ミニマムボールの決勝戦

ちびまるフォイ

隠されたボールキープ率

『全国1億5000万人のミニマムボールファンのみなさん、おまたせしました!

 ワールドカップ決勝リーグの開催です!!』


会場は一気に歓声に包まれて、両国の代表選手たちがピッチに入ってきた。

審判の手に持っているのは直径1mmの小さなボール。


『10年前に始まり、戦略性の高さと人間の薄汚い心理をあぶりだす

 新スポーツミニマムスポーツをご存じない方も楽しめるよう、

 不肖、わたくしがルールをご紹介します』


『人数はお互い11人。小さなボールを相手のゴールラインに入れれば得点。

 手や足を使うのも自由です。ただし、ボールを飲み込んでゴールしても得点ハナシ。

 あくまでもボールの形状を確認できることが必須です』


長たらしい説明をしているうちに、相手選手はスタジアム中央のスタート地点にいる。

11人中の半分近くがスタートサークルに密集している。


「タッチオフ!」


審判の笛とともに試合がはじまった。

相手チームは背中に腕を回して、相手に見えない位置でボールをリレーする。


そのまま走らずにじわじわと、こちらのゴールへにじり寄ってくる。


「みんな慌てるな! どんなに巧妙に隠したところで、あの中の誰かがボールを持っている!」


「キャプテン!」


「フルメンバーで隠してないんだ。こっちは全員で抑えにかかれ!」


「「「 おう!! 」」」


フル人数でなければ頭数はブロック側のほうが多いので有利。

誰がボールを持っているのかわからないが総当たりで止めに入った。


「止まれ! ボディチェックだ!」


先行していた相手のフォワードを止めて、体をくまなくチェックする。


「キャプテン! こいつは持っていません! ブラフです!」


「念のため、そいつは抑えたままにしておけ!

 実は隠し持っていて、後でゴールに叩き込む作戦かもしれない!」


「はい!」


相手チームはゴールに向かってどんどん進んでいく。

こちらのチームメンバーはゴールに近づく奴らを全員取り押さえた。


こちらのゴールキーパーもほっと胸をなでおろした。

なにせ直径1mmのボールなので止められようがない。


「キャプテン! 全員捕まえました!」


「よくやった! これでゴールは守られた!

 どいつがボールを隠し持っていたとしても、人間そのものを動けなくさせればゴールできないだろ!」


「キャプテン、それでボールなんですが……誰も持っていません」


「えっ? ちゃんと探したのか!?」


「はい、どれだけボディチェックしても尋問しても、ボールは見つかりません。いったいどこに……」


ボールのありかを探して油断したとき、包囲網を抜けた1人が地面を蹴った。

なにもない芝生だと思っていた場所にはボールが隠され、そのままゴールラインを横切った。



『先制点! 先制点は相手チーーム!!』



「くそ! あいつらボールを隠し持ってたんじゃなくて、捕まったときにわざと近くに投げたんだ!

 こっちがボールがないと浮足立っているタイミングで入れるために!」


「キャプテン、大丈夫ですよ。今度はこっちのボールです、逆転しましょう」


「ああ! いくぞ!」


ボールの所有権が切り替わり、キーパーがボールを仲間に渡した。

相手チームから見えないようシャッフルしたのち、全員がゴールめがけて突進する。


「どうだ! これが俺たちチームの全員速攻作戦だ!

 誰が持っているかわかるかな!!」


と息巻いたキャプテンだったが、ボールを所持していた選手がピンポイントで止められてしまった。


「ええ!? なんで!?」


「あははは。お前ら、勢いだけはいいようだが、隠し方が下手すぎるぜ。

 靴の中に隠すなんて、ベタベタ過ぎるだろ」


相手チームは隠し持っていたボールを手に入れる。


「悪いが俺たちは全員が人間心理やメンタリズムに精通している。

 ちょっとした視線の動きや、体の動きで誰が怪しいかなんてすぐわかるんだよ」


「ぐっ……!」


「ボールを隠して牛みてぇに突進する作戦は俺たちにゃきかねぇ」


全員が絶望したタイミングで前半終了のホイッスル。

ミーティングルームはお通夜以上に深刻な空気感に包まれていた。


「キャプテン……どうしましょう、相手めっちゃ強いですよ……。

 どこにボールを隠しても、たちどころにバレてしまう」


「……いや、俺に作戦がある。みんな力を貸してくれ」


「どうするんですか? 相手を出し抜く作戦でも?」


「ああ、みんなで特攻だ!」


「「「 同じじゃねぇか!! 」」」


後半が開始されると早々にふたたび2得点目を取られてしまう。

ボール所有権をふたたび手に入れたとしてもチームの顔色は暗かった。


「キャプテン、誰がボールを隠し持つんです? どうせバレますけど」


「俺に任せろ。みんなでつっこめば、きっと大丈夫だ!」


この脳筋キャプテンに任せてよかったのかとチームは不安になったがほかに案もないので実行した。



「ははは! また芸もなく全員で突っ込む気か! 誰が隠してるかわかってるって言ってんだろ!」


相手キーパーは前に出て、ボールを持っていたキャプテンをタックルして止めた。


「さぁ、ボールを出しな、お前が隠してんのはわかってるんだ」


相手キーパーはキャプテンを物色するがボールは出てこない。


「おい! こいつは持ってないぞ! ほかのやつが持っているか、地面に置いたのかもしれない!」


「わかった! キーパー、お前は下がってろ!」


相手キーパーは不意打ちを警戒してゴールライン内側に下がって、フィールド全体を見回す。

そして、瞬時に端から攻めてくる選手に気づいた。


「右だ! 右から来てるぞ! あいつが何かする気だ!」


「俺が行く!」 ディフェンダーが前に出る。


「いい! お前はボールが落ちてないか探してろ! 俺がとめる!」


落ちたボールを決められるのが一番怖い。

隠し持って突進するなら止めるのはたやすい。しかも単独ならなおさら。


「うわぁぁ!」


走りこんできたフォワードはキーパーに止められてしまった。

服のしわまで伸ばされてどこかに隠されていないか確かめられる。


「ちっ! こいつもおとりだ!!」


キーパーはゴールライン内側へと下がる。

またフォワードが単独で止めてくださいとばかりに突っ込んでくる。


「こいつら、なにか企んでやがるぞ!」


単独で攻めるかぎりはボール所持していない可能性が高い。

キーパーはほかの選手に捜索と物色を任せて、新しく突っ込んでくる選手を止めた。



ピーー!!



ついに、11人全員が突っ込んできたのをすべて止めたところで試合終了。

結局、ピッチからボールは出なかったが、誰一人としてシュートさせなかった。


「集合!」


審判の号令でお互いのチーム全員がフィールド中央へ一列に集まった。

相手チームの選手は勝ち誇った顔でニヤニヤしていた。



「11-2 で、相手チームの負け!!」



審判の告げた得点差に相手チームは全員が声を上げた。


「11点!? いつそんなに得点されたんだ!」

「あいつら誰一人としてゴールできてなかったぞ!」

「そうだ! ゴールにたどり着く前に11人全員を取り押さえたのに!」


慌てる相手チームにキャプテンは笑って答えた。


「こちらこそ、ありがとう。

 11回も律儀に止めにきてくれなきゃ得点できなかったよ。

 俺を最初に止めてくれた時、仕込んだかいがあった」


キーパーに握手を求めて手を差し伸べた。

ちょうどそのタイミングで、相手キーパーの服に挟められていたボールがころりと落ちた。



11得点もキーパーがオウンゴールを決めた試合は後にも先にもこの試合だけだった。


それ以降、キーパーはゴールライン内側に戻ることだけはしなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミニマムボールの決勝戦 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ