水竜幻想

初日の出

　――る。――はる。――隆春。

　夜明け前の堂で目を覚ました隆春は、ぶるりと身体を震わせた。なんとか凍死は免れたらしい。

　奥へ目と向けると、白い髑髏が朽ちかけの祭壇の上から虚ろな空洞を向けている。やはり夢ではなかった。

　昨夜、この髑髏を見つけて腰を抜かしそうになった隆春に対し、恵照は懇ろに経を上げ、「明朝、埋葬して差し上げよう」と言い先に寝てしまった。

　髑髏の視線が気になってなかなか寝付けなかった隆春だったが、寒さと疲れに負けて熟睡していたようだ。

　とても長い夢を見ていた気がするが、全く内容を覚えていなかった。

　まだ夜の明けきらぬ薄暗さの中、怖々と髑髏を手に外へ出た。

　今年初めの朝日が顔を出し始めたようで徐々に明るくなり、木々の隙間から眩しい光が差し込んでくる。

　隆春の目にきらきらと反射する光がちらつき振り返ると、昨夜は涸れていた滝からちょろちょろと水の流れる音が聞こえる。それは陽が上るにつれ、水量が増していくように感じた。

　物音で起きだした恵照とともに、昨晩は気づかなかった立派な松の根本に、雪を掻いて穴を掘る。色彩の乏しい冬の山で、なお繁る常盤木の緑からは、連綿と受け繋がれる生命の力強さが感じられた。

　経を唱える恵照に促され、墓穴へ納めようとした手元に真っ直ぐ朝日が伸びてきて、髑髏に降り注ぐ。すると、まるで雪で作ったものだったかのように、髑髏は淡い光を零しながら隆春の手の中で跡形もなく消えてしまった。

　初日を浴びながら茫然と涙を流す隆春の頭に、恵照が手を乗せる。

「この山を越えれば帝がおわします都じゃ。もうすぐそなたのお父上様に逢えるでな。さて、急いで山を下りて、新年のご挨拶を申し上げなくては」

　この年、病で夭逝した東宮に代わり、隆春は新東宮として立つ。

　その後、帝として徳政を領（し）いた彼の在位中、大きな干魃や水害が起こらなかったのは、水神の加護があったからだと言い伝えられている。

【水竜春望　完】