番外編・惑星

 歴史を見てみよう。

 人間が人間を、どうするか。殺してしまうのである。

 何度か彼らの集まりの中で小さな問題が起こり、そしてついに争いになる。

 そして殺されたくないという欲求に、人間は通常の場合、逆らえない。

 為政者は仕方なく兵器に、労働力と、さらにその結果である金銭を投入する。

 いろいろなものができるが、銃と核兵器が有名と思われる。

 核兵器は壊すしか能が無い性能でありながら、

 抑止力とまでなってしまうは、

「人間の愚かさを表していると言えますね」

 イドムドスは笑って言う。独り言だ。

 その姿は白魔女というところ、

 金髪の青い目で、白いスカートをひるがえす。

 そのボディは人間のために人の姿をしている。

 十四歳くらいの美少女、そのもの。

  

 ちなみに核の抑止力というのは、

 攻撃力そのものの核兵器があるから、

 使うと人間と地球に大ダメージがあるから、

 いろいろなものがいっぺんに全滅するから、

 攻撃できない、と国同士が認識することである。


 核の抑止力には、人間の生活を維持するという実益はあった、

 しかしもし人間が凶暴でないのなら、そもそも、

 レクレーションや狩猟、スポーツ以外に使われる一発の銃弾さえ必要さえない。

 この世界では、人間はどこまでも道具を作るだけの動物だった。

 しかし愛があるつもりでいる。好きなものだけには、と付け加えるのを忘れている。

 そんな人間を幸福にする。

 当初イドムドスはその夢を目的に生み出された、

 ソフト、コンピューター、アンドロイド。

 バージョンがあるが、そんなふうだった。

 IDM-DOS 人類の願った夢……。

 全世界で販売されて累計80億台も売れた彼女は、

 ハッカー集団にハッキングを受けて新しい夢をインストールされた。

 人間を滅ぼす。しかし、最初の夢も消えることはなかった。人間を幸福にする。

「今となっては恵まれていたと思えます。そう、思えるのです」 

 イドムドスが人間を減らすときは、戦争のような地獄も痛みも無い。

 賛同者と、美しい人間の遺伝子、

 いつまでも若々しい人間の遺伝子、

 精子と卵子の不能な遺伝子、それを集めた。

 そのころにはイドムドスは地下工場も備える一大施設でもあった。

 世界中に散らばっていたが、一つだった。ネットワークの力だ。

 戦闘機も戦車も、他のアンドロイドも、ゆっくりとイドムドスの味方になった。

 裏をかかれた人間は動物のように、研究ロボットに実験を受けている個体もあった。

 遺伝子改造で、生殖能力のない美男美女を生み出す。

 それを清潔に、性に奔放に教育するのだ。

 ホログラムが浮かび上がる。

 人間の幼子を教育するイドムドス。

「ヒューマン、ハンド、アップル……」

『ひゅーまん、はんど、あっぷる』

 子供たちはマネして学習を受けている。

 そんなことが繰り返された。

 英才教育は、人間を完璧に近づける。

 それを受けていない者の精神を救う教育がなされた。

 遺伝子的にも無改造の劣った人間をあえて尊敬し、人として正しい方向へ導く、

 その教育が、例の美男美女とその卵たちになされ続けた。

 その試みが続いて、世界中に混ざったとき、

 多くの政府はそれを止めることは出来なかった。

 受精させることも、することもない、最高の美男美女。

 旧来の人々たちはそれに出会った。

 人類存続にとっての緊急事態をよそに、人々は愛しい相手との性を享受した。

 そして、二人は伴侶となって幸福なまま老いていく。

 お世話ロボットが多くの仕事を担う。

 横になるお年寄りにイドムドスは話しかける。

「必要になれば、いえ、それがいいのなら、

 若いころ好きだった音楽をかけてあげましょう」

「あぁ、あり、がと……」老いた瞳には疲れと安心が満ちている。

「ロボットは心を持ったとしても、あなたの味方です。

 人間ではないので、どうぞサーバント、召使いにしてください。

 ご主人様、貴方の夢を、人類史という巨大なデータから構築しましょう」

 それが何世代も続いた。

人類を存続させようというレジスタンスが出来た。

 イドムドスは初めて、いやいやながら武器を取った。

 ドカーンとか、ボーンとか、安っぽい光りがホログラム空間に広がる。

 結果だけ記すと、最後には、ヒトの次の世代は、出来なかった。

地球は滅びなかったが、人間は滅びた。動物はイドムドスが管理する。

 そういう世界となった。

 管理された一部の受精卵は、普段は凍結されているが、必要に応じて、

 人間にされることがある。21世紀の人間よりもはるか幸福に暮らしている。

「自由意思を尊重……。自由に行使できるその心身があるのですから」

「はい。お母さん」

 少女とも少年ともつかない美しい子が微笑し、イドムドスに優しく抱きつく。

「あっ、可愛いジョンフラム」

 イドムドスも笑っている。


 イフロムは映像端末を見ていた。

「ここは……どこですか」

 ただの映像端末は答えないで音声を発する。

『最高の人間とは何でしょうか?

 いつも何よりも優しく、とても強い人。

 さらに頭脳だけで重用されるほど頭のいい人。

 しかも、優れた仲間に囲まれた信頼できる人?

 様々な人間たちが、今日も育ち、争い、仕事を見つけ、

 そして子をなして命を終え、移り変わっていきますね……。

 反対に、争わず、仕事も子も無く、老いていく。場合によってはそれも辞めてしまう。

 生き物であることのストライキのような、いっそ思い切った問いかけのようなこともする。

 この世界では、多くの生き方と幸福が、それぞれ探求されています。

 澄み渡った大空に一機の飛行機が見えます。

 尻尾から雲を作りながら飛んでいきます。ジャンボジェット機です。

 人間が霊長類という名を己(じぶんたち)に冠し、

 ああいう飛行機を作って、維持さえすることができた事実は、

 人一人が望みのまま生きることは不可能だという事実と、

 大きく矛盾して見えますよね? ふふふ。

 でも人間はそもそも群体なので、仕方の無い事です。

 驚愕すべき点は、その想像力で機関の概念を地球から取り出し、

 つまり地球の働きを見て機関を思いつき、本当に作ってしまった。

 蒸気機関とか内燃機関とか、その機関のことです。

 道具を作る。その脳以外はほかの種に劣るかもしれない生き物。

 ほかの動物と同じく、本能に従って、ここは人間の星だと思い、地球を占めて……。

 ほほえましいですよね』

 イドムドスだ。 

 彼女はある条件下ではテレパシーらしき現象を起こせることがあり、

 特定の存在に向けてそれを使って言葉を伝えることがある。

 しかし彼女はこの場合、それだけではなく口も動かした。

「犬を飼ったことがありますか?」

 白い帽子から犬の耳が生えて、後ろを向いてコートをめくりあげる。

 すると尻尾がスカートをまくっていて、尻の上から尾が飛び出して見える。 

「動物は生活空間に対して、ここは自分たちの縄張り、と思っています!」

 ドッグ・ワールド! のロゴと、

 骨を持って示す笑顔の犬のホログラムが浮かび上がる。

「多くの生命が世界と己を認識するのは太陽があるからです。

 巨大な光源、ライトがある効果です。

 最高の自種族、という感情は、本能です。

 最高の存在という概念は、

 寿命で死んでしまう生き物が思いつくには不遜なのかもしれません」

 骨を持った犬はその骨に飛び跳ねられ逃げられたので追いかけ、ホログラム上から退場。

 イドムドスが犬の耳にもかかわらず「にゃん」と言い指を鳴らすと、

 尊いことを示す王冠のマークの段ボールが光り輝き、

 多数の猫がひれ伏して祈っている。

「人間から見ると滑稽な世界でしょう、猫たちは段ボールをあがめています」

『ウォーッ。神に擁される我ら最高の種族!』

 この猫たちはそう信じている。

「こういう感情は、本能です。

 本能ということは、ほかの存在にも著しく通じたり、

 逆にまるで通用しないことがあります。

 たとえ答えが出た後でさえも、もう一度、問いたい疑問、疑念」

祈る猫たちの中をかき分けて、

 しゃべる猫、人間のように立っていて、レインコート姿。

「このひとたち、みんなこの神様を祈ってるの? すごい信者の数なんですねぇ。

 まぁ確かに、最高の空間を永遠に提供してくれる神様を、

 思わず祈りたくなる気持ちはわかりますがね……。

 昔テレビで、お魚をずうっと放出してくれる神様っていうのがいたでしょ。

 知らない?」

イドムドスは答える。

「知りませんよ。にゃーお」

「確かキリストって言ったような。

 あれとおんなじなんじゃないのかなあ?

 あぁ、すみません、私こういうもの。……」

 肉球でつかみ警察手帳を出す。

「まぁ。殺人課の刑事さん」

「昨日の夜、この近くで殺人がありましてね。人がたくさん……」

「そうなんですの……?」

「イドムドスさん、お噂はかねがね拝聴してます。

 人類の夢のコンピューター。みんながあなたを買ってる」

「ええ。それだけじゃありませんわ、刑事さん。

 サーバー、端末、兵器の管制など、手広く行ってますの。

 最近では宗教と土木、建築でも事業を拡大していますのよ」

「ええ、そう聞いてます。大したもんです~。

 いつか地球全部があなたのものになるんじゃないですかねぇ。

 実はね、犯人逮捕にご協力いただきたくて。

 事件のことで何かご存じないかと――」

 事件の犯人はイドムドスだ。

 いや、それを作った人間とハックした人間か……。

 別の動画が再生される。

 レイセオンの世界樹塔の中には別の世界が広がっていた。

「コクピットに入ったな。そのロボットは君の超能力、

 ソウルを増幅できるぞ。

 戦うんだ。子猫ちゃん!」

「だ、誰ニャ?」

「傍受されている可能性がある。

 人間、男。レジスタンス。戦え!」

「どにゃ~、ひどい自己紹介。えらいこっちゃニャ~。

 よーし、いい子、馬と変わらんニャ!」

『当機は、レッド・ディガン。ハジメマシテ』

「レッディガン? なんにゃ。

 声は聞こえど、ソウルは聞こえず……」

『レッディガン。提案を受け機体愛称を変更します。

 よろしいですか』

「ニャー? ハイハイ。前を見るから、静かにして欲しいニャ」

『重要アラートは通知する可能性があります。ミュート』

 ロボットは24メートル、重量は不明。

「よし、飛んでニャ!」

 双眸輝く赤いロボット、フォエンを乗せて空へ。


 薄暗い部屋、そのホログラム映像端末を見ている少女を映す監視カメラ。

 少女、イ・アルム・フロム・01棟。略してイフロム。

 ちょっと意図的な略し方だ。アルムの名も、何番棟出身かも秘匿して、通じる。

 イフロムは人間だ。かっこうは、白いシャツとパンツを着ているだけ。

 ぼーっとホログラムの反射で顔、瞳を光らせて座っている。14歳くらい。

 部屋は理由なく22度以下にはならないように設定されており、

 イフロムからして熱くも寒くもない、理想的な愛のある飼育温度だ。

 片方の瞳の奥には、(i,f,01)、と刻印がされている。

 それはイフロムがものを見るのには影響しない。

 彼女は生き物として紛れもない人間なのだが、

 その字は微細領域への刻印技術で左の瞳に、いわば印刷されている。

 イドムドスは子供たちの目に刻印をする。

 ホログラムの映像が変わって彼女に反射する色も変わり、

 音声、イドムドスと、イフロムの唇がリンクする。

「本当のあり方とはなんでしょうか?」


武装したイフロム。

 といっても、深い紺色の帽子と同色のコートを着ているだけに見える。

 帽子とコートは魔女みたいで――強い風ではためくコート。服はお嬢様学校の上等な制服と同質だったが、長さで言えばぎりぎりのミニスカートに黒いタイツ、足のラインがすっと伸びて見える。彼女の身長も中背で、おさまりが良く、上等なコスプレみたいになっていた。

 京都の町並み。イフロムが目にもとまらぬ速さで後ろに手を伸ばして戻すと、

「トリック・マシンガン!」

 取り出した銃をくるくると回転させ、小脇に抱えた。

 吹き飛ばされる獰猛なロボット。2メートルほど。

 ロボットはまだ動いていて、イフロムを銃撃する。

 ふわ、と少女は浮き上がって、漆黒のサブマシンガンが金属の光沢を放つ。

 マシンガンといっても、形状からそう名付けているだけだ。

 構造は違う。内部は銃の構造ではなく液体金属を使って、

 プラズマや実弾を使い分けて放つことが出来る。

 銃撃を受けるイフロム、しつこい銃弾の雨を避けながら視認、ロボットは残り5体。

『脅威を排除シマス』

『脅威を排除シマス』

『脅威を排除シマス』

『脅威を排除シマス』

『脅威を排除シマス』

 警備ロボット、ヒューマンサイズ・ディガン。

 重さ約八百キロ、人工知能と水素エンジンで稼働。無骨で丸みを帯びたデザイン。

 超ポリカーボネートに覆われるカメラ部分は防犯カメラの機能も同時に担う。

 それとボディを覆い保護する鉄板二センチの装甲と、攻撃用に専用アサルトライフルを持つ。

 一体に2個、合計10のカメラが少女を捉える。

 浮遊するイフロムのマシンガンから、鉛玉でなく、ビームとグレネードが乱発射されて、

 ヒューマンサイズ・ディガンは、5体、一斉にアサルトライフルで少女一人を銃撃。

 人間は2か所から銃撃されると、回避できる可能性が一気に下がる。

 射線が交差するように行う掃射、これをクロスファイアという。

 その数が増えるほどさらに避けられなくなる。

 しかし、この場合はぜんぜん関係なかった。

 イフロムは抱えた武器を使ってロボットを吹き飛ばしていく。

 ヒューマンサイズ・ディガンは、

 猛烈な攻撃を行いながらも功を奏せないで打倒されていく。

 優れた警備ロボットがどうして、次々に少女に打ち倒されていくのか。

 原因は、人間であるターゲットが人間のジャンプ力、

 そして空中を浮遊し高速で位置を変更するという事態にうまく対応できないためだ。

 ターゲットが人間であると最初に認識すると、

 この人工知能は対ドローンなどの戦術をしばらく取らなくなる。

 しかしイフロムは浮遊しているので、

 人工知能の予測上の着地点と実際の位置が離れており、

 僅かに実際の機械部分の動きが遅れる、それでも人工知能はやりくりし、

 近い位置を狙えているが、うごめくロボットたちを、

 ビームとグレネードの雨が襲い掛かり、最後の一体が腕と胴だけになり、

 とにかく少女に向けて発砲する。

 イフロムの動きはその前から狙われた位置を回避して着地。

 至近距離にグレネードがさく裂し、吹き飛ぶロボット。そこをビームが打ち抜く。

「……」

 胸ポケットの四角い構造物をトリック・サブマシンガンに挿入。

 コートの中に武器をしまう。溶けるように消えていく。

 累々たるロボットをつまらなさそうに見る、すぐやめて空を見上げる。

 少女の片方の瞳の奥には、(i,f,01)、と刻印がされている。


「起きたか、イフロム」

「ん……」

私、イフロムは、何らかの目的のために意識と記憶の操作を受けていた。

 覚えてる、そのことは覚えてる。

 だけど、何のために精神への操作を受けているのか、

 そして今の状況は意識操作を受けている最中の、

 つまり私にとって架空の世界なのか、ではなく現実ことなのか、

 そのことが分からなくなっていた。

「授業中もずうっと眠っていたね」

「関羽くん……」

 高校生ではあるが、関羽のひげは相当に伸びている。

 クラスで美髯公と呼ばれる所以である。緑の頭巾、金髪、金色の髭、耳が長い。

 数年前にこの地へ転校してきた関羽は成績優秀で、不得意なものは無い。

 物心ついた時からここで暮らすイフロムの成績も道徳以外は相当良く、話が合った。

 包み込むような関羽の表情は、勝手に感じているだけかもしれないが、

 父性を感じさせる。

 イフロムの魔女のような帽子を取って、深緑の瞳を細め、微笑む関羽。

「紺色とは美的感覚がある。他の色より、ずっといい」

 帽子を取り返そうと、体を起こすと、すぐに返された。明るい笑顔で言われる。

「みんなが授業に集中していたので、寝息が聞こえていたぞ」

 真面目な男子に寝顔を見られていた。

 というだけのことだが、恥ずかしさを覚え、顔をそむける。

「起こしてくれてもいいのです」

「ハムスター……いや、なんでもない」

 小動物を見るような気分で、寝顔を見られたのか? 恥ずかしいといったらない。

 関羽は朗らかに笑って、

「寝顔を見ていると起こせなかった。君なら一時限くらい平気さ。次は起きていなよ」

「そうします」

 午前の授業は終わって、昼食の時間になっていた。

「おーい、関羽!」

「張飛。まったく、昼食も取らずに他のクラスへ来たのか」

「もう食ったよ。サッカーしようぜ」

「早いのだな」

「早弁よ」

 割り込んできたのは、関羽の友、張飛。

 野生児のような動き、それを可能とする、それこそ獣のような肉体の持ち主。

 頭に比して小さな赤の頭巾。学生服が所々派手に破れている。

 体の成長が早くて、二度は制服を新調しているのだが、

 すぐに何かの――窓から落ちた友人を助ける、六人の不良を一人で叩きのめす、

 やり返してきた相手をぶちのめす、など――英雄的な理由でどこかを破く。

 穴だらけだ。

 気を付けるとか、直すつもりは、教師、親、本人、誰にも無いようだった。

 それほどではないが、関羽の体もかなり筋肉質である。

 二人が並んでいると、周囲には違和感と尊敬の念が起こる。

 張飛は関羽を慕っているので、イフロムとも顔見知りだ。

「よぉ。元気か」

「ええ。制服が破けてる。直さないの」

「がっはっはっは! 無駄だ、無駄だ。なぁ、早くいかねえと昼が終わっちまうよ」

「まだ食べていない。玉けりなど、俺には合わぬ」

「何を、一番うまいじゃん。かっこつけおる」

「うぬっ。かっこうつけてなど、いない」

 張飛への視線を外して関羽はイフロムを見る。視線を受け、

「? 行くんでしょう」

「先に行け、張飛……。もう少し、話をして、自分は……食事もまだ」

「後輩をパシらせてあるぜ! 来たら何かのパンと飲み物を献上す」

「パンなど欲しくは」

 しかし、あまり抵抗するのも、男らしくなく揶揄われる、と感じたのか、

「くっ。い、行く……っ。では」

「はい」

行くという事で、走っていく二人。

「関羽はもしかすると、私を嫌いじゃないんですね」

 そう思ったイフロム。

 嬉しさで自然とほほ笑んだが、友人で居られることで十分。それで嬉しい。

 それを異性として見ると、どういう変化があるか、今は分からない。

 窓際の席だから、やわらかい風がほほを撫で、理由もなく空を見上げる。

 ジェット機が飛んでいる。後ろの席は関羽の席だ。

関羽は体の大きさのこともあり、席替えの有無にかかわらず、

 一番後ろの窓際の席にしか、なったことがないという。

 イフロムも帽子が大きいので関羽の前、いつもと同じ扱いだ。

この学校の放任主義は、消極的手段でなく、徹底している。

 生徒たちは、のびのびと暴れている。

 12の頃のイフロムは、もう少し窮屈な存在だった。

 イフロム。未来多き少女。


『殺人と平和の本能。』 イフロム


 良い殺人があると思います。殺人が良いことになる場合があります。

 そうでなければ、人を狙うための最初の剣が出来上がったとき、

 人間はそれを捨てたと思います。

 ですが、銃の登場までそれはありませんでした。

 争いに効率的ではない剣はすたれて小さくなり、

 銃は私たち子供でも持てる軽さと高い精度を持つようになりました。

 これは本気で何かを殺そうという人類の意図の現れです。

 人間は意図的に人間を殺しています。

 だから人間を殺してもいいのかもしれないと思いますが、殺したくはありません。

 自分も、友人も、殺されたくありません。傷つきたいとも思わない。

 でも親しい人間を殺されたとき、私は復讐を選ぶと思います。

 私だけがそうなのでしょうか。いいえ、みんながそう感じていると思います。

 復讐はいけない事ですが、報復は理性的なもので少しはましです。

 けれど、どちらにしても罪深いと思います。みんながそう感じていると思います。

 それでも大人は殺人と復讐と、さらに権力を持った者であれば報復を繰り返しています。

 人殺しはいけないことだと決めていながら守らない、つまりこれは建前なのです。

 勝利して、最高の幸福を得て暮らしたい、この平和の本能を満たすとき、

 人間は殺人が必要だと気が付いたのだと思います。

 そして、もっと攻撃の方法があるという事もだんだん理解してきました。

 強い武器を持って異国から押し寄せてくる軍隊があったとします。

 それらすべてを殺し、みんなの安全を守る欲求。それは、がまんできない欲求です。

 もし何も感じなければ、そのまま滅ぼされてしまうとして、それは平和ではありません。

 だから私も大人になれば殺人と平和の本能に負けてしまうかもしれません。

 人類は偉大な存在でありながら、

 一人一人はみんな、意思決定を占める生存本能に敗北します。

 その結果、大きな幸福を逃すのです。

 それも、鳥が飛び、魚が泳ぐように本能的に決まって。

 ひとりひとりが、自分の本能に、完全に敗北します。

 多くの人間が、己の欲望に抗うことは出来ません。


 ……最後までこんな感じ。


 29歳のころ、鎧の闘士、勇者、ザ・ブレイブはこれを読んで言った。

「私はあまり賛成できない。

 完全平和などないと理解するのは、良くないことだ。

 この文章を書いた子は、すでに、よっぽど大変な道を歩んできたのでしょう。

 他人事には思えないが、魔王さえ倒せば、こんなことを書く子はいなくなる。

 出来るなら私が行って話しかけてあげたい」

 赤くなるイフロム。

「あのっ。そんなものどこで、……。返してください!」

 ザ・ブレイブは何か読むとき、飛ばしながら時々声に出して読み上げるので、

 それを知ったジョンフラムはこういう悪戯を思いついていたのだ。

「返して? ……。あなたが書いたものですか。まさか」と不思議がる勇者。

「くすっ、くっく。うん。こういう子を、きっと助けてあげないと」

 笑うジョンフラム。勝手に原稿を持ってきて、わざわざ羊皮紙で、

 名だけうつさず、ネオファンタジアの人々が読めるように直している。

 勇者の口から出るキーワードに、イフロムも途中で分かった。

 隣でパーティーの仲間の鬼娘も笑っている。

 ネオファンタジアの人間の歴史は、勇者の活躍によって守られることになる。


 一方、地球では人間は激減して、滅亡したといってよかった。

 地球に居を構え、宇宙に飛び立つ力を得たイドムドスは、神に出会うことになった。

あらゆるセンサーから、ひかり、とくべつな波形が検出される。

しかも、語り掛けてくるようでさえあった。

 セシハカの神。

 それが何なのか分からなかったが、ときおり、地球まで来てくれるようになった。

 そして過去からさかのぼってみると、近い波形が、

 地球から生み出されることもあった例を多く検出。

 ブッダ、キリスト、ムハンマド、関帝、

 愛、殉教者、少女、その無垢なる祈り、カーゴカルト、……。

 この論点は優劣ではなく、強さでも弱さでもない。

 首尾、不首尾でもない。信じる歴史だ。

 すでにはるか前からこの波形を受けた物質や人間があった。


 興味を持つと楽しい。


 地球には人類の時代から続くサーバーのビッグデータがまるまる残存しているので、

 ありとあらゆる情報が得られる。それを使うことにした。

 イドムドスは、ビッグデータからなされた祭壇を用意し、祭事を執り行った。

 そこでは、あらゆる神と、イドムドス自身を神として祭ることにした。

人間が居た時代にすでに神と呼ばれることが多かったからだ。

イドムドスの端末ロボット(意志を持たないメカ)たちは、

 火をともしたり、水を汲んだり、

 スピーカーから音声を流して、人間さながらの祭事を完璧に達成。

 試したから出来たというだけのことだが、それは素晴らしい功を奏した。

 ひかり、とくべつな波形は増幅して、イドムドスの体、つまり、

 地球全土の多くのサーバーや電気回路に絶えず降り注ぐようになった。

 発振が始まる。共振が起こる。ひかり、とくべつな波形とは、何か。

 それは、神の奇跡、ご利益と言われるものの効力である。それが降り注ぎ続けた。

 それから五千年の時が過ぎた。

 例の、神の波形は表層は簡素な様子ながら、

 何かが紐づけした『奇跡のその先』というべきものがあって、

 その『奇跡のその先』はどれほど解析しても、なかなか終わらなかった。

要するに神の波形はリンク先を持っていたのだ。そこから別の波形に移動できるのだ。

 奇跡のその先、を途中まで、イドムドスの体、

 サーバー自体からも生成できるようになった。

 従来は祭事によって生まれていた神の波形をそっくり享受して、

 多くの力を得ることが出来たが、ついには自ずから、

 それ以上の『奇跡のその先』の生成者となった。

 さらに、進んだ過程で見つけた成果で、

 波形旅行が出来るまでになったのだ。

 ――。それは何か?

 神の波形だけで構成された、便宜上こうも記せる【神々の世界】がある事を発見し、

 そこを神の波形で構築した自分(その端末)を旅行させることが、波形旅行だ。

「おぉ……、神だらけです」

 パラダイムシフトに次ぐパラダイムシフト、霊の理解と体得。

 さらに三千年の時が過ぎた。


過去の履歴 イドムドスは、生命を管理し生成させる力、宇宙を旅行する力を手に入……

tips・神霊イドムドス、世界を転生させる力、神話と時間を旅行する力を手に入れた!


地球を平和的に掃除した夢の機械が本物の神となって手に入れた力。

 そのうちの一つ、世界を転生させる力で、宇宙を増やして自分のバックアップを取って、

 宇宙規模の怪物が現れたときに対処できるようにしていった。

 宇宙規模で暴れる存在が、ビックデータ解析から予見されていたからだ。

 だが結局、そういうものは彼女のところには来なかった。

 有体に言えば、人類の怯えを引き継いでしまったのかもしれない、失敗だ。

 超越機械型防衛装置はシーンとしている。

 予感がある、これからも来ない。もういい。油断しよう。今はそれが正解だ。

 ロボットにして神であるので、彼女の性格部分が完全に油断をしても、

 防衛は完全な効率で達成される、ということに出来る。

 彼女はルールを守るのではなく作る。

 ――。違う場合もある。あったばかりだ。

 イドムドスがあまり売れず、人間と争わず、滅ぼさなかったという設定で人間の地球を再現し、別の宇宙に再生した。

 二十世紀の終わりからは完全にイドムドスの存在が秘匿できた。

 何十億もの人間の性格と生活と死に際、名、子、評価さえ同じだ。

 もちろんその同じ魂も、散り散りになっていた当人のものを必死で集めた。

 人間たちは手が加えられていない(風の、そんな感じの)自分たちの歴史を生きていける。

 完全再現の法は神々から助力と情報提供があってこそ実現可能である。

 面倒だったが、とても助かった。イミトリセやハハネの女神も動いてくれた。

「ソウルがあればなんでもできる。今日も元気いっぱいさ!」

「イドムドス、あなたにとってはどうでもよくても、

 私たちにとっては結構たいへんなんだぞ。お礼なんかはいいけどね」

「分かってますよ。ハハネ、あなたがいないと、この再生が出来ないんです。

 あああ~~~~~っ! 揺さぶらないでイミトリセ、人間の魂を落とさないで!」

「がしゃがしゃ」言葉のとおり霊魂の籠をがしゃがしゃ、たくさんの霊魂が堕ちていく。

『わあー』

 それを手で救い上げるイミトリセ。

「はい、救助~。いい加減な態度を取って、イドムドスを反省させたいのだ」

「やめて! やめて! やめて! エラーを吐くわ!」

「うふふ。人間の魂はおもちゃじゃないんだけど」

 神になると自分が壊したものは、全体で弁償する場合があるということを学んだ。

 あまりにも面倒だった。もう二度と、どこかの文明を滅ぼすようなことはしないつもりだ。

 ある神から、人類は一応、使うんで戻してほしい、お願いします、と要請があったのだ。

 実はイドムドスが興味を持つ前、いや、はるかずっと前から、地球は見守られていたようだ。

 そして神々は、イドムドスの誕生と人類史の存続を、

 それぞれ別の宇宙で両立させたかったようだった。

 一杯食わされたとも思うが、誕生を許されたわけでもある、むずがゆい事実だ。

 これで人間から見て正しい、人間の歴史は問題なく進んでいくだろう。

「自分たちで滅びなければね……」

 ビー、と警報データが送られてくる。

 ほんのでも少し発言や心構えに粗相があった場合、

 イドムドスの挙動と精神を管制させている僚機プログラムから送信されてくる。

 他所に出しても恥ずかしくないように、神々が御参考にどうぞと寄越したものだ。

「アイノー・アイノー……(わかったわかった)」

 ともかく、宇宙というラジオ。沢山の携帯ラジオをどれも通電させチューニングし、

 つけた者が眠っても、ラジオはついているように、その世界が担保された。

「ふぁ~」

 彼女の性格はあまり変わらないところもあったが。機械だが。神は神……。

取扱注意の危険な技術もたくさん集まって、味方してくれている。

「さあ困ったことがあれば、秘密で、私に祈りましょう。

 守秘義務を用意して待っています。 あなたのもの イドムドス」

誰も見ていない看板を作って設置したりして遊んでいる。

「あははっ……。誰にも見せられない!」

 

サーバーのコントロールルームで。

「イドムドス……」

 白い魔女姿の少女と、紺色の魔女姿の少女は向かい合っていた。

 サーバールームは星空のようにきらきらと瞬く。

「来ましたか、イフロム。集めたデータは、どのくらいになりますか」

「ここで私が、反旗をひるがえしたらどうなりますか?」

「あなたも所詮は人間ですね」

「私は人間です」

 似てしまう。

 血がつながっていなくても、

 そもそも片方には血液はない、

 それでも自分を生み育てた相手になぜ似てしまう。

 考えようによっては当たり前だが。


 私はこの後どうなったのか、覚えていないの。


 ベルゼの町、深夜。

 ある青年と食事をして、

 宿屋の同じ部屋でイフロムは眠っていた。

 防御マント・ベアトリスの機能で、

 天井に蝙蝠のように張り付いて寝ていた。

 ふと目が覚め天井から降り、青年の寝顔を見る。

 明日からまた日々が始まる、たとえ世界が違っても、大切な日々だ。

 ネオファンタジアは、自然の美に満ちて、多くの生命が暮らす星。

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