人間生産ラインの工場 時給840円
ちびまるフォイ
ここで装備していくかい?
ゴウンゴウン……。
低く響く機械の重低音の中を案内されながら進んでいく。
「君が今日から人間工場で働くアルバイトだね?」
「はい、よろしくお願いします」
「君の仕事はこれだ」
上司は目の前のコンベアを指さした。
コンベアには一定間隔ごとにのっぺらぼうの人間が流れてくる。
「君の仕事は、こっちから流れてくる人間の顔に、目を入れる作業だ。
ここから目を取って、こっちに入れる。簡単だろ?」
「わかりました。あの、でも向こうに機械ありますよね?
あの機械で目を入れているんじゃないですか?」
「いやいや、あっちの機械は微調整用だよ。
人間の手ではどうしてもランダムな顔の作りにならないから
機械側であえてズラして、さまざまな人間の顔パターンになるよう調節している」
「なるほど」
「それじゃよろしくね」
アルバイトがはじまって数分で仕事には慣れてしまった。
眼球をバケツから拾い上げるのは最初こそ抵抗があったが、
こんにゃくか何かだと思えば別に大したことは無い。
福笑い感覚で流れてくる人間の眼孔に、眼球をそっと入れていく。
ゴウンゴウン……。
『 休憩時間になりました。みなさん、いったん休憩してください 』
アナウンスが流れるとコンベアは停止した。
ぼーっとしながら作業していたので時間があっという間に過ぎていた。
休憩スペースに行く途中、コンベアの先が2つに分岐しているのが見えた。
「そういえば、俺の作った人間はどこに流れるんだろう」
コンベアの先が気になって、コンベア沿いに歩いていくと、たくさんの人間が山積みにされている場所にたどり着いた。
もう片方はそのまま生産ラインにつながっている。
気になったので休憩時間に上司に聞いてみることにした。
「あの、どうしてコンベアが分岐しているんですか?」
「ああ、見たのかい」
「せっかく作った人間たちが廃棄されているように見えました。
でも、廃棄人間たちは別にどこかに欠陥があるように見えなかったので……」
果物だったら傷がついたり、形が悪かったりで廃棄される。
廃棄扱いにされていた人間はどこも悪い場所が見当たらなかった。
「逆だよ、逆。欠陥がなさすぎるんだ」
「どういうことですか?」
「人間のパターンをばらつかせるために、機械にはランダムに顔を整形している。
だから偶然にも、ものすごいブサイクができたり、すさまじいイケメンができるときがある。
うちの工場で出荷される人間は、一定の評価基準内に収まらないとダメなんだ。
イケメンで評価が高すぎても、ブサイクで低すぎても出荷はできない」
「そうなんですね」
「さぁ、そろそろ休憩も終わりだ。残りも頑張ってくれよ」
後半の仕事が終わり、工場を去るときにまた廃棄人間の場所へ訪れた。
雑に折り重ねられた人間には偶然の一致で出来上がった顔がある。
「なんか……もったいないな」
どうせ廃棄されるのなら、俺がもらっても支障はないはず。
人間の山から特にイケメンの体を引き抜くと、誰にも見られないようにこっそりと工場を立ち去った。
工場から持ち去った体をまじまじと眺めるほど、完成度に驚いた。
「いいなぁ、この体。こんな体になりたいな」
我慢できなくなり、自分の中身を新しい体に移植した。
元の体は空気の抜けた浮き輪のようにしぼんでしまった。
洗面台に立つと、驚くようなイケメンが立っていて驚いた。
「おおお! すごい!」
鏡に突き付けられる「お前はかっこいい」という事実に自尊心はうなぎのぼり。
この体を誰かに見せたくて思わず家を出た。
「ねぇ、あの人……」
「やばい! 超かっこよくない!?」
「ついて行っちゃおうか」
街を歩くだけで道行く人の声が背中越しに聞こえてくる。最高の気分だ。
「ご、合計300円になります」
「え? 390円じゃないの?」
「イケメン割です……///」
この体になってから得しかしていない。
もっとあの工場でもかっこいい人間をたくさん作れば、
体を手にした人はもちろん、それを見た周りの人も幸せになれるのに。
ピピーー!!
ドヤ顔で歩いていると、けたたましい笛の音で肩がびくっと浮いた。
「そこのイケメン、止まりなさい!!」
「え、俺?!」
「そう、君だ! 早く止まりなさい!」
高圧的な声と足音でカツカツと警察官がやってきた。
「君、イケメン認可証は?」
「な、なんですかそれ……」
「イケメンが許されるのは一部の職種の人だけなんだ。
一般人がイケメンになると社会が混乱するし、扱いに不平等が起きる」
「いやいや、ちょっと待ってください!
そうだ! あの、この体は借り物なんです! 本体は普通なんです! 普通の顔です!」
「なにぃ!? それじゃ未認可のイケメンか!! ますますダメじゃないか!!」
「うそぉ!?」
本来の体はちゃんと基準値を守っている標準の顔だと、弁解したはずがむしろ油を注いでしまった。
「家に帰ればもとの体に戻りますからっ!」
「おい! 貴様、逃げる気か!!」
「家に帰るだけですよっ!」
警察を振り切って家路に急ぐ。
元の体にさえ戻れればすべて帳消しになるはずだ。
イケメンの体を使っていたのも、謝ればきっと済むはず。
家に帰りさえすれば……!!
「キャーー! 見て! イケメンよーー!」
警察を振り切るはずが、進行方向と後ろから黄色い歓声を上げながら女性が襲ってくる。
「あの野郎! あんなにモテやがってゆるせねぇ!!」
すれ違ったガラの悪い男たちは、俺を見て怖い顔で追ってくる。
大規模な鬼ごっこが行われているような状態になった。
「みんな来ないでくれーー! 俺は家に帰りたいだけなんだ!!」
「それじゃついていけば家が特定できるわ!」
「家まで追いかければもう逃げられねぇぞ!」
どう振り切っても追っかけの列は絶えず続いてくる。
強引に列を引きちぎろうと車道に飛び出したとき――
そこで記憶が飛んで、病院で目が覚めた。
ベッドわきには警察官が座っていた。
「あ……警官さん……」
「まったく、仕事を増やさないでください。
イケメンの処理にくわえて、事故の処理なんて……いい迷惑ですよ」
「お願いです! この体を使ったのは出来心だったんです!
1度でもいいから、知らない人に褒められたりしたかったんです!
だから、この体のことは……」
「その件でしたら、もういいんですよ」
「え?」
「あなたはその体のままでもういいんです。
こちらも逮捕する必要がなくなりましたから」
「本当ですか! よかった!」
警察はそっと鏡を取り出した。
「事故で顔が変形して、基準値を満たしたんですよ。
だからあなたはもう終われることはありません。よかったですね」
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