55話

砦からこの先アルブダへはギルバートが付いて来ない。それは力のバランスを保つ為でもあった。友人として訪問するのに、過度な武装は控えたい。しかし何かあれば戦争の火種になりかねない。そこで、オレリアスからグロウリットが派遣され、随行する事となったのだ。


砦では、一応軍事施設と言う事でクシャナディアの下車は認められず、ギルバートのみ残して、一向はアルブダへと向かう事になる。エレーンは窓から顔を出して、ギルバートへ別れの挨拶をした。


「小兄様、ありがとうございました。体には気をつけて。」


「それを言うならエレーンが、だろう。何かあれば直ぐに連絡を寄越す様に。後は他に俺に言付けはあるか?」


そう言われて、エレーンは先程見かけたシュンベル第四皇子の事をそっと耳打ちした。


「…分かった。信頼出来る者に早馬を出させる。」


「宜しくお願いします。」


そう言い終わると、馬車は走り出してしまう。その後から、カレイラとニコル、グロウリットが続いて、遅れてロイが合流した。


「こんなに長らく時を共にするのも珍しかったな。随分世話になった。また、帰りの際は宜しく頼む。ギルバートどの。」


そう言うカレイラは何処か肩の荷が降りた様な、すっきりとした表情だ。しかし、ニコルと言えば、不機嫌さを隠しもしないでギルバートから顔を背けている。それを受けて、何故けギルバートは雰囲気に不釣り合いな笑顔で声を掛けた。


「ああ、道中気をつけてな、カレイラどの。…ニコル嬢。いや、ニコルどの。」


散々子供扱いされていたニコルは、まさか対等な呼び掛けをされるとは思わず、ギュンと首を回し、ギルバートを驚愕の表情で見つめた。


「今迄悪ふざけに付き合わせて申し訳無かった。あの手合わせは中々見事だったぞ。貴殿は根性があるな、騎士として頼もしい限りだ。是非、エレーンの力になってやって欲しい。宜しく頼む。ジレーヌどのも、手間を掛けたな。」


そう言いながら、ギルバートはぽんぽんとニコルの頭軽く叩いた。


「グロウリットも、妹は妙な所で頑固で危なっかしいので、宜しく頼む。ロイ坊、お前は言わなくても大丈夫だな?」


そうギルバートが視線を向ければ、グロウリットとロイはこくりと頷いたのだった。


「では、道中気をつけて。貴殿らとまた近々合見えるのを楽しみにしている。」


そう言うと、見送りも済んだとばかりに、ギルバートは馬の向きを変え、砦の奥へと向かって行ってしまった。


「良かったな、ニコル。これで暫くは安寧な旅を送れるだろう。こう言ってはなんだが、まあ、良かったな。」


「まあ、見てるこっちとしては面白かったし、良い息抜きになってたので、少し寂しいですねー。」


「………。」


普段なら安堵した途端にペラペラと言葉を紡ぐニコルである。しかし、片手で自身の頭を押さえ、半ば放心している。カレイラとジレーヌはどうしたのかと顔を見合わせたが、とりあえず馬は順調に付いて来ているし、疲れがどっと出たのかと、そっとしておく事にした。


「……最後の最後で騎士扱いなんて、狡いのではなくって?!」


ぽつりと呟いたニコルの文句は、誰にも聞こえないまま、口元から溢れ落ちたのだった。






アルブダの砦も無事通過し、一行は石畳みで整備された街道をひた走る。徐々に道の上に砂が積もって行き、遠くに砂漠が見える。


辛うじて内陸の山間部側では植物も茂り、街道は機能しているとはいえ、アルブダで頻繁に起こるという砂嵐が起きたら、道など直ぐに埋もれてしまいそうだ。



アルブダの内陸へ進むにつれ、車内の温度が上がって行く。


「隣の国だと言うのに、やはり聞いた通り気温が随分と違うのですね。」


「そうね、やはり山を隔てると違いが出るのでしょう。けれど、今は午後でましな方なの。昼間の移動はまず無理だわ。夜は夜で気温が下がって凍えてしまうし…。」


「そうなのですか…。」


砂漠の環境は思っているよりも厳しい。エレーンは慣れない土地で体調を崩さない様に気をつけようと思うのだった。


騎士や兵士達は武具を外し、頭から布を被り直射日光を避けて進まねばならず、馬にも相当な負担が掛かる事から、行きの行程はウェリントンよりも比では無い程遅くなってしまった。


時より集落に立ち寄っては、水を分けて貰い、休憩する。夜は涼しく、星を頼りに進めば良いかと思えばそうでも無く、夜行性の毒虫や蛇、犬に似た肉食のジャッカルに襲われる可能性があるとして、進行は不可。太陽が昇る前に出発し、昼は建物の陰に隠れて、午後にまた移動する。幸い賊に襲われる事は無かったが、それでも慣れない気温差に、ウェリントン側の一行はへとへとであった。



それでもどうにか進み、あと一晩泊まれば、次はアルブダの王都シャンディルという地点まで辿り着いた。夜も更けて、エレーンは泊めて貰った部屋をこっそりと抜け出し、小さな村を散歩する事にした。馬車から見る限りは地下水路のお陰か、水に困る事は無く、作物を育てるには土で苦労していそうだったが、海沿いを避ければ草も生えて十分育てられそうに見える。


果たして、こんな土地で毒花が育てられているのだろうか?やはり、自分の足で見て見なければ、馬車の中からでは見つけるのは当然無理な話しだろう。


遠くに見える砂丘を眺める。見えてはいるが、歩けば半刻はかかりそうな程には遠い。行けば毒虫やその他の生き物が居て厄介なのだろうが、ずっと視界に映る砂丘が気になって、エレーンはほんの少しだけ向かってみたくなった。


今は騎士の平服に着替えているのだし、剣も携えている。少しだけなら大丈夫かも知れない。


そう思って一歩踏み出そうとした時、建物の陰から声が掛かった。


「いけませんよ?エレーン様。お怪我をされたらなんとします。」


そう言って物陰から出て来たのはマルニリアだった。


「……駄目ですか?」


「はい。駄目です、私が叱られます。」


自分のせいで彼女が叱られては申し訳無い。エレーンは仕方なく夜の探検は諦めることにした。


「…何か見たいものでもありました?」


「…私の故郷にも海はありますが、崖続きで、砂浜は無いんです。ですから、あんなに沢山砂があるのが珍しくて、つい…。」


エレーンはちょっとだけ誤魔化して説明した。オレリアスからは、マルニリアを目付役として側へ付けるとは言われたのだが、どこまで知っていてどこまで頼れば良いのかが判断がつかないのだ。


「エレーン様、良いですか?私は立場は付添人ですが、殿下からの命は目付役です。私はエレーン様が不利になる様な事柄を排除する為に参りました。ですから、私の助言は即ちオレリアス殿下のお言葉と受け止めて頂きたいのです。」


「そんなに重いものなのですか?!」


そうエレーンが驚くと、マルニリアは悪戯っぽく口角を上げた。


「そういう心持ちでいて下さいと言う事です。でなければ、エレーン様に何かあれば国に戻ってから私の首が飛びます。」


「ええっ?!」


エレーンの驚きも無視して、マルニリアは手を取ると、ぐいぐいとエレーンを引っ張り始めた。


「ですから、明日の朝も早いのですし、もう就寝して頂かねば。」


「分かりましたから、そんなに引っ張らないで下さいっ。」


そうお願いしても、マルニリアは手を離してはくれない。


「あ、そういえば今日はニコルさんと同室でしたよね?…寝台がもぬけの殻だと気付いて、怒ってましたわよ?」


「?!それは不味いですね、直ぐに戻ります!!」


そう言うと、マルニリアは手を離して、戸口へ入って行くエレーンを見送った。



それから一拍間を置くと、後ろを振り返る。


「見守らず、止めて頂かねば困ります。ロイ様?」


そうマルニリアが声を掛けると、物陰からロイがのっそりと顔を出した。


「見守るのと、甘やかすのは別なの。過保護は良くないのよ、坊や?」


坊や扱いされて、表情こそ変わらないが、ロイは少しむっとした。が、その通りなので静かに頷いた。


「気になる事は多いでしょうけれど、とにかく王都までは大人しくしましょう。そうそう、気配の消し方は上手い方だと思うわ。その調子でお願いね。」


そう言うとマルニリアは自身に充てがわれた建物へと踵を返して去って行った。


「……何者?」


ロイは自分が気取られるとは思ってもみなかったので、マルニリアの態度に少し背中が寒くなる思いだったが、彼女の言うオレリアス殿下の言葉…を思い出して、あまり口出しするのは辞めようと思うのだった。






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剣姫と年下殿下はまだ婚約を結べない 芹澤©️ @serizawadayo

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