第26話「再び目覚める、そこは平成」
首を巡らせれば、それだけで全身の筋肉が痛みを訴えてくる。
「ここは……そうか、また研究所に戻されたのか。……いや? 違うな」
一瞬、
過酷な実験の日々が続き、
そんな過去を思い出したのは、いつも通り
そう、赤い髪を長く伸ばした、とても優しい人……いつも成太郎が目覚めると、彼女は泣いていた。
「また、泣いて、いる、のか……レッド」
涙で顔をぐちゃぐちゃにして、その少女は泣いていた。
そう、少女だ……レッドではない。
レッドはもう、いなくなってしまった。自分を未来へと送り出し、一人で時間と同じ流れに身を任せたのだ。今もこの地球のどこかで、彼女は生きているのだろうか? 少なくとも、今こうして泣いてくれているのは、もっと若い女の子だった。
そう、
彼女はボロボロと大粒の涙を流して、肩を震わせ泣いている。
思わず成太郎は身を起こして、激痛に耐えながら手を伸べた。
そっと
「指揮官、さん?」
「俺は大丈夫だ、エル。……泣いてくれて、いたのか?」
「指揮官さんっ! 目が覚めたんですね!」
「ちょ、待てエル! 抱き付くな、痛いっ! よすんだ!」
エルは手にした小さな機械を放り出し、押し倒す勢いで成太郎に抱きついてきた。彼女の意外に重い身体を抱き留めれば、柔らかくて温かい。ふわりと甘やかな香りが広がって、真っ赤な髪はサラサラと光沢を波立たせていた。
「これは、すまほ? そう、すまあとほん、だな。……エル、まさか」
「だって、指揮官さん全然目を覚まさなくて! みんなで交代で付き添ってて、でも……
「エル……」
「なんかわたし、しょんぼりしてきちゃって。元気出そうと思って、
「わ、わかった! わかったから! 頼む、離れてくれ!」
騒ぎを聞きつけたのか、ドアが開いてお馴染みの面々が雪崩込んできた。
皆、赤くなった目に涙を揺らしている。
そして、泣きじゃくるエルに感化されたのか、三人共我先にと迫ってきた。あっという間に成太郎は、年頃の乙女達にもみくちゃにされてしまった。
「ええい、はしたない! はしたないぞ! そんなことでは
「バカッ! 成太郎のバカ! ボクと同じ人造人間でも、成太郎は昭和生まれのポンコツなんだからね! ……死んじゃったらどうするのさ、もぉ」
「……すまん、霧沙」
いつも
そして、その横ではもじもじと灯も
「成太郎さ、そゆのなしだよ……私達のこと、死なないように、怪我しないようにって言うのに……自分はこんな無茶して」
「あ、ああ。すまなかった。お前達に怪我はないな?
「ムラクモが四機とも壊れちゃったけど、私達は無事……頑丈なんだね、私達の機体は」
「ちゃんと安全面を考慮して、現代の最新技術で造られてるからな」
少し迷ったが、包帯に包まれた手で、霧沙と灯の髪を
柔らかな感触が不思議と、全身の痛みを払拭してゆく気がした。
だが、そんな時もずっとエルは、腰にガッシと抱きついてワンワン泣いている。そして、二の腕にしがみついていたすおみが、グッと顔を近付けてきた。
「成太郎さん……本当にいけない人ですわ! ……ええと、その……そう!
「そ、そうだったな。すまん」
「それが、こんな無茶をして。ハバキリも真空管の交換程度で済んだからいいものの」
「すまない。……そうか、大きな損傷はないか」
「……謝ってばかりですわ。もぉ、許せませんの! 許して、あげませんわ」
女の子に密着されたことも初めてだし、本気で泣かれるというのは久しぶりだ。
いつも目覚めると、泣いていたレッドは無理に笑ってくれた。その笑顔だけが、成太郎にとって生の実感だったのだ。
だが、今は違う。
仲間達の涙は、とめどなく
そして、一人だけ全く関係ないことで泣いている少女がいた。
彼女は言い訳がましく
「指揮官さん、ホントに神アニメですぅ! 最後、最後はガンダスターが、ううう~っ!」
「わ、訳がわからん! 離れてくれ、エル! その、みんなもだ!」
そうこうしていると、開きっぱなしのドアから一人の女声が現れた。
自衛官の礼服を着た彼女は、
成太郎達を纏め上げる、
「わお、ハーレムしてるじゃなーい? にはは、あたしも混ざってあげよっか?」
「い、いらん! 灘姫、助けてくれ」
「やーよ、リア充め……爆発しろ、
「そ、それはどういう……? りあじゅう、とは? わ、わからん……
ニヤニヤと笑う灘姫も、普段は見せない安堵の表情を見せていた。
そして、彼女の視線が少女達を成太郎から引き剥がした。皆、弾かれたように飛び退いてベッドから降りる。
ようやく解放された成太郎は、やれやれとあぐらで座り直した。
そんな彼に、灘姫はいつもの調子で語りかけてくる。
「で、調子どう? 怪我は、まあ……常人なら再起不能レベルだけど」
「ん、まあ……正直に言えば、そうだな――」
正直、全身が
それを訴えようとしたら、自然と
「まず、凄く眠い。まだ夢を見ているようだ」
「おいこらー! あんたねえ、成太郎……一週間、眠りっぱなしだったんだけど?」
「ほう?」
「ほう、じゃねーっつーの。もうここ、日本だし! ヨハン少佐が緊急手術を手配してくれなかったらあんた、ネルトリンゲンに立派な
「……ふむ、悪くはない」
「
容赦なく灘姫は、バシバシ手にした
中には分厚い書類が入っているのか、結構重くて痛い。
だが、ようやく成太郎の周囲に笑顔が帰ってきた。皆、半ばマジギレしてる灘姫の
和やかな空気に改めて、成太郎は生還を実感した。
今を生きている。
今もまだ、生きている。
ここはレッドの夢見て目指した未来ではない。
だが、彼女は必ず……そう、きっと必ず未来で待っていてくれる。
その未来へとまだ、成太郎は自分の足で進めるのだ。
頼れる仲間達と共に、この
「っと、そうだった。ジャーン! はい、ちゅーもーく! みんながお待ちかねのぉ、お給料デース!」
灘姫は、先程の茶封筒から小さな封筒を五つ取り出す。それを全員に配り、最後に成太郎にも渡してきた。
命を
金が欲しくて戦う訳ではないし、金だけが全てではない。
だが、俗世を生きるにあたって困るものではない、それが金というものだ。
中身を開いた少女達は、満面の笑みに
「やばいです、これやばいですよ! ……ガンダスターの超合金が、何百個も買えるです……うーっ、やったーっ!」
「うわ、すご……緋山の家にお金を入れても、まだまだ余裕で余る。ギター買えちゃう? アンプも一緒に買えちゃう!?」
「はは、二人共無駄遣いしないようにね。ん、すおみは?」
「わたくし、生まれて初めて自分でお金を稼ぎましたわ……なんて素敵なんでしょう」
どうやら、彼女達の努力に少しは
うすっぺらな封筒を開いた成太郎は、おや? と首を傾げた。
紙が一枚入ってるだけで、よくみればそれは給与明細である。
「……手渡しではないのか」
「一応、あんたの口座を作っといたから、そっちにね。どう? 成太郎。嬉しいでしょ」
「なにを言う、灘姫。銀行なぞいつ潰れるか……預金を下ろせない、こと、も……ほあああああっ!」
突如、奇声が込み上げた。
ベッドの上に立ち上がってしまった成太郎は、下着に包帯姿で震える。言葉にならない、仰天の額が給与明細には書き込まれていた。
「ごっ、ごご、ごひゃくまんえん……だと……!? 五百万円! まて灘姫っ、こんな大金は貰えん!」
「えっ……あ、そっか。あのね、成太郎。今の日本円の価値は」
「俺は、そう、レッドと再び会うために戦っている。こんな大それた額は、
成太郎は話でしか知らないが、レッドはかつて言っていた。
10円あれば、銀座でそこそこ豪遊できると。映画を見て、洋食屋で食事をして、ぶらぶら買い物しながらカフェで珈琲を飲む。そんな優雅な暮らしは、成太郎にとって夢の物語だった。
「ご、ごひゃくまん……くっ、土地ごと家が買えるぞ!
「買えんわ、アホッ! せいぜい、ちょっといい車が買える程度よ。……ホントはね、みんなにももっと出したいんだけど。ま、気にせずもらって。お金をもらうことは、仕事に責任を持つことよん?」
キャイキャイと華やぐ少女達を尻目に、成太郎はその場に崩れ落ちる。
思えば、この時代に覚醒してからずっと、必要なものは灘姫が揃えてくれていた。現金とは無縁な中で、来るべき決戦の準備で忙しかったのだ。
改めて成太郎は、ここが自分の知る昭和ではないことを思い知った。
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