エピローグ 2 手紙ってのはいいもんだ。
「姉さん! 行ってきます!」
ボクは、扉を開き、駆けだした。
「ヘタ! ちょっと待ちなさい! お弁当! 忘れてるわよ!」
ボクはそんな姉さんの声を聞き、振り返って慌てて手のお弁当を受け取ると、コツンと姉さんは軽くボクの頭を叩く。
恥ずかしさから顔を赤らめ、その熱を冷ますかのように、風を切って改めて走り出した。
お前が消えてから――もうすぐ一年が経つ。
だから、ボクは今日……お前に手紙を書こうと思う。
別に、感傷に浸ってだとか、お前の一回忌だからとか……そんなんじゃないよ。
これは課題だ。『普段言えない人に、手紙を出す』という、『国語』の――お前のおかげで通えるようになった、ボクが通う学校の宿題だ。
クラスのみんなは、友達同士や自分の両親、お世話になってる先生に出す人が多い。
姉さんとはいつでも一緒だし、亡くなったお父さんやお母さん、婆ちゃんには、村に帰ってお墓に報告してるから……やっぱり、お前に書くことにした。
「おう! ヘタや! 元気にしとるか?」
学校までの道のりを全速力で走っていると、キチン村の村長が馬車を引いてやってきていた。
「うん! それ今月の?」
「あぁ、そうじゃよ。店に届けようと思ってのう」
お前のおかげで、ボク達は母さんの夢だった洋服屋を王都で開くことができた。
わからないことだらけで、最初はもちろん苦戦したけど、いろんな人がボクらに知恵を貸してくれた。
キチン村も、服の生地に使う天廻虫という虫の養殖を始めたことで、あっという間に村の名産品になった。
「おはようございます、ヘタ様」
と、ボクと村長さんの間にサーシェスさんも入ってきた。
二人が消えたあと、サーシェスさんは仕える虎二さんがいなくなって、寂しそうなだった。彼は、虎二さんに操られていたわけではなかった。純粋に、虎二さんを主と慕っていたようだ。
一時は、サーシェスさんは反逆罪で処刑にされそうになったけど、ボクと姉さんは協力して、虎二さんに操られていたことと証言した。
そして、そんなボクらの想いも汲んでくれたローランさんは刑を執行しなかった。
そして、今、サーシェスさんは姉さんの服を売る仕事の手伝いをしてくれている。
「あっ! ゴメン! ボク急いでるんだった! またね! 村長さん!」
村長さんに大きく手を振り、また全速力で街を駆ける。
お前と一緒で朝は苦手だから、ボクの登校はいつもギリギリだ。
こうして走りながら見るこの王都も、お前がいた頃とだいぶ変わった。
街には、以前は全くいなかったハーフビーストが僅かではあるが、こうして朝の街を堂々と歩いている。虎二さんが起こした王都での暴動――あれをロイヤルナイトと共にバラビアさん達が鎮圧したことで、この国では奴隷の扱いも、ハーフビーストへの強い偏見もずいぶん緩和された。それどころか、王都を救ったということで、今ではちょっとしたヒーローだ。
学校までの長い坂道を登り切ると、校門に
「おしょいぞ! ヘタ!」
国王様――いや、友達のギュステンブルグがいつものようにボクを待ってくれていた。
「はぁ……はぁ……ご、ごめん……ま、また、寝坊しちゃって……」
ギュステンブルグは、1年前のあの騒動のあと、国民全員の前に、その姿を堂々と晒した。はじめは、王都国民その姿に困惑はしていたけれど、今まで姿を見せなかったことを陳謝すると、その後、自分が立派な大人になるまでは、国民と共にこの国のことについて考えていきたいと発表した。
この国では、建国初となる一時的な民主政治というやつらしい。
初めてのことに、みんな心配したけれど、ボクはそれほど心配しなかった。王様は小さく幼いけれど、優しい人だ。それに、この国には――英雄アスタロイト・ローランがいる。今の彼が導き、そしてボクらと共に歩んでくれるのならば、何も恐ろしいことはない。
「早く教室にいかにゃいとあの髭もじゃの担任にまたお説教をくらってしまうぞ」
そして、この春から、『バ―リアンド国立小学校』の三年生として転入し、ギュステンブルグも飛び級という形で入学。ボクらは同級生になった。
当然、それには、ボクも驚いた。だけど、王様はあの騒動から、ずっとお城の中で生活するよりも、王都に住む者と共に学ぶことを選びたかったらしい。
「ギュステンブルグ様! そのように節操なく跳び跳ねてはなりません!」
活溌なギュステンブルグを専属護衛騎士のアバン・ストラスが諫める。
「うるしゃい! アタチは王様じゃぞ!」
そうそう。もう一つ驚くべき事がある。ボクらが出会った王様は――
「あなたはこの国の王です。ですが、それ以前に貴方は誰もが認める淑女にあらせられねばなりません!」
女の子だったんだ。
「また言うたなっ! アタチは女じゃないぞ! ヘタと同じ『
「いや! 生えてこないよ!」
この国では王家の血を引いていれば、女性も立派な『王様』になるらしい。
「じゃあ手術でなんとかするぞい! 王都のどこかになんとかクリニックっちゅうところがあると噂で聞いた! そこで改造手術じゃ!」
「いやダメだから! そんなわけ分からないところで手術なんて絶対ダメだから!」
「なりません! それだけは絶対になりません!」
ボクとアバンさんは協力して全力でギュステンブルグの暴挙を止める。
ほんと……びっくりだ。
お前がいなくなっても……ボクの生活は騒がしい毎日だ。
あの村に独りぼっちでいたころとは、もうずいぶんと違う。
「さて、それじゃあ今日は生物の生態系の授業をやるサ。まず生態系のトップに立つ生物――! それは蛇なのサ!」
そうそう。バラビアは不夜城の仕事とは別に、ボクらの学校の生物教師にもなった。
「バラビア殿! なりませんぞ! 生徒にまたそのような嘘を教えるなんて! それに今は私のありがたいこの国の歴史の授業中ですぞ! 邪魔しないで頂きたい!」
そして、この国の摂政だったグラブルさんは(たぶん王様のことが心配で)歴史教師に無理矢理なった。
「そんなくだらないことよりも、このくらいの子供には面白くてグロテスクなことを教える方がいいのサ。お前達、いまから蛇が蛙を丸呑みするところを見てやるサ」
「なりませんぞバラビア殿! このくらいの子供から愛国心の英才教育を勉強されることで、この国は明るくなるのです。さぁ、みんなでこの国を讃えるのですじゃ! いきますぞ!
『いつもいつもボク達の国のために頑張っているグラブルさん。ありがとうござ――」
「子供になんてこと教えようとしてるサ!!」
まぁ……こんな感じでいつも言い争ってはいるけれど、二人は仲が悪いわけじゃない。
あの日の王都の混乱時、自分を含めて王都中の人を救ったバラビアさんに対して、摂生だったグラブルさんは感謝し、国のハーフビーストに対する意識改革と奴隷制度の撤廃に、今も奮闘している。それをバラビアさんはすごく感謝している。
「フン、貴様等は間違っている。何を学ぶにしても、まずやることは数学と物理だ。キミ達は幼く馬鹿なのだから、まずは基礎からみっちりと学びたまえよ」
と、この学校の数物理学教師になったユグドさんもこのやりとりに参加する。
「黙れ死に損ない! あんな大層な別れの台詞を吐いてのこのこ出て来るんじゃないサ!」
「馬鹿か貴様は。自分の恩恵で死ぬヤツなどいるわけがないだろう。アレはローランをだまし、時間を費やす私の『演技』だ。それくらい私の主人なら見破りたまえよ」
「お二方! おやめください! 子供や王の前です!」
護衛役であるアバンさんが仲裁。この学校は、変人が多すぎる。ほんと、退屈しないよ。
……もちろん、楽しいことばかりじゃない。
「お前よう! 調子のってんじゃねーのか?」
ボクは、また学校裏に数人の上級生に呼び出された。
突然転入してきて、しかも王様やその関係者と仲が良いと思われているボクは、良くも悪くもこの学校では目立つ。それに元々の出身が貧乏村だから、貴族の上級生達はこうして――
「お前、知らねーのかよ! デベラボッベンさんのお父さんはなぁ、前王のお父さんの兄弟が通っていたエクササイズの講師のお孫さんがよく買い物に行っていた雑貨屋の店主が浮気していたピアノ教師の旦那なんだぞ!」
「いや全然知らねーよ! デベラボッベンさんのお父さんってたいしたことないでしょ! 前王と全然関わり合いねーじゃん! 今の肩書きでわかったのはデベラボッベンさんのお父さん浮気されてるじゃん! 雑貨屋の店主にお母さん浮気されてるじゃん!」
「う、うるせぇ! 貧乏村のヘタレやろうが!」
こんな感じで今日も喧嘩になる。
だけど、もう、泣いてばかりのボクじゃない。
「誰がヘタレだぁぁぁぁ!」
ボクだって一発殴られたら殴り返す。
蹴られたら噛みついてやる。
こうしてめちゃくちゃに踏みつけられても……なんとか……ちょっ! まっ……
「はぁ……はぁ……きょ、今日はこんくらいで……か、勘弁してやる」
そして、いつものように集団にボコボコにされたボク。
「……ははは。お前のようにはうまくいかないよ」
龍之介ならあんな奴ら、何人相手にしようが負けないんだろうな。
でも、ボクはお前じゃないから、いつもこんな感じだ。
「なんじゃ……今日も勝てなかったのか」
こっそり覗いていたギュステンブルグが、倒れたボクの顔をのぞき見る。
「次は……勝つ」
そんなボクの強がりを、ギュステンブルグは笑ってくれた。
夕暮れの放課後。
「今日も一緒に乗ってかえらんのか?」
「何も怖がることなどない! 共に自由に大空を駆ける喜びを味わおうじゃないか!」
ローランが日課の飛翔闘鎧<ドラクルド>でギュステンブルグの迎えに上がる。
「……うん。ボクは……いいです……。ダイジョブです。」
そしてギュステンブルグを背中に乗せて、ローランさんは空を駆ける。
ねぇ……ローランさんって……こんな人だったっけ?
傾く赤い夕日を眺めながら、坂道を下る。
こんな眩しい夕日を眺めると……「ボクらを守る」と誓ったときの……お前のあの眩しい笑顔をいつも思い出す。
お前とはたった十数日程度しか一緒にいなかったのに、胸が苦しくなる。
そして眩しい夕陽は沈み、ボクの目の前から跡形もなく、消えてしまう。
お前はもう、ボク達の世界にはいない。
だけど、ボクには――
やっぱり、お前が死んでしまったなんて思えない。
あの力強い声が、この耳に。強敵に立ち向かうお前の背中が、ボクの目に。
お前の熱い心が――この胸に、ずっと今も残っている。
それを感じる度に、お前はどこかで生きているような気がする。
たぶんここではない――どこかの異世界で――今日も笑っている気がする。
そして、ボクは暗くなった空を見上げて、こう思うんだ。
◇
手紙を読んで、ワシも空をみた。満点の星空。
「なぁ、ワシが行ったあの異世界は――この星のどれか一つの星なんじゃろうか?」
ワシの問いかけに、セレスヴィルは優しく笑う。
「そういう考えは、ロマンチックで嫌いではありませんよ」
そして、ヘタと同じことを思う。
「「あの満天の星空の――そのどこかに一つに『
◇
P.S
お前がいなくなったあと、一緒にいたセレスヴィルもどこかにいっちゃったんだ。
だけど、この手紙を投函しようとしたとしたとき、よく似た白猫を見た気がする。
◇
ホント……セレスヴィルは捻くれもんじゃのう。
ワシがそんな風に、感謝しつつ女神を見つめる。
「さて、龍之介さん。ここで、私からひとつ提案です」
セレスヴィルの突然の言葉に、ワシは首を傾げる。
そして、セレスヴィルは今までのやりとりをリセットするように、またあの凜とした美しい女神の顔で
「龍之介さん。もう一度、異世界に転生して偉業を成してみませんか?」
ワシの目と、セレスヴィルの色の違う二つの綺麗な目が合う。
しばらく見つめ合って、ワシらは二人、声を出して笑い合った。
「……あいかわらずじゃのう」
終わったばかりのあの激闘の日々。
そこにお前さんは、またワシをそこへ突き落とそうと言うのか?
「ふふ。きっと、次も楽しい冒険になると思いますよ」
セレスヴィルの綺麗な顔が、期待に満ちあふれている。
「もちろん、お前も一緒に行くんじゃろうな?」
ワシはセレスヴィルに尋ねると
「当然です。私はあなたの『仲間』ですよ?」
と二つ返事で返してきた。
そうか。仲間なら当たり前じゃな。
二度目の人生も終わったばかり。それでも、まだまだこの命が燃え尽きないのであれば……
「じゃあ、次の異世界を目指すとするかのう!」
まだまだ、生きてみるのも悪くないかもしれない。
「そうです。私達の冒険はこれからなのです!」
END
ブラッド・バレット・バーサス!―Chevalier―【完結済み】 四ツ谷 @yotsuyakun
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