第3話

 舞踏会から一夜明けた翌日、世間の話題は一つのことで持ち切りだった。


「昨日お城で開かれた舞踏会を狙ってテロがあったんだって」

「王室は威信にかけて犯人を捕まえると言っているそうだ」

「犯人は捕まったら間違いなく死刑だな」


 口々に飛び交う噂話を、渡すは青ざめながら聞いていた。


「どうしてくれるのよ、このままじゃ玉の輿どころか命の危機じゃない!」

 顔を覆いながら泣き叫ぶ。その横には今日も私の所にやって来た魔女ちゃんがいた。


「私もお婆ちゃんに怒られちゃった。だけど罰として三日間おやつ抜きなんだよ、酷いと思わない?」

「知らないよおやつなんて!私の人生返してよーっ!」


 だけどそんな私の嘆きは誰にも届いてくれない。例えばそう、昨日何があったかなんて知らない継母や義姉は今日も私をこき使う。


「ほらシンデレラ、さっさと掃除しな。それに洗濯と食事の用意も」

 クスン、本当ならもうすぐ王子様が迎えに来るはずだったのに。


 そうして家事をしている時だった。家の前にある広場が急に騒がしくなる。何だろうと思って手を止めて外を見ると、そこにはお城の兵隊さんが集まっていた。

 外に出て様子を窺うと、兵隊さんの一人が周りに聞こえるように声を上げる。


「諸君、知っての通り昨日お城の周辺で爆発物によるテロが発生した。我々はその犯人を捜索中である」


 やっぱり。兵隊さんの言葉を私は震えながら聞く。さらに兵隊さんはあるものを取り出すと、それをみんなに見せた。あっ、アレは……


「あれってカボチャの靴だよね」


 魔女ちゃんが言う。そう、兵隊さんが持っていたのは魔女ちゃんが出して私が履いていたカボチャの靴だった。

 そうだ、確か馬車に向かう途中お城の階段で落としたんだった。


「この靴は城の門番が犯人と勇敢に戦った末に奪い取ったものだ」


 えっ、門番さんって横暴でちょっと脅かせばすぐに震えていたあの人?勇敢に戦ったってことになってるんだ。


「だが残念な事に門番は犯人の顔は覚えていないそうだ。おそらく忘却の魔法でもかけられたのだろう。卑劣な犯人だ」


 いやいや、そんな魔法なんてかけて無いよ。ほら、魔女ちゃんもフルフルと首を振っている。たぶん門番さんは恐怖のあまり忘れてしまったんでしょ。

 だけどそんな心の叫びが兵隊さんに届くわけも無かった。


「しかし、この靴さえあれば犯人も分かる。この靴をピッタリ履ける者こそテロの犯人だ」


 靴のサイズが同じ人なんてたくさんいるよ。なんて突っ込んではいけない。そんなことを言い出したら元々のシンデレラのお話だってそうなんだ。


「さあ、一人一人順番にこの靴を履いていけ」


 兵隊さんの号令の下、整列させられる街の人達。もちろん私もだ。これはマズい、非常にマズい。

 もし私があの靴を履いたら、当然ピッタリ合う。そしてテロは私の仕業だという事もばれ、最後は打ち首獄門に…


「そうだ、姉さんから掃除をするように言われてたっけ」

 何とか理由をつけてその場から離れようとするけど、そんなので上手くいくはずもない。


「待て、どこへ行く」

 兵隊さんに泊められて逃走はあえなく失敗。そうしている間にもカボチャの靴は次々に町の人達に履かれていき、とうとう私の番がやって来た。


「…次」


 こうなったらもう覚悟を決めるしかない。ああ、私の人生終わった。

 絶望的な気持ちになりながら、私はゆっくりと靴の中に足を入れた。


「……あれ?」


 靴を履いた瞬間違和感があった。何だか微妙にサイズが合わないような気がする。


「お前も違うな。次の者、来い」


 兵隊さんはすでに私に興味を失ったようで、淡々とした様子で次の人を呼ぶ。これって助かったんだよね?


「いったいどういう事なの?」


 あのカボチャの靴はたしかに昨日私が履いていたものだ。なのに今はサイズが合わない。

 首をかしげていると、再び魔女ちゃんがやってきて言った。


「分かった!あの靴ってカボチャで出来てるでしょ。そんなのが沢山の人に踏まれたら形も変わるよ」

「そう言えば」

「それに人の足の裏って雑菌で一杯でしょ。腐食だってしてると……」

「それ以上は止めて」


 もし靴がガラスでできていたなら、きっとそう簡単に変形する事も腐ることも無く私の足にピッタリ合っていただろう。元々あのカボチャの靴は魔法の失敗で出来たものだったけど、今となってはそうなって本当に良かった。


「じゃあ私は犯罪者にならずにすむんだ」

 思わぬ結果にホッと胸を撫で下ろした。


 だけど次の瞬間、突如後ろの広場がざわついた。続いて兵隊さんの声が聞こえてくる。


「この女、靴がピッタリだ。さてはお前が犯人だな!」

 えっ、あの靴がピッタリな人がいたの?でもそれって冤罪だよ。


 どこの誰かは知らないけど、もしこれで捕まってしまったらあまりにも可哀想だ。そう思いながら兵隊さんに取り押さえられている女性を見た瞬間、私は声を上げた。


「あれは、義姉さん!」


 何と渦中の女性は、普段から私をこき使っていた義姉さんだった。


「違います、何かの間違いです!」

「黙れ、この靴が何よりの証拠だ!」


 必死に抵抗する義姉さんだったけど、兵隊さんは聞く耳を持たない。そればかりか近くにいた継母にもその目を向けた。


「家族も怪しいな。よし、こやつも引っ立てい!」

「そんなーっ!」


 あっという間に捕まってしまった義姉と継母。家族も怪しいという事で、兵隊さんは私の所にもやって来た。だけど…


「あの、私は普段から二人に苛められ除け者にされています。舞踏会にも言っていないので無関係です」


 私は昨日二人に置いてけぼりにされ、ずっと家にいたことになっている。これを利用しない手はない。


「そうか。なら捕まえるのはこの二人だけでいいな」

 こうして私はアッサリ無関係ということになった。本当は当事者なんだけど。

 一方そうしている間に継母と義姉は縄をうたれていた。


「待って下さい、私達は本当に何も知らないんです!」

「お慈悲を、どうかお慈悲を!」


 口々に無実を叫ぶけど、兵隊さんには通じない。


「ええい、申し開きは城で聞く。引っ立てい!」

 こうして二人はテロの容疑者として連れて行かれてしまった。



「何だか二人に悪いことしたね」


 全てを見届けた後魔女ちゃんが言う。確かに私もこれには少し良心が痛むけど、今更どうしようもないよね。


「まあ、意地悪な二人がいなくなったんだから良いかな」

「わぁ、シンデレラさんけっこう酷いこと言うね」

「いい、魔女ちゃん。童話って言うのは少なからず残酷な面があるものなのよ」


 こうして、何とか捕まらずにすんだ私は家へと帰って行く。イジワルナ継母と義姉のいない家に。


 結局玉の輿にはのれなかったけど、これであの二人からは解放された。


「めでたしめでたし、ってことで良いのかな?」

「良いんじゃない」


 首をかしげる私に魔女ちゃんは言った。そしてその言葉通り、私はそれから一人で幸せに暮らしましたとさ。



 おしまい。

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シンデレラと魔女の孫 無月兄 @tukuyomimutuki

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