第108話 華麗なる転生者☆空知晟生のハーレムな日々
トリィワクスの風呂は広々としている。
黒大理石調の壁や床には蒸気が付着、しっとり潤うような空間に明るさを抑えた照明が辺りを照らす。洗い場は何人もが並べる広さがあって、浴槽は泳げるほどのサイズだ。
もちろんそれは大人数の乗組員たちが利用するためで、肌の汚れを落とし血流を良くし美容と健康を促進し疲労回復とリラックス効果を狙ってのものだ。
そして今、その風呂場は恐らく製造されて以降初めてとなる利用のされ方をしているだろう。
「「「…………」」」
湯につかるミシェに初乃にフーコは浴槽の縁に張り付き顔だけ覗かせ、洗い場を見やっていた。それぞれが目をまん丸にしており、殆ど瞬きすらしないまま凝視をしている。三人の顔が真っ赤であるのは、なにも湯にのぼせているからではない。
のぼせているのは、もっと別の事だ。
「愛咲姉があんな顔して……うわわっ!?」
「スゴイ……ムッ、アサキケガシタカ?」
「いやそうじゃなくって、あれはまあね。うん、そーいうものだから気にしなくていいからさ」
両手で目を隠すが指の間から覗きつつ、初乃は赤面しつつ頷いた。
やがて姉の愛咲がクッタリ気絶し力尽きる頃には、火照った顔を隠すこともなく半分沈みかけ下に手を伸ばしているぐらいだ。
この状況はどうしたかと言えば、トリィワクスに戻った晟生が風呂に入り愛咲を労ると言い出したのだ。それに戦闘班全員がついてきて、晟生が愛咲を洗い出し何やら事が運ばれ、今に至る。
「くぅっ、凄いニャ。愛咲がやられたニャ」
ミシェは鼻息荒く身を乗り出さんばかり、いや乗り出している。
「うっ、まあ確かにやられたね」
「だが愛咲は四天王の中で最弱、晟生に負けるとは四天王の面汚しニャ」
「その四天王ってなにさ」
「知らニャい。とにかくニャ、次は彩葉ニャ、さあやるがいいのニャ!」
「というかさ彩葉ってばさ。もう既にダメダメっぽいんだけど……ほらね、触られただけでもうね……うーん、晟生の圧勝と言うか勝負になってないよね?」
「ウニャー! ウニャー!」
初乃とミシェは生唾を呑み込み食い入るように見つめた。その横でフーコは沈み込み鼻から上だけが湯から出ている状態だ。もちろん海棲生物として水中で暮らすだけに、それでも平気なのだろう。
とりあえず三人とも固唾をのんで、彩葉がやられていく様子を見つめた。
「やばいニャやばいニャ、彩葉のやつもだめなのニャ……」
「ね、ねえ。ミシェってばさ、ぼくどうすればいいのかな」
「どうって言われてもニャ、あちしだって……ニャッ! いやいや、あちしは経験豊富な行けてる女なのニャ。まあ、あんぐらい余裕なのニャね。つまーり、どーんと構えて晟生の奴を手玉にとってやるのニャ。こうニャったら、女は度胸! ウーニャー!」
ザバッと勢い良く立ち上がったミシェは晟生に突撃した。そして、あっさり転んで滑りながら晟生の元に滑っていく。後は這いつくばってされるがまま。
「「…………」」
初乃とフーコは出落ちなそれを、沈黙と共にしばし見つめた。
「あのさ」
「ウン?」
「ぼくたち一緒に行こうね」
「ンッ、イッショニイク」
「じゃあ、行っちゃおう!」
二人は浴槽の縁を跨いで立ち上がり手を繋いで進んだ。
◆◆◆
「あんたねえ……物事には限度ってもんがあるだろが」
和華代は艦長席で額に手をやり、目の前で神妙にする相手に文句を言った。
それは女性のような顔立ちに出で立ちの晟生なのだが、今は湯上がりという事もあって妙に色気がある。風呂場で何をしたかを知っているがため、艦橋のクルーたちはまともに見られず顔さえあげられないぐらいだ。
もちろんそれは、自分たちもいずれその機会が訪れると思っての事で、沖津などは晟生を見ては下を向き晟生を見ては下を向きで落ち着きがない。
とはいえ旦那一筋の和華代は少しも気にしていないのだが。
「ごめんなさい、ちょっとやりすぎました」
「いや、ちょっとじゃないないだろ。これじゃあ、うちの戦力がしばらく全滅じゃないか。全員足腰立たないってのはねぇ……ったく、あの子らも情けないね。あたしなんて、毎晩旦那を絞ったってのに」
しみじみ呟く和華代に晟生は微妙な顔をした。
たとえ人には若い頃があって、それぞれドラマがあったとしてもだ。年老いた和華代にうっとりされて誰が嬉しいだろうか。
「そういうの聞きたくないんですけど……」
「うるさい子だね、あたしの青春のメモリーなんだよ。そりゃともかく、あたしの孫娘二人を傷物にした責任はとってくれるんだろね? もちろん、他の可愛い娘どもだって同じだよ」
「そりゃまあ、もちろん」
「ふーん、ほー」
和華代は晟生を上から下まで眺め回した。
「あんた随分と変わったね。今まであれだけ渋ってたわりに、あっさり娘どもに手を出した事も含めてだけどね。こりゃどういった心境の変化だい?」
晟生はトリィワクスを飛びだした前と何も変わっていない。しかし面構えが違い、まるで自分の家にいるように、のびのび堂々としているではないか。
「自分の故郷も分かりましたし、何より自分が何者なのか分かっただけですよ」
「そうかい、そういうのは良い事だよ」
和華代は微笑んだ。
しかし、鳴り響いた警報に直ぐ険しい顔となる。
「何があった報告、早くしな」
「あ、はい……艦内に生物兵器の反応! これって……白面!?」
「一難去ってまた一難かい!? 迎撃準備っても、まともに相手できる彩葉が動けないか。隔壁を降ろしたとこで白面相手には無駄だね。こうなったら奴のいるブロックごと破壊するしかないが、神魔装兵を使える奴は晟生しかいない……」
神魔装兵に匹敵する戦闘力を持ちながら人間サイズで艦内に侵入できる。白面の恐ろしさはそこで、こうなればもうどうする事もできない。だからこそ艦崩しの異名を持つのだ。
「こりゃ参ったね……」
「大丈夫です」
「あっ? なんだって?」
「むしろ味方なので安心して大丈夫ですから」
「馬鹿言っちゃいけないよ、いくらさっきの戦闘で一緒に戦ったって言ってもね。あれは偶々、敵の敵で味方しただけなんだよ」
「だから大丈夫ですって」
晟生は笑うが、誰一人として笑う事は出来ないでいる。
白面が来ると分かっても対処ができず、助かりたくば艦を捨て逃げるしかないが誰も艦を捨てる気はない。後は艦を枕に討ち死にしかないわけで――。
「邪魔するぞ」
艦橋のドアが開きソラチが顔を出した。
さらに続けて白面がのっそり現れると、艦橋クルーはパニック寸前。とはいえ晟生は駆け寄って白面の白く固く弾力のある肌をバシバシ叩く。
そんな様をクルーは恐怖しながら見ているだけなのだが、さすがに和華代は狼狽えない。それでも緊張の色は隠せないでいる。
「本当に大丈夫なんだね」
「詳しくは言えませんけど、空知晟生の関係者なんですよ」
「あんたの関係者?」
「まあ、そんなようなもんです」
「……参ったね」
ニコニコと笑う晟生に和華代は片手で顔を覆った。ややあって肩を震わすのは苦笑しているからだろう。
その横でソラチは艦橋を見回していた。
「ふむ、良い艦だ。これならお前にふさわしい」
「というか何しに来た? 新生アイチの県知事さんが」
「お前の暮らす艦を見に来ただけさ。まあそうだな、父兄参観とでも思え」
「父兄参観の気持ちを覚えてるなら分かるよね、早く帰れって。あっ、白面はいていいから」
晟生の言葉に艦橋クルーは逆だと思いつつ、戦々恐々として動けないでいる。
苦笑するソラチは辺りを歩き回り、そこらの小物を見たり手に取ったりと完全に物見遊山だ。
「そうそう、ナツムの奴が寂しがっていたぞ。お姉さんに会いたいとな」
もちろんそれは、あのオークション会場で出会った少年の事だ。
「待って、そのお姉さんってのは……」
「もちろんお前の事だ、モテモテで良かったな」
「なんでちゃんと説明しない!?」
「お前だったら説明するか? 分かるだろ」
「うわっ面倒くさい……」
頭を抱えた晟生の姿にソラチは腹を抱えて笑っている。
そこに艦橋のドアを蹴破らんばかりの勢いで一団が乱入してきた。
「晟生君から離れなさいと、彩葉さんは怒りを込め命じます」
大鉈のような剣が凄まじい勢いで振り下ろされ、しかし白面は片腕で軽く止めてしまう。しかし彩葉は即座に大鉈を手放し、そのまま突進し晟生を抱きかかえ飛び退いた。
「ちょっ苦し……」
「大丈夫、彩葉さんは晟生君を守るから」
彩葉はその褐色の胸元に晟生を抱え込んだ。さらに銃器を構えたミシェが尻尾の毛を逆立て、獣耳を恐怖や不安でイカ耳にしつつ白面を威嚇する。
「やってやるのニャ! あちしは尽くす女なのニャー!」
「僕だって晟生のためなら! 早く晟生を安全なとこに!」
初乃は今にも引き金を引きそうで不安が危ないぐらいの状態だ。そして愛咲が彩葉の胸で窒息かける晟生を引っ張り出した。
「晟生さんこちらに避難を」
「死ぬかと思った……」
「大丈夫ですか? 早く待避を!」
それぞれが晟生を守ろうと精一杯で懸命で必死である。とは言うものの、いずれも疲労の色は隠せず微妙に内股で歩きづらそうな雰囲気だ。
ソラチも白面も意外な展開に戸惑いつつ、どうしたものかと見守っている。
そんなカオスな状況にフーコがトコトコ登場した。白面を見つけると、何故かタタッと駆け寄り飛びつく。
「オトーサン!」
「えっ!?」
「フーコノ、オトーサン!」
小威張りして胸を張るフーコに全員が呆気に取られた。とりあえず向けられていた武器が次々と降ろされていく。そして――晟生は衝撃を受けていた。恐らく、この世界で目覚め意識を持って以降で最大級のものだろう。
まさか自分に娘を下さいと自分が言う日が来ようとは一体誰が思うだろうか。
ソラチがその様子に気付き軽く口を開け目を見張る。
「おいまさかお前……」
「だ、大丈夫。意識以外は倫理上の問題ないはず」
「いきなり節操なさすぎだろうが」
ソラチは呆れながら両手を上に肩をすくめてみせた。
「まあいい、お前は晟生だ。空知晟生であっても晟生という一人の存在だ。自由に生きれば良い、気分はボーナスステージみたいなものでな」
「分かってるよ。空知晟生は空知晟生でも、晟生を重ねたまったく新しい空知晟生だからね。これから先も好きに生きるつもりだよ」
華麗な姿の晟生は少女たちに囲まれながら力強く頷いた。
人が思う自分という存在は認識によって構成されている。
認識を積み重ねた記憶の上に、今この瞬間の認識を加えたものが自我となる。されど過去の自我は再現できず、記憶という名の情報としてあるのみである。故に再現性のない過去の自我と、今の自我は全く別ものとも言える。
なればこそ、この自我を自分であると認め承認する事が出来るのは自分のみ。
今ここに、少女と見紛うような姿をしたセオシリーズの一体は、空知晟生の記憶を持つ存在として自らを空知晟生である事を認め「新たな空知晟生」という存在に生まれ変わったのだ。
苦難はあろうが、これから先も仲間たちと共に歩むだろう。
もちろんハーレムな日々をおくりながら。
華麗なる転生者☆空知晟生のハーレムな日々 一江左かさね @2emon
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