第一話-1『西部戦線異状アリ』
音楽隊の演奏する行進曲を聞きながら、日ノ本帝国海軍中尉、
日光を浴びて光り輝く銀髪。白い肌に映える赤い瞳。そしてその端正な顔立ちは、そこにいるだけでも周囲を惹き付けてやまない。
上空では、彼の従兄弟の操縦する戦闘機が曲芸飛行をしている。大役を仰せつかったと昨日からそわそわしていたが、些か張り切りすぎではないだろうか。
何せ先程から危険な操縦を行って、見ている空軍の上官達を冷や冷やさせているのだ。普段から破天荒な奴ではあったが、ここまでとは流石に予想していなかった。
「ここにいましたか。華麗中尉」
ふと、横から自分を呼ぶ声がして、鈴蘭はそちらを向く。そこには軍帽を深くかぶった紫髪の青年が立っていた。青年が敬礼をしたので、鈴蘭も敬礼を返す。
彼の名は
「さっき
聞かれてもいないのによく喋るなと呆れながらも、考えてみれば彼と会うのは確かに久しぶりだなと思った。最後に会ったのは、確か三ヶ月ほど前だ。
「ところでどうです? この
軍帽で目元は全く見えないが、それでも篠原の表情はとても興奮していることが見て取れる。正直うるさいので、鈴蘭は彼が何か語りはじめたのを聞き流すことにした。
登龍というのは、今鈴蘭達が乗っている艦の名前である。正確には、原子力航空母艦『登龍』。一般的に空母と呼ばれるものである。
この空母は、日ノ本海軍の最新艦で、過去最大の大きさ、搭載量を誇る。また、対空性能を飛躍的に向上させ、ビーム放射により敵機を一瞬で焼き尽くせるのだという。
一番の特徴はそのビームを発射する砲台だ。それがある故に、空母と称されるがまるで軍艦のような様相を呈している。
前世代から軍艦にも必須となってるバリアー装置ももちろん装備されている。
さらに特筆すべきは、この空母と同時に開発が進められた、新型艦載機、
主な装備は、両翼につけられた20mmビーム砲二門と、20mm連射式エネルギー弾砲二門。それぞれ三つずつ主翼のパイロンに装備する対艦ミサイル。そして、背中と腹にあるウェポンベイから発射される高機動マイクロミサイルだ。もちろんそれらの装備の威力は、今までのものよりも強力だ。
実は今上空で曲芸飛行を行っているのがその一〇〇型だ。見るかぎり運動性や機動性にも問題は無い。コクピットにはパイロットにかかる負荷を軽減する装置があり、多少無理な動きをしてもあまりパイロットに影響が無いようになっているらしい。ちなみに、アフターバナーを炊かずに
しかし、この戦闘機の真価はそこではない。航空機では世界初となるバリア装置の搭載と、そのバリアーによるステルス性能だ。
かねてより、日ノ本とアメリカは、協力して電磁障壁を始めとするバリアーの研究を行っていた。実用化されたのはここ十数年の話で、強度的にはとても軍事用に使えるものでは無かった。
しかし、三年前にバリアー搭載戦車が開発されて以来、その技術は飛躍的に進化し、ついに戦闘機にも使われる時が来た。
鈴蘭はもう一度空を見上げる。丁度頭上を零戦が通過したため、機体の腹の部分が見えた。本来なら日の丸がある両翼の裏側には、代わりに葵の花が描かれている。恐らく勝手に色を塗り直したのだろうが、あの葵の花こそが、今操縦しているパイロットが鈴蘭の従兄弟である証拠だ。彼の機体には、必ずあの葵の模様が描かれている。
「それで......って、中尉、聞いてます? 」
訝しげに鈴蘭の方をうかがう篠原の問いに、鈴蘭は首を横に降った。
「聞いてなかったんですか......悲しいなあ。あ、そういえば中尉は下には行かないんですか? 色々出店とかも並んでいて賑わってますよ」
何なら一緒に行きましょうという誘いを、鈴蘭は興味が無いと断った。鈴蘭は人の多いところは好きでは無いし、騒がしいのなら尚更だ。
「そうですか。じゃあ僕はもう一度下に降りるので、それでは」
そう言い残して篠原は艦から降りていった。
鈴蘭は柵に寄りかかると、艦橋の前に悠々と構える砲台に目をやる。対空砲と言うにはあまりにも大きすぎるそれは、恐らく敵の航空機よりも、"飛行戦艦"に攻撃するためのものに違いない。だったらやはり空母よりも戦艦に付けるべきだと思う。
ふと、背後から轟音がして、鈴蘭は振り返ってそちらを見る。先程まで飛行していた零戦が、丁度着艦したところだった。
正面から改めて見ると、やはり迫力がある。鈴蘭は元々軍用機が好きなので、ここまで近くで見れるというのは、とても心躍るものだ。
元々彼は空母の乗組員になりたいと思っていた。しかし、今の彼は陸戦隊の兵士だ。空母に乗り込んで有事に陸戦隊として活動する部隊もあるが、彼の部隊はそうではない。なので輸送船に乗ることはあっても、空母に乗ることはまずない。
だからこそ今日はわざわざ休暇を取って帝都から呉までやってきたのだ。本当は一人で来るつもりだったが、双子の弟が煩いので彼も一緒にきた。とはいっても、あちらは今屋台の方をぶらぶらしているようだが。
さて、今日はこの呉で何が行われているかというと、空母『登龍』の進水式だ。一般の参加も可能で、ざっと三万人ほどの人が集まっているという。下の方では様々な催しも開かれているようだが、鈴蘭の目当ては登龍だけであったので、その辺はどうでもよかった。
本来『登龍』に乗ることはできないのだが、彼は自身の海軍中尉という肩書きと、例の従兄弟、それと彼のことを気に入っている上官の口添えで乗せてもらっていた。持つべきものはやはり有力者のコネである。第二種軍装を着てきた甲斐があった。
「よーう。鈴蘭」
零戦から降りてきたパイロットが、ヘルメットを取りながらこちらに歩いてくる。
ヘルメットの下から現れた金色と橙色の髪の毛を、鈴蘭は常々コントラストが目に悪いと思っていた。さらに今はそれが太陽に照らされていて、余計に目に痛い。
「見てたか? 俺の超絶テクニック。見惚れただろ?」
パイロットは鈴蘭の横にくると、自慢顔で聞いてくる。正直なところ確かに、美しい飛行だったが、それ以上に危険な操縦の方が目立っていた。それを当たり前にできるところがこの男の強みなのだろうとは思う。しかしそれを本人に伝える気はさらさらなく、鈴蘭はただ縦に首を振った。
「しかしやっぱ思いっきり空を飛ぶのは気持ちいいな! "ハニー"以外に久しぶりにしっくりくる
そう言ってニッと笑うパイロットの歯は、サメのようにギザギザと尖っているのが特徴的である。
彼の名前は
「つーか思ったんだけどよ、お前がいるってことは、アイツもいるんだよな......?」
ひどく嫌そうな顔をする葵を見て、鈴蘭は葵がいるから艦に乗りたくないと言っていた弟の顔を思い出す。平生から仲が悪いので、思うことはお互い一緒らしい。
鈴蘭が首を縦に振ると、葵は最悪だと項垂れる。おそらくこれから屋台の方を回るつもりだったが、宿敵と出会うのがよほど嫌なようだ。
「そういや、お前は降りねぇの?」
さっきも聞かれた質問に、鈴蘭は首を横に振る。続けてそろそろ昼飯時だから何か買ってくるかという葵の言葉も、弟が持ってくるだろうからと断った。
「了解。じゃあ俺ちょっくら行ってくるから、たっぷり登龍を堪能してくれ」
そう言うと、葵は柵を登ってそこから飛び降りた。驚いた鈴蘭が慌てて下を見るが、波立つ水面が見えるだけで、落下していく葵の姿は無い。
流石は一族随一の妖術の使い手だなと、鈴蘭は感嘆の意味を込めて唇を鳴らす。手練でも相当な時間をかける空間転移の術を、落下している状態で、さらに無詠唱で行うとは恐れ入る。昔から妖術の腕だけはからきしな彼にとっては羨ましい限りである。
しかし、わざわざそんな面倒なことをせずともいいものだが、彼の地に足をつけたくない病は筋金入りらしい。
特にすることもなく、だからと言って上官やらお偉いさんやら船員やらと話す気も起きない鈴蘭は、とりあえず弟を待つことにした。
ふと零戦の方を見ると、どうやらもう格納されてしまったようで、洋上迷彩を施された青い機体の姿はそこにはもう無かった。かなり機体にも無理のかかる動きをしていたから、早めに整備しておく必要があるのだろう。
日差しが強く照りつけている。軍帽のおかげで眩しくはないが、如何せん非常に暑い。
暑さもそうだが、鈴蘭にとって一番の問題は、燦々と照りつける日差しだった。というのも、彼は体質的に非常に肌が弱い。そのため外出する際は日焼け止めや紫外線をカットするクリームが必須であるし、勿論今日も塗ってきている。しかしこれだけ日差しが強いと、多少なりとも不安にはなる。
「兄さん!」
背後から大きな声がして、鈴蘭は振り向く。
そこには明るい赤毛が特徴的な青年が立っていた。顔立ちこそ女性的だが、体格は男性のそれだ。歳のわりにベイビーフェイスで、大きな赤茶色の目がこちらを見据えている。
彼こそが鈴蘭の双子の弟、
ちなみに彼は海軍少尉だ。
「お昼ご飯買ってきたけど、食べる?」
そう言って木蓮は白いビニール袋を目の前に掲げる。何が入っているかはわからないが、どうやらパック物のようだ。
特に何か反応せずとも、木蓮は袋の中からパックを取り出して鈴蘭に渡す。それを受け取った鈴蘭がその場に腰を下ろすと、木蓮も隣に座る。
「たこ焼きって言うんだって。大阪で売られてるらしいよ。美味しそうだから、一緒に食べよ?」
お前は俺の恋人か何かかと、鈴蘭は心の中で呟く。まあ言わないでも木蓮にはバレるのだが。
「やだ兄さん。恋人なんて......恥ずかしい」
この通りである。若干頬を赤く染めている木蓮を冷ややかな目で見ながら、鈴蘭はたこ焼きのパックを開けた。
小さなシュークリームのようなものに、ソースとマヨネーズがかかっていて、その上に青海苔とかつおぶしが乗っているものがパックに八つ並んでいる。横から木蓮が箸でそれを掴もうとするが、力が強かったのか崩れてしまう。
「案外柔らかいんだね。お菓子みたいだから、もっとパリッとしてるもんだと思ってた」
実のところ、二人ともこのたこ焼きという奇妙な食べ物を見るのは初めてだった。
というのも、この食べ物が流通しているという「大阪」は、現在敵の占領地になっているので、殆どの物流が止まっている。そのためあちら側の文化は入ってこないし、逆もまた然りだ。帝都で暮らしていれば、それは尚更だ。おそらく亡命者がやっている店があるのだろう。
「あっつ!」
たこ焼きを口に入れた木蓮が驚いて声をあげる。その後すぐに小さく美味しいという声が聞こえた。
「はい、兄さん」
木蓮はたこ焼きのパックを鈴蘭から取り上げて、代わりに割り箸を渡す。鈴蘭はそれを親指と人差し指の間に挟むと、胸の前で両手を合わせた。
「中身結構あついから、気をつけてね」
弟の注告を聞いて、鈴蘭はゆっくりとたこ焼きを口に運んだ。口に入れて噛むと、たしかに非常に熱いが、彼は弟ほど猫舌ではないので我慢できる。
味の方はたしかに美味しい。トロトロの中味の中に、何か硬いものがある。食感とこの食べ物の名前からして、これが蛸だろう。
「美味しい?」
木蓮の問いかけに鈴蘭は頷いた。
パックの中身がなくなったところで、双子の元に篠原が歩いてきた。彼の手にもたこ焼きのパックがある。
「さっきぶりですね」
例によって双子は篠原に敬礼を返した。
「ところでお二人は食べましたか、コレ? すっごく美味しいので、一ついかがです?」
「さっきまで兄さんと食べてたから、大丈夫だよ。ありがと」
「そうですか。......隣、宜しいです?」
「別にいいけど」
「どうも。では失礼します」
篠原は木蓮の隣に腰を下ろすと、残っていたたこ焼きを食べはじめる。
「ところで、お二方。お伝えしておかなければならないことが......」
中身のなくなったパックを閉じながら、篠原が神妙な面持ちでこう切り出した。
帝国軍戦記~日ノ本軍かく戦えり~ さりえる @sarieru_A_10
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