第2話
「……怖かった」
念願のお城の舞踏会に出られる喜びよりも、今は五体満足でいられることにホッとする。
「さあシンデレラさん、中に入ろう」
早くも疲れ切っていた私の手を引きながら、魔女ちゃんはお城の門をくぐろうとする。
だけどその時だった。中に入ろうとする私達を門番さんが呼び止めた。
「待てお前達。ちゃんと招待状は持っているのだろうな」
えっ、招待状?そんなものがあるの?もちろん私は持っていない。
すると門番さんもそれが分かったようで、フンと鼻を鳴らした。
「何だ知らないのか。どうせ何も知らない田舎娘が玉の輿を夢見て来たんだろう。出来もしないのにな」
「なっ…」
門番さんの言葉にカチンとくる。確かに間違ってはいないけど、何もそんな言い方は無いんじゃないかな。
だけど門番さんの暴言は止まらない。
「だいたい女なんてみんな金と地位でしか男を見ていない。世の中不公平だよな、俺だって王子に生まれてりゃ今頃女なんて選び放題だったのによ」
私はたとえあなたが王子様でも結婚したいとは思わないな。だけど困った、このままだとお城に入れない。
何か方法はあるのかと、すがるように魔女ちゃんを見る。すると魔女ちゃんは一歩前に出た。
「私達どうしても舞踏会に行きたいの。通してくれる?」
だけどそんな魔女ちゃんのお願いも門番さんには通じない。
「だからダメだって言ってるだろ。さっさと家に帰りな」
すると魔女ちゃん、魔法の杖を取り出し呪文を唱えた。
「エクスパルソ!」
あっ、この呪文はちゃんと言えるんだ。確かハリー・ポッターが使っていた攻撃呪文だったかな。えっ、攻撃呪文?
思考を巡らせられたのはそこまでだった。杖の先から何かが放たれ、門番さんのすぐ横をかすめる。そして飛んでいった先にある壁に当たると、大きな火花を散らした。
「ぎゃぁぁぁっ!」
予期せぬ出来事に門番さんは悲鳴を上げ、その場で腰を抜かした。それを見た魔女ちゃんはすかさず言う。
「ねえ、通っていい?」
「…どうぞ」
えっ、いいの?むしろこんな輩を通さないのが門番さんの仕事なんじゃないの?
「いいってさ。行こう」
魔女ちゃんは意気揚々と足を進める。私も良いのかなと困惑しながら、それでもお城の中へと入っていった。
目の前にあるのは夢にまで見た舞踏会の風景。ここに来るまでに色々あってとても疲れたけど、一歩会場に足を踏み入れた途端そんなものは吹き飛んでしまった。
「王子様は、王子様はどこ?」
ここには王族以外にも様々な上流階級の人達が来ているけど、私の狙いは最初から王子様一択だ。やっぱり一番の上玉を狙わなくっちゃね。
問題はどうやって王子様を落とすかだけど、そんなものは主人公補正のご都合主義でどうにでもなる。童話のシンデレラだってトントン拍子に王子様と仲良くなったでしょ。
そう思っているとさっそく王子様が現れた。
「ああ、なんて美しい人だ」
よし、狙い通りだ。いよいよ玉の輿が見えてきた。
「僕と踊ってくれませんか?」
「私で良ければ喜んで」
こうして私と王子様は恋に落ちる。はずだったのだけど…
「ねえシンデレラさん」
魔女ちゃんが私のドレスの裾を引っ張って何やら言ってきた。
「どうしたの?今大事な所なんだけど」
「お婆ちゃんから電話。シンデレラさんに代われって」
そう言ってケータイを渡される。お婆ちゃんと言うと、本来私の所に来るはずだった魔女さんのことだ。いったいなんだろう?
「もしもしお電話代わりました。ギックリ腰は大丈夫ですか?」
「ああ、しばらくは安静にだって。って、それどころじゃないんだ。よくお聞き」
電話の向こうから聞こえてくる声は何だか慌てているようだった。
「お前さん、今あの子が魔法で出したドレスを着ているだろう」
「はい。とっても素敵なドレスです」
靴や馬車は何だかおかしなことになっていたけど、このドレスはまともだった。だけどそう思っていると、魔女のお婆ちゃんは声のトーンを落として言った。
「まずいんだよそれは」
「……まずいって、どういうことですか?」
ゴクリと唾を飲み込み、次の言葉に耳を傾ける。
「そのドレスの魔法はね、12時になると解けてしまうんだよ」
なんだそんなことか、それなら元のお話と同じだ。
しかしホッとしたのも束の間、お婆さんはそれからさらに続けた。
「いいかい、魔法が解けると言っても元の服に戻るとかじゃないんだ。12時になった瞬間、そのドレスは消滅するんだ」
えっ、消滅って…
「それって、裸になるってことですか?」
元の服に戻るならともかく、女の子としてそれはダメだ。だけど事態はそんな生易しいものじゃなかった。
「消滅って言うのはただ消えるわけじゃない。ドレスに注ぎ込まれた魔力が行き場を無くしいろいろややこしい事象が折り重なり………最終的には爆発するんだよ!」
「!?」
爆発。その言葉を聞いて嫌な汗が背筋を伝った。
「あのー、それって着ている私はどうなるんでしょうか?」
「もちろん木端微塵だよ。肉片の一つでも残ればいい方かね」
冗談じゃない。電話を切り慌てて時計を見ると、12時まで残り10分を切っていた。
本来のシンデレラでは鐘が鳴ると同時に会場を出て行ったけど、そんな悠長な事をしていたら間違いなく木端微塵だ。
「さあ、僕と踊りましょう」
私の置かれた状況なんて知らない王子様がそんなことを言う。だけどもちろんそんな時間は無い。
正直王子様の誘いは、基玉の輿のチャンスを棒に振るのは惜しい。本当に本当に惜しい。抱けど命あっての物種だ。
「すみません、急用が出来ました」
それだけを告げると一目散に駆け出す。ああ、さよなら王子様、さよなら玉の輿。
「はい、着替えは用意しておいたよ。気が利くでしょ」
隣を走る魔女ちゃんが得意げに言う。元々こんな事になった原因を考えると色々思うところはあるけど、とりあえず今は助かった。
だけどいったいどこで着替えればいいのだろう。いくら命がかかっているとはいえ、流石に人目のつくところは嫌だ。
すると再び魔女ちゃんが言った。
「ガラスの馬車の中は?ヒビだらけで真っ白になってるから外から見られる心配も無いよ」
「それよ!」
馬車はたしか門の近くに止めたはずだ。だけど辿り着いた時、その場者の前にはさっき私達を呼び止めた門番さんが立っていた。
「…ったく、誰だよこんな所に馬車なんて止めたやつは。ここは駐車禁止だぞ」
門番さんは私達が近づいたことにも気づかず一人でブツブツと言っている。
「あの、すみません。その馬車私達のなんですけど」
後ろから声をかけると、ようやく門番さんも気が付いた。
「困るんだよね、こんなことされたら。まってく、ただでさえ舞踏会の最中に警備しなきゃならないって貧乏くじ引いて気分が悪いのに」
相変わらず口の悪い門番さん。だけど私達を見たとたん顔色が変わった。
「おじさん、馬車返して」
魔女ちゃんが杖を構えながら言う。
「…どうぞ」
果たしてこの人に警備なんてさせて大丈夫なのかな?まあ今はその方が都合が良いけど。
「それじゃ、ちゃっちゃと着替えちゃおうよ」
「そうね、もう時間も無いわ」
時計を見ると間もなく12時の鐘が鳴る。馬車に入ると着ていたドレスを脱ぎ捨て、この上ない速さで着替えをすませる。
そしてそれが終わると全速力で駆けだした。早く逃げないと爆発に巻き込まれる。
ドォォォォォォォォン!!!
後ろで大きな音がしたのは次の瞬間だった。振り返った私が目にしたのは阿鼻叫喚の大爆発。
そこにあったガラスの馬車は跡形もなく吹き飛んでいた。
「ひぃぃぃぃっ!」
誰かの悲鳴が聞こえたかと思ったら、さっきの門番さんが腰を抜かしていた。だけど事態はそれで終わらない。
何しろあんな大爆発が起こったのだ。すぐに人が集まって来て、それからは大変な騒ぎとなった。
「何が起こった?」
「テロだ!」
「いったい誰がこんな事を!」
人々が口々に叫ぶ中、私は魔女ちゃんと共にコソコソとその場を後にした。
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