第37話 再会

「デミル村からの難民……だと?」

「はい。私は魔術師ギルド所属のアンドレ。隣にいるのが冒険者ギルドの職員であるヒルダといいます。私たち二名はバラッグのギルドよりそれぞれデミル村に派遣されておりましたが、先日魔物を率いた魔族の一団の襲撃を受け、後ろにいる4名の村人を残して壊滅。その事を領主様にお伝えするために、こうして急ぎ戻ってきた次第であります」

「ちょ……ちょっと待ってくれ」


 アンドレの説明に対応していた衛兵は右手で制止する仕草を見せると、隣で立っていたもう1人の衛兵に何事かを耳打ちして向き直る。

 耳打ちされた衛兵は小さな関係者用の門をくぐって姿を消したので、恐らく、上司にでも報告にでも行ったのかもしれない。


 場所はバラッグの街の正門前。

 レオン達一行はようやく目的地であるバラッグまでたどり着くと、街の中に入るためにアンドレが交渉している真っ最中であった。


 ちなみに、その際に身分証を提示できたのはアンドレ、ヒルダ、カリンの三名のみで、レオン、アイリス、ソニンの三人に関しては、身分証も持たずに命からがら逃げてきた一村人として説明していた。


 理由としては、どうも姿を消したリズが今回の襲撃でレオンを死んだことに見せたいような動きを見せた事。ならば、相棒であるアイリスも一緒に死んだ事にしたほうが自然だろうという考えからだった。


 そうは言っても、本当にリズがそんな事を考えていたかどうかも、そう思っていたとしてもどうしてそう見せたかったのかもわからない状況ではあったのだが、今は考えに乗っておくほうがいいだろうというのが全員の一致した意見だった。


 ソニンに関しては単純に彼女の身柄を守るためだ。

 もしも今回の襲撃事件が教団の主導で行ったことであるならば、あのタイミングで派遣されたソニンは明らかに捨て駒だろう。

 そうなると、生きていると知られた場合面倒な事態になる事は容易に想像できてしまったのである。


 そういった理由から、レオンはマルクス、アイリスはカナリア、ソニンはライラと名乗っていた。全て村に実際にいた人間の名前であり、見た目の年齢に関してもそれぞれ近かったので拝借した。

 いくらなんでも、そこまで詳しく調べるものもいないだろうとの判断からである。


「お前たちの話はわかった。だが、事が事だけに私の判断のみではどうにもならんのでな。許可が下りるまでの間は詰所の中で待っていてもらえないか? それから、身分が証明できた3人は不要だが、残りの3人に関しては身分が証明できるまでの一時金として、一人あたり銀貨一枚を預かりたい。すまんがこれも規則でな……」

「いえ、構いませんよ。丁寧な対応感謝します」


 申し訳なさそうにそう告げてきた衛兵に対して、笑顔で銀貨三枚を受け渡すアンドレ。

 どうにも、衛兵の対応からデミル村の惨状はある程度伝わっているのでは? と、レオンは何となく感じていた。


 やがて促されるままに詰所に招き入れられ、ひび割れた木製のテーブルを囲んだ椅子に腰を落ち着けると、木製のコップに水を入れて運んできてくれた若い衛兵にレオンは先ほどの疑問を投げかけることにした。


「何だか随分と親切にしてもらって申し訳ないですね。ひょっとして、デミル村が壊滅したことを知っていたのですか?」

「え? ああ、その事か。実は噂程度だけど、セクターの町からの商人や冒険者たちからそういう話は出ていたんだよ。なんでも、ある日の夜にデミル村の方向の空が真っ赤に染まったとかで。その件で領主様も調査の為の部隊を組むというお話を出すくらいで……。でも、君たちが報告に来てくれたのならそれは無くなるかもしれないね」


 何やらホッとしたように話す若い衛兵の態度に、レオンはもしかしたらこの衛兵はその調査団に組み込まれていて、それが嫌だったのかもしれないと予測する。

 最も、襲撃された事が事実だと判明したとしても、調査自体はするだろう。

 そうなると、この衛兵の安堵の気持ちも一時的なものとなるだろう。


「調査団ですか。しかし、何故態々領主様自ら自前の兵を組んで調査に行くんです? それこそ、冒険者にでも任せればいいだけの話では?」


 ギルド職員でもあるヒルダに視線を向けてそう言ったレオンの指摘に、若い衛兵は深く頷きながらも暗い声で答えた。


「本来ならばそうなんだろうけどね。ここだけの話……いや、既に噂なんてレベルではないくらいに広まってるから公然の話になりつつあるんだけど、どうもこの街のギルドマスターと冒険者が一人、何者かに殺されたらしい。そのせいで今のギルドはゴタゴタしてて、どうにも上手く仕事が回っていないようだよ」

「あら。セクターのギルドで此方の状況を聞けなかった理由はそれでしたか」

「そうです。おそらくですが、貴女がギルドに戻ってもあまり相手にされないかもしれませんよ」


 若い衛兵の話にヒルダが反応し、納得したように頷いた。

 出発時にヒルダが懸念していた状況に実際になってしまっているようだった。


「そんな事があったんですか。それで、領主様はご無事なんでしょうか?」

「変な事を聞くね。心配しなくても領主様は無事さ。ギルドマスターが殺されたと言っても領主様とは無関係だからね」


 レオンの問いに衛兵は少しだけ怪訝な表情を見せるも、軽い調子で答えてくれる。

 領主が殺される前にレオン達がバラッグの街にたどり着くのが早かったのか、それとも教団にとっては領主までは殺すつもりが無かったのかどちらかなのかは分からないが、少なくとも、自分たちの話を信じてくれるであろう人間が生きていた事にレオンは少しだけ安堵した。

 流石にあそこまでわかりやすく関わっておきながら、今更関係ないとは言わないだろう。

 そのへんのところはサイモンも報告しているはずなのだから。


「待たせたな。入街の許可が下りたから、街に入って構わないぞ。ただ、その前にちょっと会いたいって人がいてな……」


 若い衛兵とレオンが情報のやりとりをしていたところに、街側の扉を開けて入ってきたのは最初に正門の前で入街の対応をしてくれた衛兵だった。

 くるりと部屋の中を見回し、アンドレを見つけると傍に寄ると、申し訳なさそうに軽く頭を下げる。


「会いたい人……ですか? ひょっとして、どちらかのギルドマスターですか?」


 ヒルダに目線を送りながら発したアンドレの問いに、しかし、衛兵は首を横に振った。


「違う。領主様だ。なんでも、今回の事件のあらましを聞いておきたいんだそうだ。外には既に馬車も来ている。すぐにでも向かうといい」

「そうですか。色々とありがとうございました」

「いや、構わんよ。俺の名はレムナントだ。何か困ったことがあったら来るといい」


 衛兵の好意にレオン達はそれぞれ礼を言って扉をくぐる。

 薄暗かった室内から太陽の降り注ぐ外に出た事で目を細めて右手で目元を翳すレオン。

 

 そう。

 

 あくまでその行為は日差しが眩しかったから取った行動であって、目の前の人物に何か思うところがあったわけではない。


「いよー久しぶりだな兄ちゃん!! 領主様んところまでの案内はこの俺様がする事になったからよ! ドーンと大船に乗ったつもりで頼ってくれや!」


 身にまとった僧服につるりと剃り上げられたハゲ頭。

 鍛え上げられた体躯に両腕にはめられた手甲が太陽の光を浴びてギラリと光り、その手をレオンに向けておいでおいでしている無骨な男。


 以前レオンと戦い、敗北して帰っていった冒険者サイモンがそこにいた。



◇◇◇



「それにしても災難だったなぁ……」


 馬車に揺られ、領主邸に向かっている車内でサイモンがしみじみとレオンに声をかける。

 現在レオンの対面にはサイモン、その隣にカリンが座っており、レオンの左隣にはアイリス。

 他の三人はこの場にはいない。人数も多かったことから馬車は二台に分けられて、先頭の馬車に領主の使用人と共に揺られている。


「災難とかそういうレベルじゃないですよ。住人は俺たちを残して全滅。村の施設は殆ど燃え尽きて使い物にならない……。これってバラッグ領の開拓事業からしても重大な損失ですよね?」

「だなぁ……。そう言えばお前新居を建ててたよな? 流石にもう完成したか?」

「……人の話聞いてました?」

「……そうか。災難だったなぁ……」


 レオンの言葉にサイモンは腕を組むとうーんと唸り声を上げる。

 しかし、それも長く続かずレオンとアイリスに交互に目を向けた。


「そういやあ、お前ら何で偽名なんか使ってるんだ? 最初名前を聞いたときに思わず『誰だそりゃ?』って聞いちまったじゃねぇか。アンドレとヒルダの名前が上がったからわかったがよ」


 サイモンの問いにレオンは一瞬どうしようかと考えてアイリスに視線を向けるが、アイリスの方はどうでもいい話らしい。

 レオンに対して心底どうでもいいという視線を返してきた。


「……まあ、色々ありまして。俺とアイリスに関してはあの村で死んでしまった事にしてしまった方が都合がいいと判断したんです」

「ほう。そいつは領主様に対してもか?」


 気のせいかサイモンの瞳が一瞬ギラリと光ったように感じたレオンであったが、考える素振りも見せずに首を横に振る。


「いえ。本当ならばそうしたかったんですが、領主様のご令嬢に俺達2人は見られてますからね。下手な小細工はしない事に決めました」

「そいつが正解だぜ」


 サイモンの言葉にレオンは不思議な物を感じて目を向けるが、当のサイモンはそんな事は気にしないとばかりに視線を窓の外に向けると親指を外に向かって向けた。


「名残惜しいがどうやら雑談もここまでだな。見えるか? そろそろ到着だ」


 サイモンの言葉に釣られるようにレオンは首を外に向け、そんなレオンの肩に両手が、頭に何やら顎のようなものが乗せられる。

 確認するまでもなくアイリスだろうが、レオンは特に指摘もせずに窓の外に広がる景色に目を向けた。


「あれがこのバストール王国バラッグ領の領主。バラッグ男爵の住むお屋敷だよ」


 レオンの視線の先に見えるのは成人男性2人分以上の高さは優にあるだろうと思われる石造りの外壁に、巨大な金属製の門。

 現在その門は先頭の馬車を受け入れる為に開かれた所で、その門から先に建てられたレンガ造りの立派な邸宅が見て取れた。


 どうやら、ようやく今回の一連の事件の発端の一人とも取れる人物に会う事が出来るらしい。

 レオンは無意識のうちに拳を握り、そのその邸宅を真剣な眼差しを向けていた。


 そして、そんなレオンを見ながら、サイモンは何故か新しい玩具でも見つけたような笑みを浮かべるのだった。

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失格剣士は何でもします 路傍の石 @syatakiti

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