最終話「未来で待っていたのは」
平和な日常への、帰還。
一日の始まりが、誰にも等しく訪れる……ここは平成という時代の日本だ。名無しの
そう、まさにここは生きるに値する、守るべき平和な日本だった。
例え危ういバランスの上で揺れる
「これでよし、と」
成太郎は朝から、校舎の中庭にある噴水の掃除をしていた。
ここは
成太郎が
ピカピカに磨き上げて水管も掃除し終え、成太郎はやれやれと池を出る。
すぐに、見守っていた生徒達が押しかけてきた。
「ありがとうございますっ、校務員様っ! 助かりましたわ」
「やっぱり
「ああっ、いけませんわお姉様! で、でもっ、この胸の高鳴りは」
「だって、校務員様は……白い髪に色白で、
「確か、平成太郎様とおっしゃいましたわね。皆様、これからもお頼りしましょう!」
どういう訳か、一年生の
凛々しい目元だと彼女達は言うが、成太郎は今日も眠くてしかたがない。
相変わらずぼんやりとした表情で、彼は次の仕事にとりかかろうと道具を片付ける。
女生徒達はそんな彼を取り巻き、我先にと詰め寄ってくるのだ。
「あー、その、なんだ。仕事が、ある。通してもらっても……いいか?」
毎度のことで成太郎は困惑してしまう。
古き良き
成太郎なりに、自分が希少な珍獣扱いなのだと理解していた。
だが、実際には
本人は無自覚だが、清らかな乙女達を夢見がちにする程度には、成太郎は美形だった。
「あ、あのっ! 成太郎様! わたくし、バレー部なんですけど……第三体育館の床が」
「ああ、見ておこう」
「わたくし、以前から茶道室の
「わかった、業者に連絡を」
「つっ、次はわたくしですわ! あの……」
きりがない。
成太郎にとっては、憧れの
成太郎が知っているのは、親や保護者が決めた通りに結婚すること。
男は外で働き
女は家で家事育児に励んで、夫にかしずき家を守るのだ。
それはもう、古い上に好ましくない価値観……しかし、成太郎はそれしか知らない。そして、彼にとって母であり姉、それ以上の存在だった女性は一人しかいない。
「さ、散った散った。もうすぐ始業のベルが鳴る。教室に戻ってくれ」
ぶっきらぼうに成太郎が言い放つと同時に、
予鈴が鳴って、そぞろに少女達は散り散りに歩き出す。
ようやく解放されて、やれやれと成太郎は肩を
ただ、敷地内の小さなボロ屋を与えられ、そこで寝泊まりできるのはありがたい。
これでもう、だらしなくふしだらで
「さて、次はプール掃除から片付けるか……ん?」
仕事を片付けようと歩き出す成太郎は、ふと校門を振り返った。
なにやら絶叫を響かせ、土煙をあげてなにかが爆走してくる。
それは、徐々に制服姿の少女を
それは間違いなく、
そのまま急いで教室に向かえばいいのに、彼女は急ブレーキで
「おっ、おはようございまひゅ! 指揮官ひゃん!」
「行儀が悪い、食べながら喋るんじゃない。遅刻するぞ? というか、もう遅刻だが」
「それがですね、えと、んぐ、もがが」
エルはその場で、パンをぱくついて完全に食べてしまった。
そして一心地つくと、早口で喋り始める。身を乗り出してくるので、やたらと顔が近い。いつもの調子でマイペース、そして相手を全く選ばず都合も考えないのだ。
そういうエルのことをもう、成太郎はお
自分を指揮官さんと呼ぶこの少女は、大事で大切な仲間だ。
「実はですね、
「ねっと……
「凄いんです、続編ではグレートガンダスターが出てきて、でも敵で! それでこう、盛り上がっちゃって! これは予習しなくちゃって、一気に夜通しガンダスター見てて」
「……お前はそれ、毎日見てないか?」
「当然ですっ! 全ての
「わ、わかったわかった。いいから教室へ行くんだ」
エルは「そうでした!」と足踏みを初めて、そのまま駆け足で去ってゆく。
だが、彼女は一度だけ振り向いて、手を振りながら成太郎へと叫んだ。
「指揮官さーん! あとで一緒に見ましょうっ! ガンダスター!」
「ああ、アニメか。俺はそういうのは」
「絶対に気に入ります。何故ならばっ! 指揮官さんも、正義の味方ガンダスターと一緒だからです! わたし、ガンダスターは大好きなんですっ!」
それだけ言って
なんのことやら訳がわからず、成太郎はその場に立ち尽くす。
不思議と笑みが込み上げ、気付けば不思議とおかしくて笑った。自分が
平和を
「やれやれ、困ったやつだ。さて、仕事にとりかかろう。……ん?」
成太郎の頭上に、突然なにかが現れた。
突如飛来し、影を落とす物体……それを見上げて成太郎は絶句した。
そこには、
「おはよう、零号。あら、どうしたのかしら? ふふ」
そこには、ガチ女の制服を着たスカーレット・ブラッドベリが浮かんでいた。彼女はふわりと着地すると、今まで乗っていた箒をくるりと翻す。
あまりにも無防備、そして自然体……突然のことで、成太郎は思わず腰に手を伸ばす。
だが、当たり前だがそこに愛用のモ式大型拳銃はぶら下がっていない。
不思議と邪気は感じられないが、無邪気で無垢な敵意と憎悪だけは確かだ。
「私、転校してきたの。興味が湧いたわ……零号、あなたと、その
「エル達は、下僕などではない。そして俺も零号ではない。俺は……俺の名は、平成太郎だ」
「そうなの? ふふ、別にどうでもいいけど」
不意にスカーレットは「預かって
やはり、スカーレットにも魔力がある。
それも、とても強い魔力が。
「じゃ、放課後にでもまたお話しましょう? ふふ、あの
「まっ、待て! スカーレット!」
「遅刻しちゃうわ。職員室に行かなきゃ……ああ、そうそう。言い忘れてたわ」
玄関の前で、スカーレットは肩越しに振り返る。
そして、まるで見下ろすように首を
それは、彼女が
「零号、
「なにっ! ……そんな言葉で惑わされる俺ではない」
「いいから聞きなさい」
ビクリ! と成太郎の身体が震え、そして身動き一つできなくなる。
完全にスカーレットに気圧され、これではまるで
「戦後、D計画の痕跡を消すべく、あの女は世界中を飛び回った。出国記録も残さず、連合国も枢軸国も関係なくね。そして……とある男と血を残した。子供をもうけたの」
衝撃の真実、それは全く理解不能。成太郎は最初、なにを言われたかわからなかった。だが、思い出されるレッドは今も、彼の脳裏で優しく
だから成太郎は、愉快そうに
「……レッドは、子を……そうか」
「あはっ! ねえ、どんな気分かしら? その子はまた
「そうか……よかった」
「……えっ?」
成太郎は心の底からそう思った。
あの人は戦後、D計画の痕跡と戦いながら……その呪縛から最後には解放されたのだ。そして、誰かと愛を結んで血を残した。それがわかっただけでも、成太郎は心の中で
「この世界の
「な、なによ……面白くないわね! ……フン! まあいいわ。最後に一つだけ教えてあげる。私は、私達の名は――」
――
それが敵の名……D計画を地獄の底から解き放った、世界に戦火を広げんとする者達の名だ。その全容が語られずとも、成太郎は去ってゆくスカーレットを今は見送る。
驚いてもいるし、動揺もした。
だが、やることは変わらない。
「レッド、君はもう……なら、それでも構わん。俺は君がいた世界、君が残した全てを守る。フッ、驚くか? 俺には……君以外に、誇れる仲間が、守りたい連中ができたんだ」
その声はもう、届かないだろう。誰にも聴かれることはない。それでも、自分自身に言い聞かせて、成太郎は今は日常へと戻ってゆく。
再び戦う時……スカーレットと零国協商が、D計画と共に立ちはだかる時に備えて。
不思議と怖くはないし、探し求めていた人の幸せを知ったら、自然と成太郎の気持ちは晴れやかな決意に満ちてゆくのだった。
ブルームトルーパーズ!! ~鋼鉄の魔女達~ ながやん @nagamono
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