第107話 ただいま言えば全て良し

「ほら言っただろ、良い男がやって来るって」

『貴女たちの良い男ってアマツミカボシX-02の方かしら。困ったわね、X-01だけでも大変なのに。アイチ軍のトップエースが子供扱い、本当に凄いわ』

「X-01がタイニィのソラチかね、あの子ときたらどうして一緒に動いてんだか。まあ結局は関係あったって事なんだろうね。まったく、面白いこった」

 和華代はモニター越しの古馴染みに話しかけるが如く呟いた。もちろん相手も特に返事をするわけでもなく、そちらはそちらで部下たちの報告を受け戦況の推移を見守っている。

 トリィワクスの艦橋は沸き立ち――即座に館内放送で晟生の帰還が告げられ――艦全体の動きが目に見えて変わった。どこがどうとは明確には出来ないが、あらゆる事柄が迅速かつスムーズに行われ、艦の動きそのものにまで影響を与えている。

 もちろんそれは出撃中の神魔装兵たちも同様で、全員の動きが躍動的になり活き活きとしだす。一度は倒れたヴァルキュリアでさえアマツミカボシに抱きかかえられた途端、活力に満ちているではないか。

 どれだけ技術が発達しようとも、結局最後に物を言うのは使い手である人間という事だ。

「ほんっと、分かりやすいこと」

 和華代が呆れてしまうのも無理なからぬものと言ったところだ。

「しっかしまあ、何だね。あの子ときたら、おっとろしいのまで連れて来てるじゃないかね……本当、飽きさせない子だよ」

『どうして艦落としの白面まで一緒なのです? お知り合いなら、うちの艦に手を出さないように伝えてくれます? 皆が恐がってますの』

「あたしゃ知らないよ。どうやって手懐けたかも分かんないんだ」

『困りましたわー。このまま軍の金鯱丸が落とされてしまったらどうしましょう。あそこに一人県庁から逃げ出した知事もいらっしゃいますし。そうなったら私たち警備隊なんて瓦解するしかないですもの。あーもう困ってしまいましたわ』

「あんたのそういう抜け目ないとこ、ほんっと昔から変わんないねぇ」

『まぁ! 失礼ですよ、貴女こそ昔から何事も興味ない顔して、サラッとスルッと上手くやってしまって。あたし、貴女のそういうところ嫌いよ』

「へーへー、そらどーもすいませんでしたね」

 言いながら和華代は隣りに立つ副長の沖津に手で合図をする。とりあえず、戦いの趨勢を決められる艦の情報は得られたのだ。

 頷いた沖津はキビキビと歩き、普段なら指示だけで済ませるところを何故か自ら通信装置に手を伸ばした。そのウキウキとした様子を、通信担当の女の子は恨めしげな顔をして睨んでいる。

「空知晟生、応答しろ」

「あ、すいません沖津副長」

 モニターに晟生が表示されると、艦橋の全員が動きを止め顔を輝かせ見つめる。もちろんそれは沖津でさえ例外ではなく、即座に和華代の雷が落とされねばトリィワクスの動きが停止していたかもしれない。やはり艦長は偉大だ。

 沖津は取り繕うように咳払いをしている。

「よく戻った。怪我は大丈夫だったか、素体コアを着装していれば問題はなかったとは思うが。それから食事は取ったのか」

「あー、はい。今少し忙しいので」

 実際に艦橋のメインモニターの中で晟生=アマツミカボシは多数の神魔を相手取り、しかしその動きには余裕がある。ランスを槍のように扱うアテナを軽々と――その様子は、まさに子供扱いだ――いなし、手にした白銀の剣にて斬り返してさえいる。

 今までとまた一段と強くなった、何か吹っ切れた感があると沖津は思った。

「分かった、その話は後にしよう。これから情報を送る艦を落としてくれないか。それで戦いのケリが付くらしい。目標の情報はいま話ながら送っているところだ」

「了解です、分かりました」

「送った……どうだ?」

 手元パネルを操作し終えた沖津はモニターの晟生を見やり、しばし待つ。いくら情報伝送能力が早くなろうとも、それを受け取った相手が確認し理解する時間は必要だ。戦闘をこなしながら、しかし晟生はあっさり頷いた。

「金鯱丸って、このネーミングセンスが何と言うか……しかも本当に金ぴか! うわっ、相変わらずアイチは見栄っ張りで派手好きなんだから。そういうとこが、垢抜けないって言われる理由なのに。まったくもう」

「いけそうか?」

「やりますよ」

 言葉と共にモニターが消え、艦橋のメンバーは晟生の姿が見えなくなった事に寂しさを感じている。しかし戦闘が終われば直に会えると思い直し、後は修羅の如く全力全開で各作業に邁進し出した。

 そんな有り様に、和華代はもう戦闘終了後の事に思いを馳せる事にした。


◆◆◆


「さて……」

 晟生は呟いた。その視線の位置は高く人を越え、その肉体は力強く拳で神を倒し蹴りにて魔を倒す。まるで周りが見えているかのように、前後左右全ての動きを把握し戦っている。

 今の晟生は完全にアマツミカボシと同化していた。その素体コアに根源を同じとする存在が宿っていると知って以降は、素体コアが受け入れてくれたのか力がみなぎっていた。

「それじゃあ終わらせようか。ソラチは動ける?」

「すまんが、うちの艦を守ってやらねばいかん。手は出せん」

「うん、仲間は大事だからね……ああもう、しつこいな。そんな躍起にならなくてもいいのに」

 言い置いて、ひょいとアテナのランスを躱した。先程から粘着的に攻撃をされ、もうそろそろ相手をするのも面倒になってきている。そのままランスを掴み、子供の玩具を取り上げるように奪い取り、そして返してやる。ただし、鋭い先を相手に向け女神の身体を鞘にして突き込んだのだが。

 刺し貫かれた女神アテナは傷みに喘ぎ倒れたかと思えば、粒子になって姿を消した。

「晟生さん、そんなあっさり軍のエースを……私も頑張りませんと」

「うん、でも愛咲は無理しないで。ヴァルキュリアには愛咲の事を頼んでいるけど、そろそろヴァルキュリアも限界みたいだからね」

「えっと、何を……?」

「大丈夫、空知晟生はみんな愛咲の味方だから。もちろんトリィワクスの全員に対しても」

「はい?」

「気にしないでいいよ」

 言って晟生=アマツミカボシは手を振り合図を送る。

 それに従いアイチ側に襲いかかるのは、誰あろうか浜樫と浜樫に雇われていた傭兵たちだ。

「だわさぁ! 金のためなら主義主張もなんのその! 人生は金じゃないなんて大嘘だわさ! 金がなけりゃ生きられない。やりたい事も贅沢するにも全部金だわさ! 金の為なら犬でもポチでもなってやる!」

 ある意味で清々しいとでも言うべきか、全員が今やソラチの部下である。一人頭で十万円、さらに浜樫には百万円の報酬が約束されると、あっさり味方になった。もちろんその金額を出すのは晟生なのであるが。

「俺としては連中が許せんのだがな。別に始末してもよかっただろう」

「しかたないよ。あのまま放っておいて、村を荒らされても困るし。使えるものは使いたいし」

「……お前は正しく昔の空知晟生だな」

「皆、そうさ。姿形に年齢とかいろいろ違っても、同じ空知晟生なんだよ」

 ソラチと通話しながら晟生は前を大股で進んで行く。

 途中で向かって来るアイチ側の神魔を腕の一振りんで薙ぎ払い、さらに攻撃を受けても怯まず進んで行く。目指すのは金ピカに塗装され、さらに鱗模様まで描かれた艦だ。

「アイチってなると、何でもかんでも金鯱で本当センスがない。さて……目に見える勝利が必要。人には死んで欲しくないけど、犠牲は最小限にさせて貰うから」

 白銀の剣を地面に突き立て、晟生=アマツミカボシは両手を合わせ意識を集中。そこに集まる膨大なエネルギーを察知した戦場に動揺がはしる。止めさせようと飛びかかる神魔も少なからず存在するが間に合わない。

 放たれた光は金ピカの艦を消し飛ばし、その背後にまで長く地面を抉って消滅させた。周囲の艦が揺れるのは余波を受けたからなのか、動揺し機動操作を誤ったからなのかは分からない。

「こちらタイニィを指導するソラチ。旧体制の臨時アイチ県庁の諸君に告ぐ、ただちに降伏せよ。今の攻撃は手加減したものだ。ただちに降伏せよ」

 その通信が流されると、まず降伏したのは日頃から待遇の悪かった県境警備隊たちだ。それも真っ先に第八警備隊であった事は言うまでもない。

 晟生=アマツミカボシはヴァルキュリアを伴い帰るべき場所へと向かう。

 白い少女に使われた妖精ネコが小走りで、ラミアもまた蛇体を動かし素早く滑らかに、雌獅子頭のセクメトも小走りで駆け寄り集まる。

「ただいま」

 この世界に来て初めて見た陸上艦の前で、晟生はそう告げた。

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