第106話 おっとり刀は大急ぎの意

「味方艦A1、A2、A5、B2が戦線を離脱! 神魔装兵の顕現数も味方が押され気味です!」

 トリィワクスの艦橋モニターでは味方艦を示す青三角が徐々に離れていった。同じ青三角はまだ多数存在するが、一方で敵を表す赤三角の数はもっと多い。

 その青と赤の三角の間では、やは青と赤の光点が幾つも入り乱れ動き回っていた。

「愛咲! そこから東のノームを援護してよ! 違う違う違うって、それレッドキャップだから! 帽子の色が違うでしょ!」

「艦尾被弾! 自動消火起動! 付近の乗員は待避、怪我人の有無を報告して」

「残弾半分を割りました! 予備も含めての数字です!」

「格納庫の隅に予備の予備があるから! それの運搬手配を誰かしてー!」

「ちょっと初乃は直掩なんだから文句言わないで! そこでいいから、そのまま砲撃を弾いて。上手くやれてるから大丈夫、助かってるから。そのままお願い!」

 激しく情報の飛び交い、クルーたちは各席についたまま極めて忙しげだ。

 クーデター側と旧体制側の主力が図らずも遭遇し、一気に総力戦となっている。戦いが始まって、はや一時間が経過。戦況は一進一退と言いたいところだが、ややクーデター側の旗色が悪い。

 原因は県警備隊の殆どが旧体制側についてしまったせいだ。

 見事な統制のとれている相手に対し、大半が傭兵などのかき集めであるクーデター側は連携不足。これでトリィワクスのメンバーが奮戦しフォローをしてなければ、もっと不利な状況になっていただろう。

 そんなトリィワクスの指揮を執るのは沖津副長であった。

 しかし艦長席は不在ではなく、ちゃんと和華代が座っている。ただし手元のモニターを見やり、両手に抱えた茶なんぞを呑んでいる。

「こんな大規模戦闘は久しぶりだねぇ」

 のんびりと話しかけた相手はモニターの向こうに居る老婆だ。和華代と同じぐらいの歳に見える相手は、あの第八警備隊を率いる昔馴染みである。

『かれこれ三十年ぶりではありませんか? あの時は凄いものでしたね』

「おや、そんなにも経つのかい。そりゃ歳をくうはずだよ」

『でも貴女がクーデター側に着いて参戦するなんて、少しも思いませんでしたよ。こういう事には関わらないと思ってましたのに。どういった風の吹き回しです?』

「そっちの連中がなめ腐った真似をしたからね、あたしの性格知ってりゃ分かんだろ」

 和華代は辺りの喧噪にも構わず、カラカラと笑った。

 忙しげな周りの者はそんな和華代の様子を気にもせず、それぞれがそれぞれの出来る最善を尽くし奮闘中だ。もちろん艦橋のメンバーだけではなく艦の中の他の者たちも、そして神魔装兵を操り戦う者たちも同様だ。

『あらまあ、それでは仕方ありませんね。うち上層部はほんと相変わらず愚か、あの久杜和華代を怒らせるのですから』

「随分とかってくれるね。どうだい、今からでも遅くないだろ。とっとと仰ぐ旗を変えて、こっちに味方したらどうだい?」

『残念ですけど、たとえ上が腐っていても従うのが誠実な職員というものでしょう。戦って負けた後であれば、掲げる旗の違う組織に従っても良いのですが。最初から見限っては見苦しいだけですもの』

「あんたのそういうとこ、相変わらずだねぇ」

 老婆二人はモニター越しに笑いあう。

 両陣営に分かれ戦いながらも、独自回線で通話を行っているのである。もちろん外では多数の艦が入り乱れ、砲弾が飛び交い神魔装兵が鎬を削り激突するなど激しい戦いが繰り広げられている。

 だが、二人にとっては大した事ではないらしい。

『あらまぁ第五警備のドラゴンが愛咲ちゃんにやられてしまいましたね。あの子、エースとして名高い子でしたのに凄いわ』

「そりゃあたしの孫だからね。それに今は凄いやる気だから、ちょっと手強いよ」

『確かに、そちらの艦の皆さんって妙に士気が高くありませんこと?』

「当たり前さね、男を待ってんだからね」

『まあ羨ましい。ですけど、そろそろ降参した方が良いわ。大丈夫、昔の誼で私から上手く言うから。その代わり少しだけ県で働いて貰うわ』

 戦場は少しずつ動きクーデター側は海辺へと移動していく。つまり県庁から少しずつ追い払われているのだ。煌めく水面に突き出す古のビルの残骸が、クーデター側の運命を暗示していそうなぐらいであった。

「そっちこそ早いとこ降参した方が良いと思うけどねぇ……良い男ってのは、女のピンチに駆けつけるもんだからね」

 和華代は不敵に笑っている。


◆◆◆


「ニャンニャンっと、なかなか相手が減らニャいもんニャね」

「そうにゃ」

「こらー! 真似すんニャっ!」

「うん、分かった。ちゃんと前を見た方がいいよ」

 彩葉=ラミアは尾を振り、今まさにミシェ=ケットシーに襲いかかろうとしたコボルトをベシッと一撃吹っ飛ばす。さらに両手を合わせ火球を生み出し、グラマラスな胸をゆっさり揺らし投げつけ追撃までしている。

「ニャーッ、もうお腹いっぱいニャ! 疲れたニャ! しんどいニャー! こうなったら晟生の奴が戻ったらたっぷり味わせて貰うのニャ! もう自重しないのニャ!」

 もちろんミシェもエストックを振るい、ツチノコを串刺しに倒してみせた。

「自重……してたの?」

「なんニャその反応っ! あちしがあーんなにも自重してたの見てニャかったニャか!?」

「見てないにゃ」

「だから真似すんニャー!」

 叫んだミシェの注意がラミア姿の彩葉に向いた瞬間、隙をついた鬼が金棒を振り上げ襲いかかった。筋肉質な白肌に一応は虎縞ビキニの姿だ。

 辛うじて躱すミシェ=ケットシーであったが、地面に倒れ込み尻尾がぶわっと狸のように太くなり毛だって逆立っている。

 援護に行きたい彩葉=ラミアには緑肌の鬼が襲いかかっている。

「ニャー! 絶体絶命ニャー!」

「なんと言いますか、余裕があるように感じるのでございます」

 言葉と共に回転しながら飛んできた大鎌が白い鬼の体に突き刺さる。

 現れたのは銀の胸甲に漆黒ドレスに身を包んだ女だ。蠱惑的な笑みを浮かべ恭しく会釈をしたかと思えば、その手に大鎌を顕現させた。

「お、お前もしかしてニャんだけど……」

「どうもごきげんよう。こう見えましても私、再会を嬉しく思っておりますのよ」

「間に合ったニャか! 凄い早さニャ、輸送革命ニャ。このままニャと猫まんまの食い上げニャね」

「今回は若様のご下命により、大急ぎで参りましたので。輸送革命までは難しゅうございますね。ですけど高速輸送の一端としては、ありでございますね」

 靄之内の配下にして愛人となるミヨAKで、その操るヤクシニーで間違いなかった。横には鰐頭のセベクもちょこんと控えているのだが、両者が立つのは水面である。正確には水面より少し上、何か半透明な物体の上に立っている。

 そして――。

 水際に位置した警備隊の艦が大きく傾いた。

 太い触手が水中から何本も飛びだし、叩き付けるように巻き付き固く締め上げ艦の構造体を軋ませているのだ。そして海から半透明の半円形をした巨大生物が次々と姿を現した。

 あちこちの艦では、突如として出現した姿に動揺が広がっている。

 しかも巨大生物が空けた穴から、多数の海棲生物たちが艦へと移乗攻撃を開始しだせば海際の艦はパニック状態だ。

 それらを率いる立ち位置にいるのは小さな白い女の子であった。

 以前に見た時と姿形こそ変わらないものの、周囲を従えるような――強いて言うなら威厳のような――ものがある。

「フーコ悪イ子、マツノ飽キタ。晟生ドコ? 早ク探スノ!」

 駄々っ子のように手足を振り回せば、周りでは巨大な触手が水面を打ち爆発するように跳ね上がり、次期女王の命に急ぎ従いだす。あげくフーコは勢いよく走りだせば大きくジャンプ、セベクの頭に飛び移って足を踏みならす。

「フーコさん大人しくしていませんと」

 それにはミヨAKも困った様子だ。もちろん一番困っているのはセベクなのだが。

「イイノ、晟生探スノ。靄之内ノバカモ、イイト言ッタノ。ダカライイノ!」

「そうでございますか、バカ様……失礼若様が仰ったのでしたら仕方ありませんね」

「ソーナノ!」

「ですけど、晟生様はどうでしょうか。あの方、お淑やかな女性がお好きではないかと」

「ソーナノ?」

「ええ、きっとそうですよ。ですから静かに待ちましょう」

 頷くフーコにミヨAK=ヤクシニーは肌も露わな衣装で優雅に頷いた。そして手にした鎌で、そこらの艦を指し示す。

「さしあたり、あの辺りの艦を攻撃していただけます? 晟生様との再会にじゃまですので」

「ヤッチャエ!」

 フーコの指示で憐れな艦は海棲生物の集中攻撃を受け出した。

 そんな海からの加勢はあるものの、しかしクーデター側が有利になったかと言えばそうではない。それが味方であると知らされようと、それまでの敵対感情を捨て共に歩めるほど人間は器用では無いのだから。

 クーデター側は上手く連携がとれていない。

 海棲生物側も陸上の艦のどれが敵で味方かの判別がいまいちついていない。ミシェや彩葉の指示によって、少しずつ倒していく程度なのだから。

 そしてそんな戦場において黙々と戦い続ける戦乙女の姿があった。

「はぁっ!」

 前へと躍り出て風の如く四本の牙を持つ象に迫ったかと思えば、その勢いのまま槍を突きだし喉元を刺して捻って斬り払う。

 横から飛びかかる猿を柄の側で突いて蹌踉めかせ、返した穂先で地面にまで突き通す。それを踏みつけながら引き抜き、大きく回転させては糸巻きを持った女を袈裟に斬った。縦横無尽に駆け回る戦乙女の姿が、クーデター側の励みとなって支えている事は間違いない。

 それこそが愛咲=ヴァルキュリアだった。

 各警備隊の並み居るエースはヴァルキュリアを倒せば形勢が定まるとばかりに襲いかかり、そうはさせまいとクーデター側も援護に回る。まさに戦場の中心だ。

 しかし――。

「頭が痛い……けど、まだ大丈夫! あと少し頑張れるから!」

 神魔装兵と長時間一体化していると生じる精神的疲労によって頭痛がしてくるのだ。最近は不思議と生じておらず、まるでヴァルキュリアが協力し受け入れてくれているかのような感じであったが、しかし今回は流石に時間が経ちすぎていた。

 愛咲の気合いとは裏腹に、ヴァルキュリアの動きは鈍りだす。脳裏に戦乙女の姿がうまく描けなくなり、限界が近いことは間違いなかった。

 繰り出した槍が相対していた女神の盾に跳ね返される。

「ここで軍のトップエース!?」

 ランスと盾を構えるのは女神アテナであった。恐らくはここまで温存され、確実に愛咲を倒すため今まさに投入されたのだ。単なる傭兵部隊と戦術を持って戦う軍との違いは、まさにこういった点なのだろう。

「これ……まずいです……」

 襲いかかるランスを捌くものの、隙をついた攻撃は絶対の盾に防がれる。時間が経つ程に愛咲の頭痛は増していくばかりだ。その影響は如実にヴァルキュリアの動きを鈍くさせていく。

「次は避けられるかどうか」

 間合いを取ったアテナを見やり、愛咲は覚悟する。

 相手が動いたところで、銀色の閃き。甲高い音が響き、気付けばアテナの絶対とされる盾に白銀の剣が突き立っているではないか。その様に周囲の神魔装兵たちは驚愕さえしている。

 だが愛咲が驚くのは、もちろん全く別の理由だ。

 それは間違いなく、よく見知った形の剣であるのだから。

「遅れてごめん」

 その声はトリィワクスと、そこに所属する神魔装兵全員に届けられた。もちろんミヨAKやセベクも同じくで、そこを経由しフーコにも伝えられている。

 爆発的な歓声を受けつつ、現れた二体の神魔装兵と一体の生物兵器は戦場を塗り替えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る