好きと、嫌いと、決着と




「……おかしい」


 建物の上から、ノワールたちをながめるタグリ。

 その複眼は目の前の戦いへ向けられつつも、別の何かを察知していた。


「別動隊の反応が減っている……?」


 糸の感覚が、少なくなった。

「おや。そんなところで蒼い顔をして、どうかしたんですか?」

 貴堂クロヤは、そんな彼に底意地の悪い笑みを浮かべる。

「貴方、二人だけでここへ来たのではないのですか?」

「さて。戦場がここだけでないことは知っていましたが……」

 とぼけた態度で肩をすくめながら、クロヤはちらと飛行船のモニターを見る。


『いま、街を護るために、アルケミストたちががんばって戦ってます!』


 そこに映るのは、この場所の戦いでも、塔での戦いでもない。

 街角で、裏路地で、屋上で。様々な場所で、タグリに操られたサイバクルスたちが、アルケミストのサイバクルスと戦っている。

「やはり、拡散力というのは大切ですね。貴方が狙うわけだ」

「……! その作戦の事も、ご存じでしたか」

「ヴォルフは搦め手を好むタイプではなさそうでしたので」

 かつてアリアがはめられたウッドクルスのワナ。

 それは、タグリが彼女を操り、自分たちに都合の良い広告塔にするためだったのでしょう、とクロヤは言い切る。


 だから、今度はこっちがそれを利用した。


「真実を明かし、好感度の高い人間が要求する。そうすれば人々は案外カンタンに動いてくれます」


 洗脳など、する必要もなく。

 クロヤは、操作の力を持つサイバクルスの前で、人々を操ってみせた。


「なるほど、なるほど。どうやら我々は、敵を見誤っていたようですねぇぇ」


 わさわさと、タグリは無数の足をうごめかせる。

「ならば攻め手を変えましょう。ゆけ!」

 とたんに。周囲のサイバクルスが、動きを変える。

 ノワール一体を狙って戦っていた彼らの目線が、クロヤへと移る。

「まずは貴方を絡めとらせていただきます」

 多くのサイバクルスが、全速力で突進してくる。

 ただの人間であるクロヤに、それへ立ち向かう力は設定されていない。

 いや、出来ない。一条博士のプロテクトが、人間アバターの能力値を制限しているからだ。

 つまりこの先に待っているのは、クロヤのアバターの破壊……の、はずだった。


「…………」


 黒い騎士が。

 自らの身体で、それを防がなければ。

「……ノワール……」

「……」

 甲冑は傷つき、罅割れ、剣は取り落し関節が砕けている。

 それでも、黒騎士はクロヤの無事を確認してから、立ち上がろうとする。

「……!」

 が。その身体には、いつのまにか無数の糸が結び付けられている。

「えぇ、えぇ、そう来ると思っていましたとも!」

 それは、タグリの戦略の内だった。

 従順な黒騎士は、主の危機とあれば必ず身を投げうつだろう。

 ならばそれが好機。騎士を捕え、然る後に王を獲る。


「オロカですね! 自らを道具としか思っていないニンゲンなどのために、アナタはここで終わるのですよ!!」


 ぐぐぐ、と糸が引き締められる。このまま砕くつもりだろう。

「哀れな操り人形のノワール君! 可能ならば私の手駒にしたかったのですが……アナタは構造が少し歪ですからねぇぇ」

 勝ち誇ったタグリの声。クロヤは一人では何も出来ない。ヴォルフの戦いがどうあれ、街の破壊がどうあれ、この場を抑えさえすれば十二分に勝利出来ると。

「ライオクルス! 彼はまだいい、共にいたニンゲンは少なくとも一個の生命として彼を見ていましたから! ですがアナタは! 違う!」

 鎧に出来た日々が、更に増す。一部の装甲は剥がれ落ち、左腕は動かない。

「自らの意志を持たず! ただ沈黙し主に付き従うただの道具! 哀れで哀しく、このまま存在させておくのは忍びないッ! だから私の手で終止符を――」


「クロヤ ヲ 助ケル ノハ」


 ぶつん!


「……私ノ 意志ダ」


 糸が切れる音。がしゃん、と音を立て、黒騎士が足を踏み出し、立ち上がる。

「……ノワール。まだ行けますね?」

「肯定 シカシ ダメージ量 深刻」

「良いでしょう、修正します。……回復キットが使えないのは損ですね……」

 さも当然のように言って、クロヤは画面とキーボードを出現させ、ノワールのデータを書き換えていく。

 傷だらけだった彼の鎧は、瞬く間に輝きを取り戻していく。

 だが、それを許す敵ではない。襲い掛かる彼らを、ノワールは治り切っていない腕でぶん投げる。


「待った。待った待った、待ちなさい! しゃべりましたよね、それ! どういうことです!? そいつ、進化体クルスじゃないですか!!?」


「ちがう、と宣伝した覚えはありませんが?」

 タグリに目を向けず、さらりと答えるクロヤ。

「あり得ませんあり得ませんあり得ません! そもそも何なんですかそれは! そんな性質でありながら、サイバクルスなのですか!?」

「サイバクルスですよ。正確には、初期のサイバクルスデータを基にボクが独自環境で生育した、オリジナル個体ですが」

「どっ、独自環境……!?」

「分かりやすく言いましょう。ノワールは、ボクが作ったサイバクルスです」

 たんっ! エンターキーを押すと同時に、ノワールの手元に3mはある巨大な黒剣が出現する。

 ノワールはそれを握りしめると、ざんっ! 一気に振り払い、周囲のサイバクルスを沈黙させていく。

「ああ、ああ、ならば結局、作られた意志、道化の人形ではないですか……! 何が自分の意志だ! 良いように利用されただけで……!」


「肯定スル 私ハ ソノヨウニ作ラレタ

 ダガ 私ハ クロヤノ夢ヲ 歩ム道ヲ 切リ拓ク剣デアリタイ」


 その意志は、作られたものでも本物だ。


「イナズマ ヴォルフ ソシテ貴様。ドノ生キ方ヨリモ私ハ、クロヤヲ選ブ」


 ダンッ、ダンッ、ダンッ! ノワールは壁をつたい、タグリの立つ屋上へとやってくる。

「道具として扱われることに、喜びを抱いているとでも……!?」

 友情を信じるライオクルスや、敵意を胸に抱くヴォルフ。

 それらの在り方に、タグリは一定の理解を示していた。

 だが、分からない。ただ生きるためだけにニンゲンと戦ったタグリには、ノワールの抱く忠誠心という感情が、理解出来ない。


「クロヤ ハ 私ヲ 信頼シテイル 道具トシテ 大切ニ 丁寧ニ 私ノ傷ヲ癒シ、育テタ ……コレ以上 発声ハ 不要」


 そして剣は、振り下ろされる。


 *


「どういうこと、ショウ!?」


 塔での戦い。ぼくはどうにかこうにか親友を助けることが出来て一安心、だったんだけど……

 ショウが、とんでもないことを言い出してしまった。

「おいユウト、コイツもしかしてあれか、バカか?」

「ひっでぇなぁ。オレは本気だぜ?」

 ショウは笑いながら、「ほら、早く治してやれよ」とぼくにイナズマの回復を急かす。そうだ、イナズマも傷だらけなんだ……!

「意識ははっきりしてるし、操られてもいない。……でもさ。オレはこいつの事、ずっと見てたから……ほっとけなくて」

 だからマジで、ごめん! ショウはぼくに手を合わせて謝る。


「何を勝手に話を進めている……! オレがニンゲンの手など借りると思っているのか……!?」

「いやもう貸しちゃったし。それにさ、お前はここで終わっていいわけ?」

「……なに……」

「負けちまったらさ、人間追い出せなくなるぜ。……それで良いのか?」


 じっ。ショウはヴォルフの瞳を見つめる。

 ヴォルフはしかし、ショウとは目を合わせない。


「……意味が分からん。何故キサマがそれに手を貸す。キサマもニンゲンだろう」

「オレだって、大事なやつがヒドい目にあわされたら、そいつのことを絶対にゆるせない。んなの誰だって同じだろ」

 ニンゲンだなんだってのは関係ない、とショウは言う。

「オレは、お前の気持ちを知って、手伝いたくなった。それでも足んない?」

「……。オレはニンゲンを信用できない」

 ヴォルフはそう言って、一歩二歩と前に出る。


「だが……ここで負けるわけにはいかない。不本意だが、力を借りてやる」


 ヴォルフが、駆け出す。

 床や壁をふるわせる、重く低い叫びと共に。


「チッ……面倒な事になったな!」

 イナズマはぼくの回復を受けて、立ち向かうように飛び出した。

 炎雷の前脚と、黒雷の牙が、再びぶつかり合う。

 ぼくは手をぐっと握りしめて、イナズマの姿を見てから、ショウに目を移す。

「……ショウは、ここが無くなってもいいの?」

 ショウが手を貸したのは。ヴォルフの目的は。

 ぼくたちがまた会って遊ぼうと約束したこの場所を、壊すこと。

「良くない。オレだってここ好きだし、ユウトとも遊びたかった」

「ならなんで……!」

「一人くらいさ、アイツにニンゲンの味方がいたって良いじゃん」

 だれか一人くらい、アイツのやってる事、間違ってないって言ってやってもいいじゃん、とショウは言う。

「そりゃさ。人間的には困る話だと思う。……だから、オレが味方する」

「……そっ、か」

 すとんと、胸に落ちた。

 ショウは、変わらないんだ。昔、一人でいたぼくに話しかけてくれた時と。

 誰かの味方でありたい。力になりたい。そう思って動ける、良いやつなんだ。

「……分かった」

 ぼくはうなづく。ショウの気持ちが分かったから。

 分かった上で、否定する。


「勝つのは、ぼくたちだ」


「――その通りだ、ユウト!」


 ダンッ! 高く高く、イナズマは跳び上がる。

 それを迎え撃つように、ヴォルフもまた落下するイナズマを狙って飛ぶ。


 何度も、何度も、雷と雷は激突して、衝撃がぼくらの身体をゆらす。

 ダメージを受ければぼくやショウがすぐに治して、またぶつかって。

 叫び声しか、そこには無かった。もうそkに、理屈とか互いの考え方とか、そういうのは関係なくて。


 ただただ、感情をぶつけて、感情を受け止めて。

 護りたいってぼくらの想いと、壊したいって彼らの想いと。

 負けられないって気持ちだけが、そこにはあって。


「イナズマ!」

「ヴォルフ!」


 ぼくとショウは全力で叫んだ。勝って。勝って。勝って!

 実力は同じくらいで、ずっと戦いは互角で。


「しつっっこい、な!! ヴォルフ!」

「キサマこそ……よくも、そこまで……!」


 キズは治せても、体力は別。

 息を荒げながら、イナズマとヴォルフは吼える。

 ぶつかり合って、吹っ飛んで。

 その度にぼくもショウも駆け寄って、キズを治しに行って。


「イナズマ、大丈夫!?」

「まだいけるか、ヴォルフ?」


 多分、これは、戦いっていうより殴り合いだ。

 どっちが先に根負けするかやりあってるだけ。

 それでも、これはぼくたちにとって、世界のなにより大事な殴り合いで。


「ニンゲンとオレたちは、友だちになれる……!」

「だとしても! オレは! 絶対に許さない!」


 ずっと、終わらないんじゃないかって思ったけれど。

 突然に、バランスは崩れた。

「んぐっ……ニャ、ゴ……」

「イナズマ!? もう肉が切れたの……!?」

 デバイスに在庫は……ない!

 戦いながら何度か食べさせていたから、もう切れてしまったんだ。

 マズい、このままじゃ……思っている間に、ヴォルフがこちらへ迫って来る。

「……やらせない!」

 ごくり。息をのんで、ぼくはイナズマの前に立つ。

「ジャマだ!」

 がじゅっ。音がして、ぼくの肩にヴォルフの牙が食い込んだ。

 視界には何重にもアラートが出て、すぐさまぼくの身体に力が入らなくなる。

「なにやってるニャゴ……! 無茶ニャゴ……!」

「今更何言ってんだよ、イナズマ……! そっちだってさんざん……!」

 ぼくを助けるために、イナズマは何度もキズついた。

 ぼくが同じことしたって、何にもおかしくないだろ?

「……オレの牙で破壊されれば、影響は意識にも行く」

 現実の身体に、悪影響が出る。最悪、身体は無事でも、頭が『自分は死んだ』と誤解するかもしれない。ヴォルフは語る。

「それでも、ジャマを続けるか?」

「続ける。ここであきらめたら、もうイナズマやサイバクルスに会えない」


 ぼくは、サイバクルスが好きだった。

 キャラクターとして。一緒にいれば、ゲームの主人公になれる気がして。

 でも本当はちがった。彼らはみんな生き物で、感情を持っていて。

 ……だからこそ、ぼくはもっと、サイバクルスに興味を持った。


「イナズマと、他のサイバクルスに会いに行きたい」


 前にイナズマが言ってたっけ。

 今、人間が行けるエリアは、ネクストワールドのほんの一部だって。

 じゃあ、まだ見た事のないサイバクルスも、たくさんいるんだろうな。


「そのために、あきらめない」

「……そうか」


 ヴォルフは答えて、ぼくを放した。

 それから彼はちらとショウを横目に見て。

「だが、オレはやはり、ダメだ」

 忘れることが出来ない。恨みを無くすことは、出来ない。

「だから、おい、ライオ」

「うっせぇニャゴ。ってかイナズマって名前があるニャゴ……」

「……イナズマ。決着をつけるぞ」

「ニャゴっ……!」


 イナズマは、ニャゴの姿のままヴォルフにとびかかった。

 ヴォルフの牙は、イナズマの身体をカンタンにとらえる……かと、思ったけど。

 ほんの少しだけ、ヴォルフの動きは、にぶった。

 ほんのコンマ一秒。それだけあれば、イナズマは彼の牙をカンタンによけられて……代わりに、全力の爪の一撃を、ヴォルフの顔に喰らわせる。


「ぐ、あ……!」


 声を上げ、後ずさるヴォルフ。

「ああ、クソ……! 屈辱だ! 腹が立つ!」

「ヴォルフ……」

「イナズマ! オレはキサマの……あの日の答えが、分からなかった!」


 なぜ、オレの誘いを断ったのか。

 ともにニンゲンと戦わなかったのか。


「知らないから、と答えたな。ニンゲンを知らないから……」

「……そうニャゴな」

「オレは……悔しい。そう答えられたお前が。マシなニンゲンを先に知れたお前が……悔しくて、羨ましい……!」

「……ヴォルフ、お前は……」

「……何も、それ以上口を出すな。もう、いい、十分だ」


 トドメを刺せ、とヴォルフは言う。


「ニャゴ……」

イナズマはうなづいて、更に一撃。爪の攻撃を、ヴォルフに喰らわせて。

 ……ヴォルフは、どすんと音を立てて、床にたおれた。


「ヴォルフ……!」


 そこへショウが駆け寄る。デバイスを使おうとした音を察したのか、「もうやめろ」とヴォルフは征する。


「十分だと言った。……礼は言わん。謝る気も無い」

「……そっか。いいよ、謝らなくて」


 ショウは答えて、ヴォルフのそばにヒザをつく。


「触るなよ? オレは、ニンゲンが……大嫌いだからな…………」

「おぅ。分かってるよ」

「……嫌いなままで、終わりたいんだ……」


 それからすぐに、ヴォルフは息を止めた。

 その身体は光に包まれて、ぱんと音を立てて、飛び散る。


 それからしばらく、ぼくも、イナズマも、ショウも、何も言わなかった。

 立ち上がるにはみんな、あまりにもくたびれていて。

 せめて、飛び散った光が全部消えるまでは……ここにいたいと思ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る