第105話 それぞれの生き方 

 白い煌めきが一閃、藻緑色した触手がまとめて断ち斬られた。ボトボトと音をたて転がったそれらは、しばし地面で蠢いたもののやがて透けるように消えていく。

 その間にも晟生=アマツミカボシの猛攻は続いた。

「素手の相手に武器とか卑怯だわさ!」

「お前に言われたくない!」

 触手は振り回されるだけでなく、辺りの砂や岩などを投げつけてくるなど小技を弄する。特に砂は地面を叩いて浴びせかけてくるぐらいだ。いかにアマツミカボシとはいえど、生体を模した姿である以上は感覚器である目への攻撃は心理的にも嫌なものがあった。

 飛び退り、強く地面を踏みしめれば小岩が跳ねる。

 晟生はアマツミカボシとして浜樫のスキュラを睨み付けた。

 厄介な事にマンドラゴラが加勢に到着し、ますます面倒になりそうで――しかし、スキュラの触手はマンドラゴラの頭部の葉っぱに巻き付いた。そして、まるで引っこ抜くようにして持ち上げる。驚愕で目を見開く相手に構わず、そのまま剣のように握ったかと思うと振り回された。

「うわ……」

 アマツミカボシは反射的に剣で打ち払った。

 その身に刃を受けたマンドラゴラは途端に恐ろしい悲鳴を上げ、辺りに金切り声が響き渡る。しかし、スキュラは余裕の態度で再び剣のように構えてみせた。

「さしずめ魔剣マンドラゴラブレードだわさ」

「お前な……」

「こいつを酷い目に遭わせたくなくば、剣をお引き!」

「いやどうせ倒す相手なんだけど」

 晟生は言って、アマツミカボシの握る剣を一閃させた。スパンッと小気味良い音がしてマンドラゴラの根と言うべき足が断ち斬られる。休まず斬りつければ、その攻撃は全てマンドラゴラで受けられた。

 もちろん、その度毎に金切り声のような絶叫があがる。ただし伝承にあるように、叫びを聞いたからと言って死ぬ事はなにもない。死にそうなのはマンドラゴラのみだ。

「あーたはなんて酷いやつだわさ。こんなにも苦しんでるってのに、人の心ってもんがないの!? ちょっとは可哀想って思ったらどうだわさ!」

「だったら解放してやればいいじゃないか」

「どーして、あたしが武器を捨てなきゃいけないのだわさ。あたしはね、あたしの身を護る為なら何だってするわさ! こいつは素体コアになっても放す気はないわ」

 マンドラゴラは全身をなます斬りにされ、身体が半分ほどとなっている。白眼を剥きながら身体をビクンビクンさせ抗う気力すらないらしい。もう直に素体コアに戻るだろうが、浜樫は宣言した通り解放はしないだろう。

 頑強な素体コアであれば、いかにアマツミカボシの剣であろうと斬れはしないだろう。今まで散々斬りつけておきながら言うのも奇妙なものであるが、明確に人と分かる姿に斬りつけたいとは思わない。

「分かった、それならこの武器を捨てよう」

 晟生は手にした剣の持ち手をスキュラに向け、放り投げてやった。キラキラと光を反射する剣の姿は美しく、浜樫=スキュラの意識はそちらを追ってしまう。

 瞬間、アマツミカボシは前に飛び出す。

「そらっ!」

 意識を集中させた晟生の手中に剣が出現する。投げた剣とて、元は具現化させたものなのだ。同じように新たな剣を出現させればいい。発想自体は極めて単純だが、それを考え実行出来る者は少なかろう。

 下から斬り上げた新たな剣はマンドラゴラを掴んだ触手を断ち斬り、そのまま天を指した直後に両手握りに振り下ろされ、スキュラの肩から腹までを斬り開き臍の上で止まっていた。

 辺りが静まり、遠く空の大気の蠢く音が響いた。

 アマツミカボシはスキュラを足蹴にし剣を引き抜いた。

「終わりだな」

「ここであたしを倒そうと……いずれ第二、第三の機会に……」

 呟きながらスキュラの姿は光の粒子となって霧散し、出現した素体コアは地面に落下。砂地の上に半ば埋まるように激突した。同じくマンドラゴラも限界だったのだろう、素体コアに戻ると地面の上に崩れ落ちてしまう。

 その結末に、ソラチと白面のコンビと相対していた神魔装兵たちも次々と降伏をしだした。雇い主の浜樫が倒れたこともあるが、その卑怯な振る舞いに付いていけなくなった事の方が理由としては大きいのだろう。

 傭兵たちは、ソラチ=アマツミカボシの前で素体コアに戻り、さらにはそれを除装までして完全降伏している。そこまでするのは、やはり白面の存在が恐ろしいからだろう。


 その白面は小柄な――ただしそれは神魔装兵から見た姿としてだが――体躯でのしのしと地面を踏みしめ晟生=アマツミカボシへと向かって来た。

 その姿は堂々としている。

 数多の艦や神魔装兵を倒し賞金までかけられた存在ではあるが、晟生にとっては何度も助けてくれた頼りになる相手だ。すっかり安心し、アマツミカボシから素体コアへと戻ると一直線に白面へと向かう。

 その戦闘すら出来る装備のまま飛びつかんばかりの勢いで迫る晟生に対し、しかし白面は静かに受け止めてくれた。どうやら晟生が攻撃してくる事はないと判断しているらしい。

「白面、助かったよ!」

「……晟生」

「うん、ありがとう。来てくれて嬉しい」

「晟生……晟生……」

 錆びた金属を擦り合わせるような声で白面は繰り返し呟き、その鋭い爪のある手を伸ばし、素体コアから覗く晟生の頭に触れた。たとえ素体コアを着用していようと晟生を軽々と殺せるであろうが、その手つきは優しいものだ。もちろん晟生も全く警戒すらしていない。

 素体コア状態のソラチが傍らに降り立った。

「家と墓は無事だったぞ。他の場所に被害は出ていたようがな……」

 そして白面に纏わり付く晟生の姿に、何とも言えない顔をした。ただしそれは苦しそうで哀しそうで辛そうな顔だ。

「晟生よ分かってやれ」

「ああ、ごめん。少しはしゃぎすぎた」

「そうではない。白面が言っているのは――自分の名だ」

「……え?」

 ソラチが何を言っているのか、晟生には理解出来なかった。白面が繰り返し呟いては呼びかけてきているのは晟生の名である。しかし、そうではなく自分の名を告げているのであれば、その意味は――頭が理解を拒んでいる。

「言っただろう。空知晟生は非合法な研究に使われたと」

「…………」

「こいつも俺たちと同じく空知晟生の記憶を持っている。それがどの程度なのかは知らない。だが、生物兵器として二百年以上を生きた空知晟生がいる」

 姿を奪われ発声すら忘れる程の状況で、それでも記憶だけは摩耗させず生き抜いてきたという事になる。

 出会った時に『晟生』と言ったのは、呼びかけではなく自分の名を告げていたのだ。それに気付いた晟生は、何とも言えない気分になってしまう。

 ソラチはアームの指先で晟生の着装する純白の装甲を小突いた。

「ついでに言えば、俺たちの着装している素体コアも空知晟生から培養されたニューロンとシナプスが組み込まれている。そこに記憶があるかどうかは知らないがな」

「……どこもかしこも空知晟生か」

 晟生はポツリと呟いた。

 しかしソラチは否定するように笑った。

「全員が空知晟生ってのは、どうだかな。俺とてクローンと言いつつ、身体的には多少の違いがある。白面は全く違うし、お前も違うだろ」

「そうだね、この身体は随分と外見が変化しているからね」

「お前は単なるクローンじゃないぞ。記憶を保持していると言っても、厳密な意味では空知晟生ではない。自分で気付いていないのか?」

「えっとなにを……」

「お前は空知晟生の意識や記憶を保持しているが、身体感覚に違和感はなかっただろ。それがおかしいとは思わないのか?」

 かつての『空知晟生』と同じ姿をしたソラチと晟生が並べば、大人と子供ほども体格差がある。当然だが手足の長さだって違う。

 ある日突然に身体が変わってしまえば――喩えとしてはよろしくないが、交通事故で身体を欠損すれば――元通りに動けなくなる。長いリハビリ期間を経て、少しずつ身体変化と感覚とを擦り合わせていく必要があるだろう。

 しかし晟生は最初から全く問題なく動くことが出来た。まるで慣れ親しんだ身体のように。

「お前の口調や喋り方。それは空知晟生とは違うはずだ」

「そうかな……」

「言っては悪いが、かなり子供っぽい」

「…………」

 思い出せば、この世界に覚醒した最初はもっと別の話し方――それは今のソラチと同じような――をしていた。ものの考え方も根幹は変わらないが、かなり楽観的で不注意や軽率になった気がする。それは、まるで経験の浅い子供のような感じだ。

「それも無理ないな。なにせお前は、この世界で覚醒した以降を含めたとしても、まだ十年も生きていないだろうからな」

「は?」

「その姿と同じ存在の者はな、素体コアと完全同調するように調整されたセオシリーズの一体のはずだ」

「…………」

「遺伝子上は空知晟生でも、開発者の趣味で外見が弄られている。本来のお前は、誕生すると同時に急成長させられ、後はひたすら指示に従って戦うだけの存在だ。本当の意味での戦闘マシーンとしてな」

「そ、そんなセオシリーズって……」

 流石にクローンである事は理解していたが、まさか自分がそんな存在とは少しも思っていなかっただけにショックだ。

「ねえ、セオシリーズって事はだよ。もしかして大量生産品!?」

「気にするところは、そこか」

 ソラチが呆れ交じりの声を出せば、白面が低い音で喉を鳴らした。どうやら笑っているらしい。

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