第2話
声は木々に吸い込まれる。鬼はうつむき、それきり黙った。風がざわめく。あたしだけがここに取り残されてるみたいだった。夜空を見上げれば、木の枝に隠れた黄色い月が心配そうにこっちを見てた。
「ねえ」とあたしは言う。「なんでここにはいろんな動物が死んでるの?」
鬼は少しだけ顔を上げると、伸びた髪の隙間からあたしを見た。鉛のような目をしていた。鬼は言う。
「俺が殺した」
う……。
知ってた。あの動物たちはきっと誰かに殺されたんだろうってことくらい。ここにはこの鬼しかいないんだから、鬼が殺したに決まってる。でも――。
「でもなんで、殺したの?」
少し間があいて、「さあ……」と鬼は答えた。
それは鬼にもわからないようだった。何度も何度も考えて、考えて考えて、考えるのを諦めてしまったみたいな声だった。
ふと、鬼の近くを見ると、そこには別の鬼がいた。今度は見たまんまの赤鬼。金髪に角が1本生えてて、赤い肌をしてて、でも虎パンツじゃなくて、どこにでもあるTシャツと短パンだった。そしてその鬼も、死んでいた。
「この鬼も、殺したの?」とあたし。
「ああ」と鬼。
「なんで殺したの?」
あたしはさっきの質問を繰り返した。また「さあ……」という返答が来そうだけど、でも、なぜかそうじゃないような気がした。この赤鬼だけは、別な気が。
あたしがどれだけ返答を待っても、鬼は何も答えなかった。唇を噛んで、口を開いて、また閉じて。そして何も言わなかった。
その姿は、あまりにもかわいそうだった。ずっとずっと遠くで丸くなっている石ころだけが、すべてを知っていた。こうしている今も、鬼の体は砂になって消えていこうとしているみたいに、鬼はうつむいて、沈む。
あたしは、なぜかそうしなきゃいけないような気がして、鬼に近づいた。
鬼はずっとうつむいたままだった。
さらにあたしは近づいた。何も言わずに、まっすぐに鬼のもとへ。
その距離はどんどん縮まっていって、三メートル、二メートル、そして一メートル。
はっとしたように鬼は顔を上げるけど、もう遅かった。
あたしは、鬼の頭をなでていた。
脂ぎっててごわごわしてて、それから臭い。鬼の頭にしては普通だし、角もやっぱりなかった。あたしは右手でなでてたけど、左手も加えて、両手でなでた。鬼は何も言わずに、あたしになでられていた。
そして、ぐずっ、って音がした。
鬼が泣いていた。
必死に声を押し殺して、胸の奥から泣いていた。
あたしは、そんな鬼の頭を抱いた。胸の中で鬼はずっとずっと泣き続けた。そうしているうちに、なんだかあたしの頭の中に黄色い光がぽうぽうしだして、煌めいて、広がって、淡くなって、溶け込んだ。
あたしも、泣いた。
あたしと鬼は、それから夜が明けるまで泣き続けた。
鬼はひとこと、「ありがとう」と誰かに向けて言った。
あたしたちの上では、黄色い月が優しく照らしていた。
〈了〉
芽吹く森 木村(仮) @kmk-22
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