最終章 サッカー・リベリオン

 あんなに青々としていた山の草木が、黄や赤を帯びて野山に寂しげな色彩をたくわえている。そんな秋も深まる11月、俺たちわかやまアプリコットFCは全国地域サッカーチャンピオンズリーグの開幕を控えていた。


 これから俺たちはバスに揺られて島根県の松江市に向かう。姫路遠征以上の長旅だ。


「わかやまFCの皆さん、こっち向いてください!」


 荷物を抱えてバスに乗り込む俺たちに、集まったスポーツ新聞の記者がカメラやマイクを向ける。


「日程は過密ですが、それは相手も同じです。わかやまFCらしく粘り強いサッカーで優勝カップを持って帰ってきましょう」


 インタビューに答える監督は強気だった。記者たちのフラッシュもパシャパシャとより一層激しく焚かれる。


 この大会は全国から12クラブが出場する。1次ラウンドを函館、岐阜、松江の3か所で分かれて戦い、それぞれを勝ち上がった6クラブが千葉県市原市に集結して決勝ラウンドを行うのだ。


 ひとつのクラブが行う試合は3週間の間に最多で7試合。週末に3日連続で開催されることもあり、アマチュアだからこその過酷な日程と言える。


 だがJFL昇格のためにはこの大会での優勝が必須条件。Jリーグ加入を目指すクラブが、全力で戦わない理由はない。


「関西からは茨木FCも出場しますが、再戦に向けての意気込みをお願いします」


 耳に飛び込んだ記者からの質問に、バスに乗り込もうとしていた俺はふと足を止める。


 10月の全国社会人選手権大会に出場した茨木FCは破竹の勢いで勝ち上がり、そのまま優勝を成し遂げてしまった。この大会は上位クラブに全国地域チャンピオンズリーグの出場権が与えられる。本気でかかってくる全国のクラブを相手に圧倒的な力量差で跳ね返す戦いっぷりを見せた茨木FCは、関西リーグ優勝を果たせなかったもののいきなりJFLの昇格候補筆頭に名を連ねたのだった。


 しかも組み合わせ抽選会の結果、なんと一次ラウンドでは俺たちわかやまFCと同じグループに。こんなに早くに再戦が実現してしまうとは、記者も選手も皆驚いたものだった。


「茨木FCとはまた最高の試合ができることを心待ちにしています」


 一瞬間を置いて、監督が答える。俺はほっと安心してバスのステップを上った。


「みんな、忘れ物は無いかい? トイレ行った? 酔い止め飲んだ?」


 最前列に座った社長が後ろを向いて選手たちに確認する。俺が「小学校の遠足かよ」と突っ込んだ途端、車内はどっと笑い声に溢れた。


「本当に、俺たちが行くんだな」


 隣に座った岩尾がそわそわ指先を弄りながら言い放つ。図体はでかいのに素振りは乙女チックな奴だ。


「当り前だろ。それだけじゃねえ、優勝するのももちろん俺たち、だよな!」


 俺は声を張り上げて座席から立ち上がる。直後、全員が声をそろえて「おお!」と返した。


「優勝以外選択肢があるかってんだ、そのためにここまで来たんだろ!」


「どんな敵が相手でも勝つ、それだけだ!」


 決壊したように、思いのたけをぶちまける選手たち。その向上心と闘志にバスの運転手はつい縮こまっていた。


「皆さんの想い、聞いて安心しました」


 そしてインタビューを終えた監督が最後にバスに乗り込む。途端選手たちも一層盛り上がった。


「監督、優勝ですよ優勝! 絶対に昇格してやりましょう!」


「全国にわかやまの強さを見せつけてやるんです!」


「監督、好きだ、結婚してくれ!」


 荒ぶる選手たちを監督は両手で宥める。いっこ変なのが混じっていた気もするが、それは気にしないようだ。


「皆さんの強さは本物です。今の自分に自信をもって、大会に挑みましょう……と話したかったのですが、その必要もなさそうですね」


 そう言ってふふっと笑みを漏らすと、監督は席に座った。


 いよいよ出発。マスコミやファンに見送られ、俺たちを乗せたバスは駐車場を発った。


 高速道路に上がり、秋の野山を眺めながらバスはひた走る。あちこちで意気込みを話す選手たちとは別に、車窓をぼうっと眺めていた俺のスマートフォンに突如一本の電話が入る。電話をしてきたのは千穂だった。


「おう、どうした?」


「釜田さん、お久しぶりです」


 千穂ではない、若い男の声だった。だがその声の主が誰なのか、忘れるはずもない。


「横山ぁ!?」


 仰天した俺が突如跳び上がり、車内は一瞬で静まり返る。


「ど、どうしてお前が!?」


「いえ、実は今週は試合が休みでして。許可をもらって一時帰国できたんですよ。でも練習場に行っても誰もいないんで、食堂なら誰かいるかもと思ったら千穂ちゃんから皆さんさっき出発したところだって聞いて」


 こいつ、俺たちを驚かそうとして黙ってやがったな。


「横山だって!?」


「帰国してるのか!?」


 誰から電話がかかって来たのか察しがついたのか、走行中のバスの中をメンバーが次々と立ち上がって俺の席に集まる。運転手から「危険ですので席についてください!」と放送が入ってもおかまいなしだ。


「試合は松江ですね、僕もこれから向かいます。観客席から応援しますよ」


 スマホから漏れる声に全員が耳を立てる。そんな連中の行動が滑稽で、俺はついぷっと噴き出した。


「ああ、絶対見に来いよ。松本がハットトリック決めてやるから」


「釜田さん、代わって代わって!」


 名前を出された松本が先輩を押しのけて俺のスマホに手を伸ばす。俺は松本にスマホを渡し、ふと窓の外に目を向けた。


 のどかな山の斜面に建てられた小学校、そのグラウンドでサッカーの練習に励む子供たちの姿が目に飛び込む。ボールを追いながら、本気でサッカーを楽しんでいる姿、彼らの中から将来Jリーガーになれる子も出てくるかもしれない。


 あの子たちのために俺ができることは限られている。だからこそ何があっても諦めず、真剣にサッカーに取り組む心だけはいつまでも忘れないでおかないとな。




 この小説を読了してくださり、本当にありがとうございました。

 ワールドカップイヤーということで書き始めた今作ですが、完結まで思った以上に長くかかってしまいました。一球一球でプレーの止まる野球と異なり、流れの中で攻守の切り替わるサッカーならではの試合描写を文章に落とし込むことの難しさをひしひしと感じた次第です。


 この小説を書くに当たって改めてサッカーについて調べ直してみると、実に奥の深いスポーツであることがよくわかります。華々しいプロリーグだけでなく、草の根レベルまで浸透し多くの人に愛されているからこそワールドカップもあそこまで盛り上がるのでしょう。次の2022年大会も目指して、まずは来年1月のアジアカップでの日本代表の活躍を一ファンとして期待しています。


 さて、ネット小説大賞が募集中、またカクヨムコンが開催間近ということで物書きにとって否応なくテンションの高まる季節となりました。せっかくの大規模な大賞ですので、次は完結まで時間のかかる長編を書いてみようと考えています。ただいわゆるファンタジーではなく、現代もので応募することになると思います。どんな題材かは投稿してからのお楽しみということで。


 では読者の皆様、完結までお付き合いくださり本当にありがとうございました。


  2018年10月27日 悠聡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サッカー・リベリオン 弱小地域クラブはJリーグに挑む 悠聡 @yuso0525

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ