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「うう、その……ミルディオンの……レ、レイダン様が……だな……」
目はきょときょとと上下左右へ動き回り、ぴくぴくと痙攣する四肢にはもはや意志が感じられない。
「赤の長だな?」
キアノスがレイダンという聞き覚えのある名の記憶をたどる前に、ギストがすらりと補った。
「そ、そう、そうだ。赤ローブをまとう魔術師たちの頂点におられる、レイダン公だ」
その名を出した途端、ロスミーは堰を切ったようにしゃべり出した。
ギストは面白がるような顔で、尖った石突きをロスミーの喉から浮かせてやる。
「レイダン様は、“黒羽”の魔術師……ギスト・バウケを、ファラ・クロウントに招いておられる……こ、光栄に思うがいい! し、しかし、これには魔術協会本部の高貴な方々の御事情がいろいろと絡んでいてだな、おおっぴらに召還できなかったのだ、それで……わたしが選ばれ、お前をむ、迎えに……」
ロスミーは引きつった笑みを浮かべて仰向けのまま胸を張ったが、残念なことに、ギストは大して感銘を受けなかった。
ロスミーは凍りついたように笑顔を張りつかせ、紫紺の瞳だけを動かして縋るような視線をキアノスに向ける。
「き、君は……協会の高位の方々の偉大さを、ま、学んだだろう? な、何とか言ってくれたまえよ、この野蛮な男に」
いきなり水を向けられたキアノスはギストを見、ギストは首を巡らしておどけたようにキアノスに言う。
「その偉大な面々ってのが一介の魔術師を呼びつけるのにやることが、殺人鬼の濡れ衣に剣士とのガチ勝負だとよ。こいつを庇うか? 青いの」
僕はとりあえず「青いの」と呼ばれたくないです、と喉まで出かかったが、キアノスは吸い込んだ息に声を乗せず、そのまま吐き出した。
ギストはそれを嘆息だと受け取ったらしく、ロスミーに顔を戻す。
「フン、
スッと半眼になるギストの険しい視線に、ロスミーは早口になった。
「わ、わたしはだな、極秘の命でお前を連れて極秘のうちに中央へと戻り、お前に極秘の役目を担ってもらうつもりで……いや、その」
ギストのわざとらしいため息が、ロスミーの口から言葉を奪う。
「はぁ極秘、極秘! 俺にとっちゃ、どうでもいいんだよ。その中身を聞きてえってのがわからねえのか?」
「し、しかし」
「言いにくいなら俺が言ってやろうか? ああ? 魔術師協会上層部の権力争いかなんかに加勢しろってんだろ? どうだ図星か!?」
ロスミーの哀れっぽい首の動きは、ギストの言葉を明確に肯定した。
「よくもまあ飽きねぇよな……暇なんだろ、あいつら」
心底呆れたと言わんばかりのギストの目が、ふと翳りを帯びる。
「俺みたいなのが必要とされるのは、そんな時ぐらいなんだろうよ」
吐き捨てる声が、夕風に乗って草木をざわつかせる。
「んで、赤ローブのレイダンが、黒ローブの俺をコッソリ使って足場固めるっちゅうわけか」
「…………」
ロスミーの口はぱくぱくと動くだけで言葉をなさなかったが、ギストはその意志を読み取った。
「……ん、違ぇのか? じゃ、俺は中央までわざわざ呼ばれて何すんだ?」
「……そ、それは……」
ぐっと目を閉じたロスミーは、目を見開くと最後の抵抗を試み、能う限りの大声を出した。
「くっ……“大蛇”! 何のためにお前がいるのだ、出てこい!! め、命を……」
ギストの苛立ちが、何度目かの爆発をした。容赦なく大杖の柄を押し込み、ロスミーは掠れ声で悲鳴を上げる。
「本気で俺を呼ぶ気だとかぬかしといて、まだ逃げる気かよ!」
ロスミーは目を丸くして、ギストを見上げる。絞り出す言葉は、火に油を注ぐように災いを呼ぶ。
「それは……わ、わたしよりも事情に詳しいやつを呼……」
「てめぇが知ってる範囲で許してやるって言ってんだろ!」
「……そんな……こと、い、今ここで、お前に言ってもどうせわからないわけで……」
「俺を、バカにしてやがんのか」
殺気を孕んだ声と大杖の石突きが、ロスミーの息を止めた。
「い、いや……バ、バカ……」
ロスミーの喉に食い込んだギストのスタッフが、煙のように魔力を噴出した。
もし、黒い光というものがあるとしたら、ギストの力はまさしくそれだった。
ギストは、片手で支えていた柄にもう片方を添え、瞳を怒りでエメラルドのように燃えあがらせてロスミーを見下ろす。
スタッフの先端から黒い光が勢いよく渦を巻いて柄を伝い降りてくるのをみて、ロスミーの悲鳴が響いた。
「や、やめろ……やめろ、助けてくれ! 言う、言う、言うから! ヴァ……ヴァルミレイ卿だ、赤の軍団長だったお方のためなんだ! レイダン様に知られてはいけないのだ、あ、"赤の
背筋に電気が走ったように、キアノスの息が喉で音を立てた。
「あ、赤の、翼!? ロスミーさん、そ……」
その時、キアノスの言葉をかき消すように、人の物ならぬ雄叫びが辺りに轟いた。
「おおおぉぉお……!!」
鼓膜に叩きつけられるような猛声。
ギストが、獲物を横取りされそうになった野獣さながらに身構える。
キアノスは動揺していたのもあり、その閃光と地響きを思わせる大音量に完全に怯んだ。ローブの袖に手をやりながら周囲に警戒の目を配ったが、あることに気づき慄然とする。
獣のような咆哮は、ロスミーの口から発せられているのだ。
「オォォオォ……!!」
ロスミーの姿を、赤褐色の炎が取り巻き始める。
魔術師をはじめとした魔力を持つものがまとう色とは異なり、その炎はロスミーの体の輪郭を崩すように烈しく内側から噴き出している。
さすがのギストも目を見開き、一歩、二歩と後ずさる。
踊り狂うように燃え盛っていながら熱を帯びていない魔力の幻炎の奥から、ぐらりと伸び上がる影……それは明らかに人間の形ではなく、人間の背丈でもなかった。
「オ゛ォォオォーーッ!!」
<魔術師と剣士と魔術師> 終
フィーリング=ブルー 黒渦ネスト @whirlednest
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