第2話

「できたわよ」


 出来上がったお茶漬けを運ぶと、つけていたテレビから公開中の映画のCMが流れていた。前から一度見てみたいと思っていたから、今度行ってみようか。そう思いながら、お茶漬けをアキオの前に差し出す。途端にアキオが顔を綻ばせた。


「おお、美味しそう」

 そう言っていそいそと口の中へと運ぶ。熱いんだからもう少し冷ましながら食べればいいのに。ほら、案の定むせてしまった。


「ちょっと、大丈夫」

 笑いながら水を差し出すと、アキオも照れたように笑った。


「ごめんごめん。あんまり美味しいものだからつい」

「美味しいって、それ唯のインスタントのお茶漬けよ」

「ただのインスタントに青紫蘇や卵なんて入ってないだろ」


 そう言ってアキオは手にした茶碗を指す。確かにそれらは私が追加したものだけど。


「ちょっと加えただけよ。貴方って何かというとお茶漬けばかり頼むから、少しは変化があった方が良いでしょ」

「うん。でも、君と結婚してから僕はまだ一度だって同じお茶漬けは食べた事が無いよ」


 その台詞に私は一瞬言葉を失う。そんな事一々覚えなくてもいいのに。


「そうだったかしら?」

 とぼける私。


「そうだよ。キムチが入ってたこともあればチーズなんて時もあった。鰻入りは豪華だったな」

「鰻と言っても安物だし量もそんなにないから別に豪華じゃないわよ。」

「そうなのかい。でも、毎回あれだけバラエティに富んだお茶漬けを出されていたら嫌でも覚えるよ。いつも気遣ってくれてありがとう」

 改まってそんな事を言うアキオに対して、私はプイと目を背ける。


「何よ急に」

「こんな時じゃないと、普段なかなかお礼を言う機会って無いからね」

 そう言ってアキオは無邪気に笑った。


「お礼って、夫婦なんだから当たり前じゃない」

 顔が熱くなるのを悟られるのが何だか恥ずかしくて、つい素っ気ない言い方になる。だけどアキオはそれを気にした様子はなかった。

 やがてアキオはお茶漬けを食べ終えると、思いついたように言った。


「なあ、今度の休み映画でも見に行かないか。さっきテレビで流れてたやつ、見たがってたじゃないか」

 そういえば、前にアキオの前でも言っていたかもしれないけど、そんなことまで覚えているとは思わなかった。


「でもあなた、仕事でつかれてるでしょ。たまの休みくらい家でゆっくりした方が良いんじゃないの」

「僕が行きたいんだ。たまには二人で出掛けるのも良いだろ?」

「……そうね。たまには行きましょうか」

「やった」


 私が行きたいと言っていた映画なのにアキオの方が喜んでいる。

 変な人。心の中でそう呟いてクスリと笑う。


「途中で寝ないでよ」

 そう言って、空になった茶碗を抱え台所へと向かう。


 変なのは私も同じか。好みでも無いはずの人の一語一句にここまで心を踊らされるのだから。


 洗い物を終えリビングに戻ると、そこにはいつの間にかスヤスヤと寝息をたてているアキオの姿があった。


「ちょっと、こんな所で寝てると風邪ひくわよ」

 肩をゆすっていると、ポケットにしまっていた写真がひらりと零れ落ちる。

 それを見て、改めて二十歳の頃の私に言ってやりたいと思った。



 あなたは決して思い描いているような恋をすることなく、好みでもない男性と結婚するの。


 そして結婚した後、ようやくその人の良さが分かるんだって。


 結婚した後で初めて、私はアキオに恋をするのよって。

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二十歳の私に言いたい事 無月兄 @tukuyomimutuki

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