クモと、大軍と、一騎打ち
『アリアチャンネルぅぅーーーーっっ!!』
『パッタパッタ!』
『とつぜんだけど、ネクストワールドのみんな! 今日はアリアの緊急生放送! 実はね、みんなに聞いて欲しいことがあるんだ!』
街中のモニターに映し出されたのは、ヴァーチャルアイドルアリアの動画。
翼のついたドレスを身に着けたアリアと、パタタクルスのパッたんが画面の向こうの人々に呼びかける。
『それはね、この世界が……ネクストワールドが、本当はどういう場所なのかってこと。それからみんなの隣にいるサイバクルスが、本当はどういう子たちなのか、ってこと。KIDOコーポレーション社長の息子さん、貴堂クロヤ君の提供でお送りしまっす!』
人々の目が画面の彼女に向けられる。
そして、動画ではかつてのライオクルスとウッドクルスの戦いが流される。
言葉をしゃべるサイバクルス。
データを破壊するサイバクルス。
動けなくなり、ピンチにおちいるアリア。
『でもね、そんな時……怖がりだったはずのパッたんが、勇気を出して助けてくれたんだ』
『パッタター!』
『そういう経験、みんなにはある? 大好きなサイバクルスが、自分の感情をちゃんと持ってるんじゃないか、って思う時』
それは真実だと。
彼らには感情があるのだと、アリアは語る。
KIDOコーポレーションのトップシークレット。この世界の産まれた経緯と共に。
信じる者もいれば、信じない者もいただろう。
しかし伝わるはずだと願って、アリアは心からの言葉を口にする。
『今ね、この街を壊して人間を追い出そうとしてるサイバクルスがいて……その子が、もうすぐここに来るみたいなの』
だから、出来たらすぐにログアウトしてほしい。
もちろん、街を守るために動く人たちはいる。だけど全ての安全は保障出来ないから、ここにいちゃいけない。
『それでね。……もし、街がめちゃくちゃになっちゃっても……サイバクルスたちのこと、嫌いにならないでほしいんだ。
だって、私たちは友だちにだってなれるから。……お互いに、思いやれれば』
街から、人の姿が消えていく。
賑やかだった電子の街。しゃべり声や足音も消えて、最後にはアリアの声だけが響いていく。
――いや。
足音が、再び響き始めた。けれどそれは、人間のものではない。
街へと入る門が、どがんという音と共に破壊される。
砕け、土煙を上げる門から入ってくるのは、無数のサイバクルスたち。
「……やられましたね」
その大軍の先頭でため息を吐くのは、クモを思わせる一体のサイバクルス。
「ニンゲンを避難させましたか。出来るだけ多くを奪うつもりだったのですが」
「安心してください、どの道それは不可能な話ですから」
答えるのは、穏やかな男の子の声。
ぎゃり、と金属のこすれる音と共に隣に立つのは、黒い騎士。
「我がKIDOの街へようこそ、スパイダークルスの、タグリさん?」
「私の名をご存じとは。ヴォルフが呼んでいましたっけね」
「貴方の能力の事も調べがついていますよ。蜘蛛糸による洗脳、操作……」
「おや。固有スキルについてもご存じとは。おどろきましたねぇ」
互いに丁寧な口調であれど、その言葉の裏に敬意は無い。
片や憎きニンゲンとして。片や厄介なバグデータとして。
「ですがそれなら、なおさら分かるはずでしょう?
我らの総力を相手に、たった一人で勝てるはずがない……と」
「総力、ですか。ウソが下手なのは進化が未熟な証拠でしょうか?」
タグリの言葉を、クロヤは笑い飛ばす。
「ヴォルフがいない。操ったクルスもこれが全てではないでしょう。今頃、ほかのサイバクルスは街中で行動を起こしている頃では?」
「……。そう思うなら、そちらへ向かえばいいのでは?」
「さて、どうでしょうね?」
にぃ、と口角を上げるクロヤ。
その挑発的な態度に、タグリは何も返せない。
「さて。そろそろ行きますよ、ノワール。
デバッガーとしての責務を、果たしましょう」
*
「先回りか。用意が良い事だ」
「こっちに来るだろうって、クロヤが言っていたから」
そこは塔の上層階。
ガラス張りの広い部屋。
ぼくとイナズマは、ヴォルフとショウに向き合っていた。
「君たちの目的は、街を壊して人間を追い出す事。だったら、人間のために街を管理している塔を狙うはずだ、って」
クロヤはそう言って、ここにアクセスポイントを設置してくれた。
ヴォルフが消えた後、ぼくたちはただそこへワープして待っていただけ。
「……フン。カンタンではないと分かっていたが……」
ヴォルフは顎を低くしながら、じりじりと歩を進める。
イナズマもまた、深く息を吸いながら、一歩二歩とヴォルフに近付く。
「……ショウ……」
ぼくはといえば、ヴォルフの後ろにひかえるショウに目がいっていた。
うつろな目。何も見えてはいないんじゃないか。聴こえても、いないんじゃないか。ショウの意識は、いまどうなってるんだろう。
「ユウト。オレはオレのすべきことをする。お前は……」
「分かってる。大丈夫」
デバイスを握りしめる。
話し合いは失敗した。言葉でヴォルフは止められない。
だったら戦うしかないし、ぼくだって、親友を絶対に助けたい。
「行こう、イナズマ!」
「おうっ!」
低く響く叫び声。
床を引き裂く爪の音。
イナズマとヴォルフの、最期の戦いが始まった。
互いに突進するイナズマとヴォルフ。
ヴォルフは大きく顎を開き、イナズマをかみ砕こうと狙う。
が、イナズマは直前に身を低くして急ブレーキ。鋭い牙はすかされて、がちんと高い音を立てる。
そのまま、脚にためた勢いでジャンプするイナズマは、ヴォルフの頭上を取り、真上から額へ爪を喰らわせようとする。
のだけど、ヴォルフは素早く横っ飛びでそれを避ける。たんっと軽やかな音で着地するイナズマのスキを狙って、タックル。
吹っ飛ばされるイナズマだけど、そのまま距離を取りつつ横に走る。
ヴォルフは耳を立てて自分の周囲を走り続けるイナズマに注意を向けた。
だんだんと、イナズマの速度が上がる。
やがてそれが最高潮に達した時、だんっ! 激しい音を立てて、イナズマが踏み込んだ。
高速の一撃。ヴォルフはだけどそれに反応して、身体を動かす。
捉えたかと思われた爪先は、わずかにヴォルフの肩に線を引いただけ。
イナズマはそのまま反対側に走り抜けて、また周囲を駆けまわる。
ヴォルフは低く唸り、まだ動かない……かと思いきや、だんっ! イナズマの背を追いかけ、走り始める。
狙う側だったイナズマが、一転狙われる側。
速度では殆ど互角だけれど、イナズマも真っ直ぐ走り続けられるわけじゃない。
どうしても曲がる時、ヴォルフはその先を目指して向きを変え、少しずつ確実に距離をつめていく。
追い付かれれば、狩られる。速度をゆるめるわけにはいかず、かといってずっと最高速で走り続けられるわけでもない。
「イナズマ! 前のアレ!」
時間を掛ければそれだけ不利だ。
だったら条件を変えるしかない。
「……!」
イナズマは目線だけでぼくの言葉に応え、深く息を吸う。
だん、だんっ、だんっっ、だんっっっ!
床をける力がだんだん増していき、ちり、とその前脚に炎と雷が生まれ始める。
「チッ!」
察して速度を落とすヴォルフ。だけど縮めた距離があだとなった。
どがんっ! 炎雷の前脚が、床を砕き、罅割れさせ……がんっ! そのままイナズマは瓦礫を背後に飛ばす。
たんたんっと左右に動いてそれを避けるヴォルフだけど、またそこで体勢が崩れた。すかさず炎雷のままイナズマは近づいて、頭上へと一撃を――
「ナメるなッ!」
バリバリバリ! 空気が爆ぜるような音。剥かれたヴォルフの牙に、黒い雷光が走っていた。
……固有技だ! 遅れて、ぼくの頭が理解する。
そういえばヴォルフは、今まで技らしい技を使ってこなかった。それが、ここで……!?
「っく、だがァ!」
だけどもう、イナズマの勢いは止められない。
無理に止めた所で砕かれる。ならばと前脚を振り下ろすイナズマだけど、その前脚にヴォルフの牙が、届いた。
バギャリギャリ! 雷同士が反応し、爪と牙とがぶつかり合い、耳を覆いたくなるような破裂音が空気をゆらす。
「グァアアアッッ!!」
叫んだのはイナズマだ。右前脚にがっちりと噛み付かれていて、今にも砕かれそうだ。さっとぼくの体温が冷える。だけどイナズマは叫びながらも、もう片方の前脚でヴォルフの横っ面に炎雷をくらわせる。
ぼんっ! 音と共にイナズマとヴォルフは吹っ飛ぶ。
互いに、数秒、立ち上がれない。
「……ッ、イナズマ!」
「行け!」
ふらふらしながらも、立ち上がろうとするイナズマとヴォルフ。
回復を、と思ったけれど、気迫でそれを制された。
それどころじゃないだろと。今がチャンスだろうと。
痛みにこらえながら、たった一言でイナズマの言いたいことが理解出来る。
「……負けないで!」
それだけ言って、ぼくは走る。イナズマとヴォルフの間を突っ切って、真っ直ぐに、ショウの所へ。
ぼくはそのまま、デバイスを操作する。道具欄。最後に追加されたアイテム。
ワクチンプログラム。スパイダークルスのスキルを無効化するデータ。
友だちを助けるための……一撃!
針のようなそれを手にしたぼくは、全速力の勢いのまま、まるでなぐりつけるみたいにしてショウにそれを打ち込んで、そのまま、ショウと一緒に床に倒れる。
「ショウ! 起きて!!」
立ち上がって、襟をつかむ。起きろ。起きて。起きてくれ。
帰って来い、ぼくの親友……!
「チッ……ニンゲンがぁぁっ……!」
ヴォルフが立ち上がった気配がする。
ぼくの背中を狙っているんだろう。でもぼくは、ショウに呼び掛け続ける。
「いつまでそうしてんだよ! どこ見てんだよ! ログインしてるんだろ……ショウ、ぼくと遊ぶって言ってたじゃないか!」
ショウが転校してから。小学生のぼくらじゃ、顔を合わせられない距離で。
久しぶりに会って話せるって、一緒にいられるって楽しみにしていて。
「もう大丈夫だから! ぼくが助けたから……はやく……」
不安が。押しつぶしていた怖さが。爆発しそうになる。
効いてるんだろうか、プログラムは。まだ効果が出ないだけ? それとも……
「……。ユウト、か?」
声が聞こえた。
知ってる声。
聞き間違えるはずのない声。
そっと、ぼくの腕に手が触れた。
「離せって。なんか苦しい気がする……」
「……ショウ……?」
「ああ、うん。やっぱユウトだよな、お前」
顔を見つめる。虚ろだった目は、しっかりとぼくを見ていて。
ショウが、身体を起こす。ぼくは一歩下がって、立ち上がるショウを見て。
「……ショウ……!」
「……おう。久しぶりだな、ユウト」
ショウが!
目を覚ました!
「よか……よかった、ぁ……」
一気に安心したぼくは、ひざから床にくずれおちる。
間に合った。助けられた。ショウが、元に戻った。
「状況は……大体分かるぜ。夢みたいだけど、意識はあったんだ」
ショウは言いながら、ぽんとぼくの頭を叩いてから、歩いていく。
「チッ……洗脳が解けたか……」
「あぁ。ったく、とんだ初心者狩りだったな」
はぁぁ、とため息を吐くショウ。
ぼくは顔を上げて、彼の背中を見る。
「……! ダメだよショウ、そいつに近付いたら……!」
「知ってる。人間を恨んでて、オレの事も利用したやつ、だよな」
「その通りだ。……だがニンゲン、サイバクルスも持たないキサマに出来ることなど、何一つ……」
「いやあるよ。ってかいるだろ、サイバクルス」
ショウは。
腰のデバイスを取り出して操作し……
……ヴォルフの傷を、回復させた。
「……? なに……なんだ、どういうことだ……?」
戸惑うヴォルフ。ぼくにも分からない。
「なんで!? ショウ、そいつは……」
「だから、知ってるって。……ごめんな、ユウト。意識はあったって言ったろ」
ショウは、状況を呑み込めないヴォルフのとなりに立って、ぼくに目を向ける。
「だからさ。がんばってくれたユウトにはめっっちゃ申し訳ないんだけど……
……オレ、こいつの味方するから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます