新世界と、ネコと、ぼく



「ばいばい、ワニすけ」


 のそのそと歩いていく後ろ姿を見送って、ふぅとぼくは身体を伸ばした。

「……良かったニャゴ?」

「うん。……また運が良ければ会えるよ」

 あれからすぐに、ぼくはあのクロコクルスを野生に帰した。

 なんだかんだ、イナズマと初めて倒したサイバクルスで、気に入ってはいたんだけど……水槽の中でのんびり飼うのが、クロコクルスの幸せかどうか、ぼくにはわからなかったから。


「で。……そろそろ、イナズマともお別れだね」

「……そうニャゴね」


 ネクストワールドが、一時的に閉鎖されることになったのだ。

 当然だろう。サイバクルスの真実や一条博士のことが明るみになって、世間は大騒ぎだった。

「でも、すぐ会えるよ。……多分」

「そこは言い切らなきゃダメニャゴよ……」

「だって……」

 正直言って、不安だったのだ。

 クロヤは、すぐに再開しますよと言っていたけれど……世間では、ネクストワールドは危険だから停止すべきだ、なんて声まで上がっていて。

 もしかしたら、これが最期になってしまうんじゃないか、って……

「クロヤも言ってたニャゴ。いろんなリケンが関わっているから、そうカンタンには無くせないハズです、って」

「よくわかんないんだよ、その理由……」

「いいから。とっととログアウトするニャゴ」

「……冷たい! イナズマは冷たい! もっと名残り惜しんでも……」

 言いかけて。

 イナズマがうつむいていることに、気が付いた。

「……。分かったよ」

 イナズマもさびしいんだ。

 だけど、そう言ったらぼくが出ていけないと思って……

「平気だよ。うん、すぐ会えるんだもんね」

「……ニャゴ」

「じゃあぼく行くけど、ちゃんとご飯食べるんだよ? あんまりほかのサイバクルスにケンカふっかけちゃダメだよ?」

「……出来るだけそうするニャゴ」

「あとは、えっと……。……待っててね、イナズマ」

「……当たり前ニャゴ。約束、したニャゴ」

 全部終わったら、一緒に遊ぶって。

 友だちとして、ゆっくり楽しい時間をたくさん過ごそうって。


「……じゃあ、行くね」

「ニャゴ……元気でな、ユウト」


 そしてぼくは、ログアウトした。


 *


 それから、四週間。

 季節が変わって、学校は二学期になって。

 授業がほんのちょっとむずかしくなって、着る服が変わって。


 その間ずっと、ぼくはイナズマに会えなかった。

 少し前までそうだったのに、一人みたいに感じた。

 思えば、ショウが転校した時も、こんな風に思ったっけ。


「ヒマよね、向こう行けないと」

「……でも、アリアは活動してるよね?」

「まぁねー。……けど、こっちの世界だけじゃイマイチ楽しくなくて……」


 アミは、アリアの3Dモデルを使って動画を作り続けていた。

 でもその横に、パッたんはいない。

 ぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちが、ぼくたちからはなれなかった。


 もし、ネクストワールドがこのまま閉鎖されてしまったら。

 ぼくたちはまた、サイバクルスのいない世界にもどってしまう。

 少し前までなら、それでも良かったのかもしれない。

 ……だけど、今は。


「……会いたいな、イナズマ……」


 彼らは、ただのデータでも、ゲームのキャラでもない。

 ネクストワールドに生まれた新しい生き物で……ぼくらの、友だちだから。


「ん……? ショウからだ……」


 ある時、ふっと気付くと、ショウからスマホに連絡が入っていた。

「もしもし、どうしたのショウ?」

『ネットニュース見たか!?』

「えっ、見てない」

『んじゃ見ろ! 何でもいいから!』

 ショウに言われて、ぼくはいそいでニュースアプリを開く。

 すると、そこには……


「……貴堂クロヤ11歳、KIDOコーポレーションの新社長に就任!?」


 あまりにもおどろきの内容が書かれていた。


 ……ネクストワールドの事件から一ヶ月。前社長が責任を取って辞任した後、KIDOコーポレーションでは事件解決のため尽力した社長の息子で11歳の少年、貴堂クロヤ君を次の社長に任命し……


「うわ……もしかしてクロヤの言っていた目的って……」


 クロヤに連絡を取ると、本人から『そうですよ』と短い返事があった。


『元々、上層部に手は回していたんです。彼らには、一条博士の件で、明るみに出したくない事が山ほどありますから。そこを突いて交渉し、あとはボクが事件を解決に導いた、という実績があれば……』


 父親の罪を自らの手で暴き、解決した少年。

 クロヤは一気に正義の少年としての立場を獲得し、KIDOの信頼回復と共に社長の座を手に入れることに成功した。


『まぁ、それでもKIDOの信頼を完全に取り戻せたわけではないのですが……

 ……それでも、ユウト君。そろそろ良い報告が出来そうですよ?』

「良い報告って、まさか……!」

『えぇ。ネクストワールド再開の時期が、決定しました』


 *


 ネクストワールドは、それから更に一週間たった後、再開した。

 新たなオープンと共に、世界には新しいルールも作られることとなった。


 一つは、進入禁止エリアの設定。

 サイバクルスの棲む世界を荒らし過ぎないための、保護ルールだ。


 もう一つは、サイバクルスの自由化だ。

 これまでは、アルケミストは捕まえたサイバクルスの自由を制限して、好き勝手連れまわしたり、閉じ込めたり出来た。

 これからは、サイバクルスが望めばどこにだって行けるようになる。

 嫌になれば逃げだせるし、アルケミストが気に入れば一緒にいることも出来る。

 呼び出しをかけることも出来るけど、サイバクルスが嫌がれば断れるみたい。


「これは、ほんの始まりにすぎません」


 再開の日、クロヤは記者会見で語った。

「サイバクルスという新たな存在と向き合うため、我々が踏み出した最初の一歩に過ぎない。これからも、状況に応じてルールは変わっていくでしょう」

 二度と、同じ戦いを引き起こさないために。

 人間とサイバクルスが、共に存在していくために。


「……クロヤも、こういう時は良いこと言うんだ」


 ぼくは会見を映していた動画画面を閉じて、街の門を出る。

「おっそーい! 待ってたんだよ?」

「まぁまぁ。オレだってさっき来たとこだし」

「うん。……こっちでは久しぶりだね、アリア、ショウ」


 ぼくは、アリアとショウと待ち合わせして、街の外に出ることにしていた。

 目的地は、街から見える大きな山の頂上。

 ぼくらはそこで、彼らと合流する予定なのだ。


「あー、やっぱりさみしがってたかなぁ? ついたら思いっきり抱きしめよう!」

「どーなんだろな。ユウトんとこはどうだと思う?」

「……さびしくても、言わないと思う」

「あの性格だもんねー」

「じゃ、お前はどうだったんだよユウト?」

「ぼくは……ぼくも、何も言わないよ」


 最初に会った時、泣きそうな顔をしてたら面白くないから。

 だって、ぼくが彼と交わした約束は……


「ん、やっと来たニャゴか?」


 山道をえんえんと歩いて、開けた場所に出て。

 出迎えたその声を聞いて。


「待ってたニャゴよ。さぁ、思いっきり遊ぶニャゴ」


「――っっ、イナズマぁぁあああ~~~!!!」


 結局のところ。

 ぼくは、大泣きしてしまったのだった。

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電脳新種生物サイバクルス!(旧バージョン) 螺子巻ぐるり @nezimaki-zenmai

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