそ行きたい世界、と喜んで見ていた。
彼は世界の度量の大きさと感性の多さを教えてくれた。
自分が面白いと思わないものも良い場合がかなりある。
「変な単語だらけ」
呟きながらゴロンと上を向く。
オレは横に座り、
「とても、技術が発達している。
けれど主人公はうらぶれたありさまで、
魔物もほとんどいない非現実的な世界だ」
「異世界かぁ」
「コンクリットー……って何?」
「書いてるよ。登場人物の多くはそこに住んでいる。
しかし、この建物を建てすぎると、
世界が灰色になっていくという設定だ。
減らすことは難しく、なんともならない」
「たくさんあるの?」
「そう、
いっぱいある。
書き方としては、
もし増えるのが好評なら増やして、
減らしたいなら減らすだろう」
「冒険者の皆が冒険している間に、
お兄、こんなヘンな話を書いてたんだ」
「そうさ。
魔王は倒された。
先人たちは今の魔物は昔と比べると、
明らかに弱くなってると言うが、
ぶつかって強いこともある。
オレでは行けない冒険も多い。
それにしても他の人は、
物語を書くの、どうやってるんだろう」
「応援してくれる人を見つけるんでしょ」
しかしその頃、
ゾンビが世界中に大量発生した。
「オオオ、お早う」
「ウウウ、お早う」
「挨拶している! しかし」
「こいつら人間じゃないっ」
凄い奴がやって来る、Z、Z、Zバーゲン!
ゾンビのZ。
炎も効かなければ雷も氷も効きやしない。
どうやって倒すべきか人々は悩んだが、
――
「ゾンビが出てくるとこは楽しい。
それから……。
『人々の猛攻の前に巨大ゾンビが、
ぐはあ! 俺は誰も愛していないぞぉ~っ!
愛されたいだけだぞぉ~っ! ぐあ~っ!
という悪の断末魔と共にいったんは倒れた。
だが、隠し持っていた闇のパワーで、
その体は直ぐ復活しようとしていた。
ところが空から太陽の女神が降りてきて、
ゾンビを清めて消滅させてくれたのだ。
おおイミトリセの神、ハッピー&ソウルフル。
神秘の太陽、その恵みを生きとし生けるものは受けるだろう』
ほっら、ほら。神様。デウス、エクス、マキナ!
お兄ちゃん! 接する人によっては不快感」
「他には」
「駄作、駄作を作れる人、参っ上っ! ぎゃ~」
清い足を伸ばしながら紙を上に放り投げた。
黒いスカートはめくれきっている。白に近い薄紫。
オレは両手を開いて、顔の前に軽く持ってきた。
ハラエが半分睨んで笑ってこっちを見て、
「べ~。兄妹なんだぜ」
「だから、カタチとして良いのかどうか、
ということしかあまり思わない。評価、魅惑の妹」
「やらしい。アタシにはこわーい話だった……。ポイズンだ」
「無名の男が物語を描き、
何の印象も残らないものになるのが嫌だから」
「印象には残りそう」
「しかし、心の弱く穢れた少年に向けて届けるつもりだし、
ハラエは活発。あまりオレの思う読み手ではない」
「読んだじゃない。いま」
「確かに……」
ちょうどドアが開き、
魔女姿の少女イフロムと、
杖を持った導師ジョンフラムが入ってきて、
「ねえ、食事に行きませんか」
「久しぶり、シュナイヴ君」
と穏やかに誘う。
導師様に、
「お元気でしたか」
紙を拾っていると、
「拾ってるのは小説?」
「そうです」
ハラエは身を起こして、
「すごかった~。お姉ちゃんに読ませたりしたら、
つまんな過ぎて、お兄は……消されちゃうっ」
「いいや。どこか別の世界が本当にあるという夢のある話だ。
それを書こうと思い立ったのは、なんとなくイフロムのせいかな」
「何かしましたか? 私……」
「そうじゃないさ」
聞き取りにくい声の量で、
「そうじゃないさ~」
と茶化している。
「お兄の書いたもの、
フォエンに読ませたら、
すぐフられちゃう」
「そう思うだろう。
でも先輩は、本当に異なった世界にも行ったんだ。
だから似たようなの読んでもらったら意外と受けている」
「うそぉ?」
導師様がこちらを見ている。
「兄妹なんだね。助け合って暮らしているの?」
「いいえ、普段は別々に暮らしていますが、
宿に泊まりに来たんです」
「そう。仲良しが一番だね」
「そうだもん」
この手にある小説を見たイフロム、
「何か書いたんですか。見ても?」
「ああ。いいかな」
「ええ」
それならと、
ちょっと読んでもらうと、
表情はパッとせず、
「ふぅん。つまんない、です」
ハラエ、
「唯一、ゾンビのところはマシでしょ」
「これは魔物とどう違うんです」
「そういうものと一緒じゃないよ」
「どうしてゾンビを大きくしたんですか。怖い」
「大きな合体したゾンビは、愛と力を欲している。
物語の中では悪い役を大きくして、
それを倒して展開する。
物語だから。
本当には、どうかな」
「本当にはお兄がゾンビになるかも」
「ならない」手でその鼻をフニフニ押したら、
「んん。
グレート・スターライト」
ハラエは呪文と共に首を振った。
魔力で形作られた小さいハラエが、
輝くホウキに乗ってオレの手袋に飛んでくる。
そしてウインクして姿が消えた。
「な、なにっ。新しい魔法?
自分で編み出したのか」
「半分は……」
手袋に十字の切れ目が出来て、
パラリと開いた。
「見ろ、穴が開いてしまった」
「んー。
今は過去に行ける魔法を作ってるんだ」
「そんなこと出来るわけがない。
前は熊を呼ぶ魔法だった。
危険なことはあまりしない方がいい」
何故かイフロムが、
「読んでみますか?」
オレの書いたものを導師様に渡した。
「どうしようかな」
と言いながら導師様も読み。
グレー・ブルームが導師様に読まれてしまった。
ご感想、
「ジーセは他の街へ行ってしまうんだ。
仲間が離れていくなんて、
シュナイヴ君は皮肉が好きなんだね」
その表情は少し曇ってしまったようだ。
「こういうものを読んでいただけるとは」
「じゃあ、どうして書いたの」
「その……多くの人という意味で、
心の穢れた人に読んでほしいからです。
時には全ての大体がそう見える。皮肉なのは世界です。
だが全てが皮肉ではなくて……」
「うん。あんまり、
こういうものを描ける人は少ないです。
本にしたことはある?」
「ありません、読んでもらうことも少ない。
それが今日は3人も。特別に多いです」
「疾走してる感じ。
短い話を書くんだね」
「短い話は簡単な所だけで終わり、種切れもない。
本編というのを考えていて、オマケにするつもりなんです」
「あの、返すね」
「は、はい」
不評だったか。
おそらく質の問題だけでなく、一定の相手にしか伝わらないのだ。
あらゆる作品はどんな形であれ誰かから良くない感想を得る。
それでも、何も良いことがないなどと言っているような、
若く、くさった心、その心の闇をはらい希望になる物語を書きたいものだ。
きっと更に精神の乱れを増やさなくては、そこに近づくことすらできない。
旅をして思ったが、読み手の要求は書き手が常軌を逸し、
しかも元の場所へ戻って来ることではないか。
だが、
そんな書き方へ行って、
自分自身を維持できるだろうか。
書いたものを導師様に返してもらい、
「すみません。じゃあ、これはもう」
「シュウ、一瞬、何を考えていたんですか」
「ヒントを得た。だが見せるべきではなかった」
「見て良かったと思う。ほんとです」
これは、励まされている感じだ。
「本当に? 良くないものです」
「部屋から良い匂いがするね」
「チョコレートのパイの買い置き、それでしょう」
「アタシも何か置いてあると思った」
「さぁ、行きましょう」
食堂へ降りていくことになった。
つけていた両の手袋を外して適当に放った。
「ハラエ、ここのケーキは種類が増えたんだぜ」
「まだ食べてない、おごってくださ~い」
「いいとも。2個」
「お兄、手をつなごう」
ウキウキしてるハラエと手をつないで、
歩いていくと、
階段にカラーアリスが座っていて食堂の方を見ている。
柔らかな白銀の髪、白いモコモコの付いた赤のドレス。
そのドレスには緑の草模様が少し入っている。
こちらに振り向き、かわいらしく小首を揺らした。
「オォ、オリテキテ~。
みんな、何か食べている所を私に見せてね」
「色の違うドレスも似合っているぞ。
しかし、何か食べている所を見せてね……、
その事にどんな意味があるのかな」
この魔法の生き物(?)は普通の尺度では測れないが、
だいたいは大人しいように思う。実はよく分かっていない。
その腕に抱いていた黒猫はオレたちを睨んで、
羽を生やしながらアリスの白い腕から降り、
多少飛んで足をつけて走り去った。
「お兄ちゃん、魔法の生き物じゃん」
「うん。たまにいる。カラーアリス、おいで」
と呼びかけると、
しかし、
「イカナーイ……」
「どうして?」
「モッズの方がイイ」
居たのが、
エルフを連れた飲んだくれのモッズ、
かなり大量に食べて飲んでいる。
そっちの方へ歩いていくアリスを、
もじゃもじゃと毛の生えた手の甲で撫で、
「よォしよし。
何かよぉ、おかしかねぇか。
裸の女神とエルフがモッズ様~って名前を呼んで、
報酬まで用意して助けてもらいたがってるんだ。
行かねぇと!」と立って前のめりになる。
「ね、もう飲み過ぎです。帰りましょ」
「ドコ、イキタインダ?」
カラーアリスも介抱しようとしている。
「賞金首の山賊の所へだ。
その準備にディアドラの膝鎧を作り鍛えた」
ぱしーんと膝を叩くが、ズボンだけ、
「ありゃ夢だったか? 仕方ねぇ、
よぉシュナイヴ、早く来いよ」
と酒気を漂わせ、オレを見て目が座った。
「日の暮れた後に冒険の誘いか? 引退したんだろう」
「そりゃどうでもいいんだよ」
「そうかな?」
「そうだ、エボニーの作家・グラキンを聞いたことはあるか」
ハラエが答えて、
「んん? 知らない……」
「オレも知らない」
「てめぇもか。
のぼりつめた創作者のもとには黒い鎧を着て現れ、
威厳をもってこう言ってくる。
『書くべき物語はすべて書いた。
物語の中の依頼はすべて果たし、悪党も死に、
挑戦も終わった。お前もそうだろう』
ってな。そして最後の戦いを申し込んでくるんだが、
そんなに気が強くなく、受けなくてもいいそうだ」
「どうして申し込んでくるの」
疑問なハラエと、オレの使っている装備も黒い色。
モッズはいま話を考えたのか?
「それはオレたちの装備を見て考えたことで、
いつか未来の、創作を続けた自分自身の影。
という物語ではないのか」
「おぉ? 多分そうじゃねえ」
「そうだったんでしょ」
「……」
イフロムは興味なしという様子で、
注文をするためにボーイの方へ。
「ホントニイルンダロ。ホントニ」
「どうか食事前に見てみたいものだ」
モッズはうなづき、
「付いてきてくれ。手を貸してほしい」
「案内してくれ」
こう乗ってみると、
「とでも言うと思ったか、
まだに決まってんだろ」
「ハァ、やはりな。酔っ払いめ」
「ま、……何か書いて見せてくれよ。
そしたら早くなる。会えるのが」
「オレが物語を沢山書いて渡したら、
モッズさんが黒い鎧を着て現れるのではないか?」
「それやってみてもいいか? がははっ」
「最近エルフを書いていない。好きそうなのは今ないな」
「エルフは難しいぞ。
だが魔物の話なんかすぐ書けるだろ。
ノルディックマンモスは家よりでけえ。
下手な戦士に会うと吹き飛ばしちまう。
恐ろしい暴風。
しかし勇者と戦い、倒されて大きな肉になる。
良い物語では、
女たちが茶ノ木から3種類の茶、
紅茶、烏龍、緑茶を作るように不思議なことが起こる。
エボニーの作家も揺るぎなき文章を書いて、
それを読ませたらマンモスも吹っ飛んだァ」
「それはそれは、マンモスが読める字を」
「そうだ。伝説はでけぇ風みたいなもんだ。
ダサいか。かっこ悪いのは大嫌いってか。
たった今のてめぇのようなもんが、
ハァァ、
どうにかなるとは、お、思わねぇ」
と椅子によろめいて座って、
黙って静かになった。
カラーアリスはゆっくりしゃがみ、
モッズの顔を覗き込んだ。
「寝チャッタ」
「止まった。何なんだ?」
「疲れたのね……」
「いこっか」とハラエ。
オレはモッズの傍のエルフ、
リューンナナに、それでは、と合図し、
「こっちは今から食事なのだ、モッズ。
用があったら来てくれ。少し休んでいるがいい」
そういって自分たちの席を探すことにした。
導師様はお忘れ物ということで、
いったん部屋に戻っていった。
食事時で他にも客が入っている。
歩んでくる、伝説の勇者。
大きな頼りがいのある全身鎧の姿には、
様々なパワーが秘められているらしい。
勇者ザ・ブレイブはこの世界を救った。
あまりに有名なので普段は人目を避けている。
そういう魔法も持っているのだろう。
「こんばんは、シュナイヴ君。
この宿屋は椅子をいくつか交換したようだ。
そのまま座れるものが増えています」
「はい、そうです。
少し前に入れ替えしていました。
ハラエ」
「うん……。お兄ちゃん、この人って」
勇者様は大きな手を差し出し、
「私はザ・ブレイブと呼ばれています。
お名前は?」
ハラエは驚いて尻込みしながら、
「あの……。ハラエライトです」
小さく握手。手の大きさは木と苗木ほど違う。
「ハラエライトさん。よろしく。
君は凄い魔力を持っているようだ」
イフロムが来て、
「ブレイブ。元気でしたか?」
「はい。
新しい椅子は大きくて頑丈だ」
「誰が置いたんでしょう」
「ああ、凄く親切な人ですな。
前は同じような時にイフロムという人が……。
ははは」
「ふはは」
「あ、あの」
何か聞こうとうするハラエ。
眺めるオレの手の所、
柔らかな毛の当たる感触を感じた。
猫のソウルをその身に宿す、
フォエン先輩のしっぽだ。
黄色の上着と白銀の胸当て、
赤いスカートとニーソックス。
「シュウさん!」
「先輩。寂しかったですよ。
会えなかったから」
「ボクも。お仕事、おーわり」
「外、寒かったでしょう」
「ううん。冷え性になったことないのニャ」
「へぇ。ええっ。
オレはあります。ないなんて不思議だな」
羨ましい、ソウルの能力だろうか。
「チョコレートのパイを買ってあります。
良かったら後でどうぞ」
「うん。最近はどうでしたかニャ?」
「後でゆっくりお話し、いや、今からしましょう。
席はあのあたりが空いてますよ。皆が集まってくるまで、
先輩も今度の冒険はどうだったのか」
「みゃみゃ。ま、待って……」
先輩は鼻先までキラキラしている。
「えっと、ほっといたらイドムドスが悪神になっちゃうから、
ボクは手を貸そうとしたんニャ」
「はい。……」
神霊の事を言った、
はるか遠いランクの冒険をしているのか。
「メモした方がいいか」
道具は持ってきていない。どうしたものか、
会ってすぐ離れるのは良くない……。
突然、少し離れたところから、
「シュナイヴ君、これ」
導師様がインク、羽ペン、羊皮紙を、
その御力でこの手元まで寄せてくれた。
「あっ、ありがとうございます。驚いた」
導師様は微笑んでいる。ピース。
何故持ってきてくれたのか。
なんだか悪いな。
オレはピースを返し、
それぞれ机に置いた。
「準備万端になったぞ」
まずは椅子を引き、
「さあ、座ってください」
フォエン先輩は桃色の髪と尾を揺らしながら腰かけて、
「話していいニャ?」
「はい。もちろんですよ」
「じゃ、今回行ったダンジョン!」
それは楽しみだ。
オレもすぐ座り、
「ダンジョン……?」
「ダンジョンの支配者に、
『俺と対決するか、人が足りないチアリーダーになれ!』
と言われたボクは――」
「チアリーダーとは何をするんですか」
「応援。がんばれ~、R・I・K・I、
リキ、わーっ……。って」
可愛く手を振るって、
「ソウルの戦いでパレスが真っ二つにならないように、
チアリーダーになることを選びました……」
「ダンジョンの支配者を応援? そんな馬鹿な」
しかし、支配者も倒され、
ダンジョンは崩壊したという。
後の冒険はさらに息をのむものだった。
そして先輩は必要なアイテムを得て、
塔の中から戻ってきた。
「喜んでくれた?」
「はい。不思議な話だ」
「向こうで面白いアイデア見つけたの」
「どういうものです。うれしいな」
「元気なアントニオ猪崎さんという人が居ました」
「分かった。高名な戦士だ」
「うん……。一つの物語の終わりに、
全部この人が言ったことにするの」
「へえ、かっこよくなりそうだ。
すぐ使ってみたいな。
それはどうやるんです?」
「すっごく簡単ニャ。
ペンを貸してね。こうして……どう?」
「わ、これは楽しくできるかもしれない」
雑談していると、
しばらくしてイフロムが、
「夕食、もう食べ始めていますよ」
と他の席へ呼んだ。
料理は種々頼まれた後だった。
エルフの食べ物、シューマイ、ニオイが強い。
ヒツジ肉を柔らかく焼いたもの、少しのタレ付き。
魚介を焚きこんだパエリア、他にもあり、
好きなものを選んでも足りなくなる事はなさそうだ。
ただの夕食にしてはとても豪華だ。
食事は見ること、食べること、
終わって少し休むことに楽しみがある。
お金を出そうかと手をポケットにやる、
イフロムは笑ってオレの手を押さえた。
「ありがとう。すごい料理だな」
「過ぎ去っていく時を味わってください」
「すぐ食べ終わってしまうだろう」
みんなが席に着き、
集まって思い思いの食事をとる。
自分もそうしながら聞いてみる。
「導師ジョンフラム。何故、
さっき道具が必要だと分かったんですか」
「どうしてかな? がんばって」
「おかげで先輩を待たせずに、
珍しい話をすぐ記録することが出来た。
ありがとうございます」
「うん」
「お兄は伝説のグラキン(エボニーの作家)になるのか」
「いや。そんなのアイツがさっき考えただけさ。
そして運よく上手く行っても、悩むとしたら」
「シュナイヴ君、
どんな仕事でも悩むと思うよ」
「あまり悩みたくありません。悩むくらいなら、
少しでも有名になれるといいな」
カラーアリスが楽しそうにオレの椅子の横に来て言う。
「ヨー。パセリ、ヒツジの肉、ソレカラ?」
いまにも跳ね回りそうだが、
どうしてか、やはり大人しい。
「カラーアリス。天の使いなら、
天の神に取り次いでもらえるか」
「どうしたんですか」
「話のタネになる、
すごく珍しいことが起きますように」
「オシオシ。聞イテオコウ」
「シュナイヴ君。考えもせずに頼むと、
本当に叶ってしまいますからな。
若者は止まってはいけない。
少し頑張れば少し出来るものだ。
繰り返し進むのです」
「珍しい経験をするためには、
進むことがどうしても必要なんでしょうか」
両手を腹の辺りへもって、
「ふーむ。確かに昔のように、ただただ進んでもいけないですか。
私は迷信深いんですな。新しいことを言えないとダメだと分かっています」
「ブレイブ様」
勇者様と導師様、常に一緒に居ると信じられている。
自分と同じように生まれたとは信じられない人達だ。
「お兄、フォエンから聞いた話を教えてよ」
「ハラエちゃん、どうしてもニャ?
シュウさん、かいつまんで……」
「分かりました。先輩が冒険に行ったんだよ。めでたし」
「それだけのはずない」
「それで全部さ。ほら、
スープで煮られたスペアリブの数が少ない。
この宿のものは肉が大きいよ、食べやすい」
「それじゃだまされない~。
メモは……? ビホールドポータル」
メモを奪われた。
「『支配者・力道山、
天蝎宮(てんかつきゅう。さそり座)生まれ。
英雄と悪魔の資質を兼ね備える。
リキ・スポーツパレス、最後には崩壊した城』
へー……」
「返しなさい」
ハラエの魔法はその心次第で、
誰でも困らせることができるだろう。
オレは静かに立ち上がってハラエの席に行き、
メモを取り返した。しまって、
「この」
ハラエの頭に手の甲を置く。
もう一回とろうとはしなかったが、
「リキ・スポーツパレスって何。塔の中?」
「塔の中は恐ろしいモンスターがいっぱいだ」
「お兄はまだ見ぬ楽園をめざしてるの?」
「ハラエちゃん、止めた方がいいニャ。
お城はもう無いし、塔の中じゃ、
このヤロウ! って言われたりする所あるから」
「そう? 楽しかったところは?」
「ホントに凄かったニャ」
オレは話の内容を思い出した。
応援の踊りは観客向けで、
小さくて揺れやすいスカート、
ぴらぴらの下着は見えてもいいもの。
「おお、知らない者は劣等感を抱く城。
リキ・スポーツパレス」
「聞いたことのない城、
新しい冒険ですかな」
「勇者様。お城はもうないみたいだよ」
「それは、行けずに残念」
「過剰反応です」
「そうですか。新しい城に行かないなんて、
私にとってはおかしなことですからな。
知らない城には入ってみる」
この宿に来てから生活が華やかになった。
入り口から見える外は夜になりつつ霧が出始め、
青みを帯びた月光が地を淡く照らす。
柔らかな空気のままに夜はふけていく。
―― アントニオ猪崎がベルゼの宿屋にやって来る! ――
大方みんな食事の終わるころ。
オレはわずかに飲んで、
言ってもどうしようもない事を言っていた。
具体的には綺麗な夢の中に住みたいので、
誰か一緒に来てほしいというようなことだった。
「そんなこと黙っていた方がいいですよ」
「甘えんぼニャ」
「先輩、甘えんぼなんて言わないでください」
「フォエン、シュウは少しおかしいんですよ」
「それでもボクに優しければそれでいいのニャ」
先輩のしっぽがこの手をさする。
「ハラエライトさん。
他には、私の事など聞きたいことはありますかな」
「はい。鎧から剣を出すって本当なんですか」
ハラエはケーキを食べ終えて勇者様と話している。
「こうです」
ガントレット(籠手)を突き出す、
カッ、と卓上に小さく細い剣が落ちて刺さる。
マインゴーシュという種類の剣。
「思った所、ビッタシに出ませんでした」
イフロムは、その剣を取りながら、
「ブレイブ、ここは宿屋です」
「おお、すみません。もうしまいます」
受け取ると剣は消えた。
興味深げに見ているハラエ。
しかし突如、他の客の叫び声。
見ると一瞬で酔いを醒ますような、
パンツ姿で飛び込んでくる鍛えた男。
血の滴る何かを抱えている。
勇者様とフォエン先輩が立つ。
一同騒然。
導師様の呟き。
「あのときのレスラー」
どのときの誰なんだろう。
「フォエン、あの人は」
「う、うん。ボクは隠れますニャ。
シュウさん、先にお部屋に行ってていい?」
「はい。もちろん」
「じゃ、お先ニャ。早く来てね」
先輩は知っているようだが行ってしまった。
彼は誰だろう。
入ってきた男は両腕に仕留めたらしき魔物を抱き、
「全日本の決めた会場、やけに遠いなあッ!
このヤロウ、アトラクションにしては痛てぇしよ~っ!」
血まみれの顔、大きな顎。
魔物をドサッと放って、
「お客さんチョット集まってんじゃねーか。
外人ばっかだ。会場じゃないのか? まぁいいや、
皆さん、
元気ですかッ!」
30代以上のようだ。
あの掴みの強そうな手、間合いに入ったら、
大変なことになるまで離してもらえなさそうだ。
勇者様のガントレットが光り、放られた魔物の頭と胸に、
それぞれ短剣がいきなり現れ突き刺さった。
「魔物が生きているかもしれない。トドメを忘れない」
入ってきた男は何事かとシーンとした食堂で注目されながら、
「行くぞォ!
1、2、3、
ダアァァァァーッッ!」
これは何だろう。
誰も応えようがない。
イフロムが席を立って手を振った、
「まだ議員になっていないんですね」
離れており小声だったので、
男はそれに気づかず、
「おーい静かだなぁ」
彼に付いて来たもう一人の男が、
宿屋の照明を暗くして椅子に座り、
「実況の古立(ふるたち)です。
会場は普段の明治通りであるかのような静けさです。
のどかな宿に掟破りのママレモンが放り込まれた形か。
静かです、場内は静寂に包まれてシーンとしております」
「ようし。もう一回っ!
いいかぁっ、行くぞ。
1、2、3――」
物語を集めるために冒険をすることもある。
それよりも彼一人のほうが賑やかとは、世界は広い。
ふっと気になった。
いまだ見ぬ土地があり、見知らぬ人々が大勢いる。
その人たちは元気に暮らしているのだろうか。
人はそうでありさえすれば……。
「元気があれば何でもできる」
偶然似たことを考えている?
「これは元気があれば色々なことができるという意味と、
挑戦する魂を持っていますか、という意味で、
いきなりこんなことを言うのも何だが、
これはドコであってもそうなので、
ココでも言わせてもらう。
いつ、なんどき、誰の挑戦でも受けるッ!
それでもし……おお」
オレは立った。
「あーっと、黒ずくめの男が、
何の気なしに歩いてくる、挑戦者かーっ!」
「いいというのなら、勝負。
戦いの文法を教えてください」
拳を向けてみる。
「早速来てくれたか。いいけどさ。
これで向かってきたらやってやる!
おりゃあ!」
向けた拳でチョップを受けると、
軽い、フェイントだった。
逆の手が守りを抜けて来る、
「っ」
耳の下にビンタを受けて、2メートルほど飛ばされた。
何故か飛ばされても痛みはそれほどない。
何か言っている、
「最初から防御すること考えてる奴が勝つかよ。まだ駄目だぜ」
そうは言っても、防御は大事では?
元気な顎の大きい男はどこから来たのだ。
オレは立ったが、
「もしや彼は……」
先ほど先輩に教えてもらったことを試したい。
「おーーーーっと!
今度は、
鎧を着た大きな男が向かってくる! 向かってくる!
猪崎と、猪崎と戦おうとしているのかぁぁーっ!」
「一体、どういう目的があるんですかな」
「待って」
イフロムが行こうとする、
オレは後ろから抱きしめた。
「危ないぞ!」
「デカい爺さん、
来てもらってありがたいが、
何歳だい。
もっと遅くに産んでくれって母ちゃんに文句言いな」
「いやいや、そんな文句はない。
ここは何かの会場ではないんです。
文句はあなた御本人に言わないと仕方がないでしょうな」
「上等じゃねえか。じゃあ早速、行くぞ!」
「先に猪崎が、先に猪崎がパンチ! もう一発!」
「うらあぁっ! 硬いっ」
「ぬん」ガントレットが腹に当たる、
「うぐっ、ヤロウ!」兜を狙う拳、
「猪崎、
再度のパンチ、大きな音、
これがゴングの代わりかぁーーーッ!
またパンチ、受け止められた!
組み合ったぁぁっ!」
そのとき彼の鋭い眼光が見えた。
どちらが強いのか、勝つか負けるか、
彼が考えているのは只その事だけではないと、
少しの見る目があれば明らかだっただろう。
いきなりすごい人が来たな、
というのが正直な感想だった。
彼は明らかに何らかの一流だったからだ。
アントニオ猪崎(著) New Nippon Pro Wrestling Co.
ファンタジーポルノ☆かんばせーしょん あいざわひかる @aizawahikaru
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