第3話 チューインガム

 そんなこんなあって、僕とチカちゃんは悪魔入り電子レンジの前で立ち尽くしていた。


「それで、どうするの?」

「どうするもこうするも、ここから出してちゃんと契約するしかないんだけど……」

「完全に引きこもってるね」


 その言葉に少しチカちゃんがびくっと肩を震わせる。

 何か引っかかることでも言っただろうか。


「ところで、本に書いてあったって言ってたけどこれってどんな悪魔なの?」

「えっと……確かグレムリンって子で、機械の中に入って悪戯する悪魔みたい」

「グレムリンか……」


 と、納得したように言ってみたけど全然わからない。

 昔そんなタイトルの映画があったような気がするけど……。


「その本に他に何か書いてないの? 弱点とか」

「ちょっと待ってね……弱点弱点」


 チカちゃんは取り出したハードカバーの本とにらめっこしている。

 あわあわしながらページを捲る姿はちょっとかわいい。


「……あった!」

「どんなの!」

「グレムリンはチューインガムが好物らしいの、だから」

「それを見せて電子レンジの外に誘導すればいいんだね」


 そうなると外に出した後の事も考えなければいけないけど。


「それなら、今思いついた秘策があるんだ、耳を貸して」

「なになに?」

「グレムリンが……なら……して、その隙に……すれば」

「なるほど! いい考えね!」

「でしょ?」

「じゃあ早速チューインガム買ってきて」

「えっ、僕が?」

「だって私はこの子見ておかなきゃいけないし、家にチューインガムないんだもん」

「仕方ないなぁ……」


 どうして僕がお使いに行く側なのか、少し納得いかないところもあったけど駄菓子屋は近くにあったはずだし、あのくらいの距離なら文句を言う事もないかな……。


「じゃあ、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 そう言って僕はチカちゃんの家を後にした。



 ***


 家を出てから、さっきまで来た道を戻っていく。

 少しだけ歩くと小さな駄菓子屋がある、確か昔はチカちゃんと一緒にお菓子を買ったり、騒ぎすぎて店員のおばあさんに怒られたっけ。

 懐かしい思い出に浸りながら歩いていると店の前に着く、暖簾のかかったガラス戸、そうそう、これを開けると腰かけに座ってるおばあさんが「いらっしゃい」って優しく……。


「いらっしゃいませ~」


 扉を開けると、昔見たおばあちゃんは居なくて。

 ゆったりとした修道服に身を包んだ、優しそうな女の人が腰かけに座っていた。


「…………」

「どうしました? 何かおかしなことでもありましたか?」

「うわぁっ!」


 その光景に唖然としていると、いつの間にか近くまで来ていたシスターがこちらの顔を覗き込んでいた。

 さっきまで座ってたはずなのに、そんなに驚いてたかな、僕。


「え、えと、前来たときはおばあさんが店番してたから、急にシスターさんになっててビックリしちゃって」

「なるほど、それで驚かせてしまったのですね」

「すいません……」

「いえ、いいんですよ。確かにおばあさんから私に変わってたら驚きますよね」


 そう言って柔和な笑みを浮かべるシスターさん、物腰も柔らかくて優しそうな人だ。


「私、この街の教会でシスターをしているのですが、人助けの仕事もやっていて、この店のおばあさんが腰を痛めたから代わりに店番をしているんですよ」

「なるほど、そういうことだったんですね」


 しかし、なんというか、おばあさんが居るのとはまた違った感じの癒しというかそんな雰囲気が店に溢れている気がする。


「それで……何をお求めですか?」


 そう言われハッとなる、そうだ早くチューインガムを買ってチカちゃんのところに行かないと。


「チューインガムを」

「いくつですか?」


 チューインガム、と聞いた途端にどこかから、恐らく商品棚からなんだろうけど、いくつものガムの箱をシスターは手に持っていた。

 さっきまで僕の目の前に居たはずなんだけど、さっきといいこの人は瞬間移動でもしているんだろうか?


「じゃあ、そのオレンジ味を二箱で」

「オレンジが二つですね? では、40円です」


 安い、引っ越した先には駄菓子屋って無かったから忘れてたけど、こんなに安いものなんだ。

 ともあれ、財布からおつりが出ないように硬貨を取り出してシスターに渡す。

 わたわたと裏にある小銭入れにお金を入れに行った。

 やっぱりさっきの瞬間移動は見間違い?


「はい、どうぞ」


 戻ってきたシスターさんがガムを僕に渡す、手がとてもあたたかい。


「どうも」


 そう言ってここを出ようとした時、声をかけられる。


「あの、そういえば、私の名前、クレアっていうんです」

「クレアさん、ですか」

「はい、私の名前教えましたし、あなたの名前も教えてくれませんか? 深い意味はないんですけど」

「名前ですか? 赤坂昴です」

「では……赤坂昴さん、あなたの人生に、幸多からんことを」

「えっと……」

「おまじないみたいなものですよ、気にしないでください」

「そ、そうですか……」


 改めて店を出ようとする。

 シスター……クレアさんは、相変わらず柔和な笑みを浮かべて見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの子はサマナー! ナメクジ次郎 @kanasupe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ