間接探偵が事件を解決しない、最初の事件簿
ちびまるフォイ
犯人は……どこかにいる!!
「あの、これなんでしょう……?」
間接探偵はカーペットの裏にあるシミを見つけた。
それを見た館の生存者たちはそれぞれ考えを巡らせる。
「なんでこんなところにシミが……?」
「普通じゃこんな場所にシミつかないし。それに裏ってことは――」
「犯人はこのカーペットを裏返したんじゃない!?」
全員の目がはっと開かれて、視線は館の使用人へと注がれた。
「この館で誰にも怪しまれずに作業ができるのはあなたしかいない!!」
使用人は観念したとばかりに犯行動機をぽつりぽつりと語り始めた。
「悪気はなかったんだ……。ただあいつが髪型似合わないと言ったから……」
かくして、姥捨て山老人館殺人事件は静かに幕を下ろした。
「いやぁ、間接探偵さん、今日もお手柄でしたなぁ」
「いえいえ、私はなにもしてないですよ。
推理も犯人あてもできないですし……」
「なにを言いますか。あなたの"気づき"の力で
これまでいくつもの難事件をたちどころに解決してきたんでしょう」
「周りの人に助けられてですよ」
「相変わらずの謙虚ぶりですなぁ」
警察がどんなに持ち上げても間接探偵は恐縮ですとばかりに縮こまる。
「私は、誰かを傷つけることはおろか
誰かに名指しで"あんたが犯人だ"といえる勇気もありません……」
「その代わり、あなたの人並外れた発見力とアドバイスがあるのでしょう」
間接探偵は「超絶人見知り症候群」という不治の病を母胎の時点で発症。
生まれた瞬間に産声を上げる寄りも先に看護師に人見知りしたほど。
そんなハイパー社会不適合者のため、
肉体的な暴力から精神的な罵倒はことごとくできない。
「で、間接探偵さんに行ってもらいたい場所があるんです」
「はぁ……どこですか?」
「九つ墓家という屋敷で殺人事件が起きるんですよ」
「えっ。なんでわかるんですか」
「ジカンノツゴウセンサーというものがありましてね」
「未然に防ぎましょうよ」
「未来を変えることはできないのですよ」
警察の怠慢という言葉を口にすることは間接探偵にできなかった。
Noといえない日本人を究極進化させた探偵はしぶしぶ屋敷へと訪れた。
屋敷の住人と、宿泊客が顔を合わせてなんやかんや自己紹介を終えた翌日。
「キャアアアア!!」
セットされた目覚まし悲鳴で目が覚めた。
悲鳴のほうに向かうと、屋敷の部屋の中で宿泊客のひとりが殺されていた。
「ひ、ひどい……足の小指をぶつけて死んでいる……」
「みなさん、離れてもらえると現場があれないのでいいかなと思います……」
間接探偵は現場を探ろうと控えめに声をかけた。
「あんたは誰だよ」
「えと、私はその……間接探偵と言われています……」
「なんだって?!」
全身黒いタイツに身を包んだ男は驚きのあまり声をあげてしまった。
焦りのあまり脇汗のシミがタイツに広がる。
その夜、犯人はタイツのまま風呂に浸かりながら自分の不幸を嘆いていた。
「くそっ……自殺で処理されて片付くはずだったのに。
あの有名な間接探偵が来たんじゃ、小さなヒントに気づかれて
俺が犯人だとじわじわ特定されるパターンじゃないか!」
風呂から出た犯人はいら立ち紛れにお酒を飲んだ。
「いったいどうすればいいんだ……」
――コンコン
「誰だ!?」
『間接探偵です。今お時間よろしいですか?』
ここで変なことをすればバレると思い、犯人はドアを開けた。
「今朝、犯行現場を見て気づいたんですが
どうしてあなたは死体よりも私に驚いたんですか?」
「うっ!!」
犯人のタイツが汗でにじむ。
「すみません、変なことを聞いてしまいまして……。
あの現場に糸くずが落ちていたんですが、なんでしょうね」
「あばばばばば」
犯人の黒タイツがみるみる白くなっていく。
「あ、すみません。こんな夜中に迷惑でしたよね……帰りますすみません……」
間接探偵が去ってからも緊張は収まらなかった。
誰かを怪しむことすらできない間接探偵なので、特定はできていないのだろう。
けれど、あれだけ物的証拠に気づかれてしまえば万事休す。
「ど、どうしよう……このままじゃ
間接探偵のアドバイスでみんなに俺が犯人だと――ん? 待てよ?」
追い詰められた犯人は逆転の発想を思いついた。
「そうだよ! 間接探偵は気づくことはできるが名指しはできない!
だったら、探偵以外の人間を処理してしまえば、推理役はいなくなるんだ!!」
間接探偵は1人なら、ただの根暗な卑屈人間。なにも恐れることは無い。
犯人は早速その日の晩に犯行に及んだ。
推理されうるすべての人間を薬で眠らせて地下に閉じ込めた。
「ふはははは!! なにが間接探偵だ! これで推理できる奴はいない!
いくら証拠に気づこうと、ヒントになるアドバイスしようと無駄だ!!」
犯人は勝ち誇った。
もはや間接探偵の無力化に成功した。これで事件は完全に迷宮入り。
最初の事件の通報で警察がやってくると、迷わず犯人に手錠をつけた。
「バ、バカな!? いったいどうして俺が犯人だとわかったんだ!?
警察のやつらに間接探偵がなにか話したのか!? そんな時間はなかったはず!!」
犯人は推理パートをすっ飛ばして逮捕劇に至ったことで慌てふためいた。
警察はあきれたようにため息をついた。
「バカはお前だ……。
この屋敷にお前以外誰もいなくなったら、
消去法でお前が犯人以外に考えられないだろ……」
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