第104話 白白白
孟子曰く――天時不如地利、地利不如人和。
つまり絶好の機会は地理的条件には及ばず、地理的条件は人の和には及ばないという事だ。その語を省略したものが天地人となり、天の時地の利人の和こそが戦いに勝つ三条件とされている。
天の時は奇襲を受けた事で奪われた。
地の利は背後に守るべき村があるため奪われた。
人の和は同じ心のため得ている。
それらからすると一勝二敗の状況となっており、さらに数の上で相手は十数体と五倍以上の差がある。つまり晟生とソラチの置かれた状況を簡潔かつ的確に表現すれば、圧倒的不利という事だ。
「さあさあ、あんたたちは投げ続けなさい。そうすりゃ勝てるだわさ」
次々と飛んで行く残骸を目で追い晟生=アマツミカボシは憤った。
そちらには故郷の村があって自分の――少なくとも気分としては――末裔たる者が暮らしている。何より両親の眠る墓だってあるのだ。戦いという状況であっても、人として最低限守るべきルールがそこにあると思うのは甘いのだろうか。
「卑怯だぞ!」
「この世は勝てば官軍負ければ賊軍! 一度負ければ泥を啜り草を食い、人に罵られ踏みにじられる。あたしはね、その中を生きてきたんだよ!」
「だからって、こんな卑怯なやり方をするのは狡いじゃないか!」
「狡いですって!?」
浜樫の声が凄みを帯びた。
「あーたに何が分かる! あたしは見栄も悪けりゃ頭だって悪い! あたしみたいな人間は永遠に底辺なんだわさ! でも、あたしはあーたらの奴隷じゃない!」
「いきなり何を……」
「普段はあたしを蔑んでおいて、あたしがのし上がりだせば卑怯だと文句を言う! あたしが必死になって考えれば、自分たちが決めたルールと違うから狡いと言う! 卑怯なのはどっちだわさ!」
「…………」
晟生にはその気持ちが理解出来てしまった。
世界は不条理で不公平だ。
産まれた時点の環境で人生の先行きが決まり、それを覆すことは並大抵ではできやしない。あらゆる場所で平等や公平が唱えられるわりに、どんな場所でも優劣が存在し下の者は踏みにじられる。一方で、そうした下の者が何かのタイミングで成功し上手く行きかけると、とたんに平等や公平が唱えられ出る杭は打たれるで潰されてしまう。
この浜樫はそれを味わい、今まさにそれに抗って必死なのだ。
だからと言って、やっている行為を許容できるものではないのだが。
「あたしがあたしを踏みにじってきた連中と同じ事をして、あたしだけがどうして批難されなきゃいけないだわさ!」
浜樫=スキュラの振り回す触手の勢いは感情を込めてか、極めて激しい。防御した腕が弾かれ、よろめいた処に次なる一撃をくらい晟生=アマツミカボシは転倒した。巨体の激突した衝撃で小石や砂が勢い良く跳ね上がる。
追撃しようと迫った触手を白銀の剣が薙ぎ払い斬り飛ばす。
「晟生! 口を動かす前に手を動かせ! こいつらを倒した方が早い!」
ソラチ=アマツミカボシは残骸を今まさに投げようとするゴーレムに突進した。
「あーたたち相手にする必要はないだわさ! 散開しながら投げて攻撃するのよ! そうすりゃ勝てるわさ!」
「させるかっ!」
逃げるゴーレムに追いすがったソラチが剣を振り上げ、しかし横から突っ込んできた来たケルピーの体当たりを受け狙いは外れる。それならばとケルピーを相手にすれば、デスストーカーが援護に入り他の装兵も加勢する。
臨時で集められた傭兵とは思えない程、上手く連携を取っての攻撃。さらにゴーレムが投擲を開始した事で、いくら口でどう言おうと、そちらに気を取られてしまうソラチは劣勢だ。
そして晟生は浜樫と対峙していた。
以前に圧勝した相手だ。しかしそれは怒りにまかせ、許せないとの思いを全力でぶつけての戦いだった。だが、もしここで同じように全力で戦ったとしたらどうなるか。
かつてアマツミカボシの放った力の奔流が山一つを消し飛ばした情景が思い出される。いざそれを使おうとすれば浜樫の事だ、すかさず移動するだろう。つまり、晟生が守りたいと思っている場所が背後となる場所に。
「くそっ、また!」
調子に乗ったゴーレムが投げた残骸は一際大きい。
スキュラの触手を捌くだけで精一杯で、晟生にはそれを目で追う事だけが精一杯だ。もちろんソラチも多数の神魔の相手で同じ状況だった。
残骸は山の向こうへと飛んでいき、しかし空中で弾き飛ばされた。
こちら側の山肌に撃墜した残骸は土砂を削り岩を砕き、何度も跳ねながら転がり落ち、下の麓で数度跳ねてから砕けてしまう。だが、誰もそちらを見てやしない。
皆が注目するのは、青空を背景に勢いよく落下し、ズシンッと着地した存在だ。
「なんだわさっ!」
砂煙の中に身を起こすのは、神魔たちに比べれば遙かに小柄。人とさして変わらぬ長身は白くスリムな身体つき。腰まで届く白髪を揺らし、ゆっくりと上げた顔は面のように滑らかなものだ。以前は失われていた腕もすっかり元通りとなっている。
「は、白面!? またっ!? 伝説の賞金首がどうして何度も出てくるんだわさ!」
さしもの浜樫も怯みをみせる。
白面は艦崩しとの異名すら持ち、人に近い体躯で神魔装兵に匹敵する戦闘力を持っている。前回の時も同じように出現しており、形勢逆転の契機となった存在だ。
「――――!」
白面は両手を広げ白髪を振り乱し、その名の由来となった面のような顔を般若の如く歪め、鋭い牙を剥き声なき咆吼をあげる。巨大な神魔たちの間では小さな存在だが、スキュラですら怯む迫力があった。
「晟生よ、言っておくがこいつは――」
「分かってる味方だよ!」
「……ああ、その通りだな。さあ、俺たち三人で戦うぞ」
ソラチの声が届いたのか、白面はそのタイミングでゴーレムへと突撃した。残骸が投げつけられるが、それを軽快に躱し一足飛び迫り跳び上がり取り付く。軽々とよじ登る姿に恐れをなしたゴーレムは腕を振り回し自らの身体を叩き、激しい打撃音が響いた。
誰もが目を奪われる中で白面はゴーレムの頭部に到達。その口を怪力にてこじ開ける。
「うわっ……えぐい……」
思わず晟生が呟いたように、白面の白く滑らかな身体はするりと口から中へと入り込んでしまう。後は――身を仰け反らせ、地響きをさせ転倒したゴーレムは地面の上で悶絶し激しくのたうち回る。
その姿に、他の神魔装兵たちは恐怖した。
やがて大きく突き上げられたゴーレムの胸が盛り上がり、中から裂け白面が這い出してきた。まるで古典名作映画のエイリアンが登場したような様子だ。
「流石、やるじゃないか」
余裕を取り戻したソラチは呟き、軽く身を仰け反らせ巨大な蠅バアルゼブブの体当たりを回避した。先程から何度も細かく体当たりを繰り返しており、その羽音も含め極めて鬱陶しいものだ。
さらに迫る姿にソラチ=アマツミカボシは剣を片手に握る。
「こちらも片付けさせて貰おうか」
呟き迫ったバアルゼブブに斬りつける。だが、それはこれまで同様に軽々と避けられ――瞬間、反対の手を下に突き出す。
「この場合は見切ったと言うべきか。お前は下に回避する癖があるな」
今までは周囲からの攻撃もあって対処出来なかっただけで、落ち着いて集中しさせすれば簡単な事だ。叩き付けられた地面で細かに羽を震わせ、同じ場所をぐるぐる回転するバアルゼブブへと剣を突き立て、さらには力一杯腹を踏みつけ潰してしまう。
瞬く間に二体の神魔装兵が素体コアへと戻り、完全に戦意を失い少しも動かなくなった。
傭兵である神魔の群れは形勢が悪くなれば
「あーたたち怯むんじゃないわよ! 所詮そいつらはあんたらの中でも最弱だわさ、あっさりやられてしまうとか神魔装兵の恥さらしだわさ!」
「浜樫さんの言う事は少し共感できる。だけど、その上で倒させて貰う」
晟生=アマツミカボシは虚空へと手を掲げ、そこに出現した剣を力強く掴んだ。
「戦いなんてエゴとエゴのぶつかり合い。だったら、うちの家や墓を荒らそうとした事を許さない!」
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