二十歳の私に言いたい事
無月兄
第1話
昼間掃除をしていた時、一枚の写真が出てきた。隅っこにボールペンで『ミカ、二十歳』と書かれたそれには、晴着を着て成人式へ向かおうとしている当時の私の姿が写っていた。
今にして思えば、このころの私は将来に対して楽観的だったと言わざるを得ない。当時まだ大学生だった私は、それから訪れる就職活動の過酷さなんて知識としては知っていたけど、それでいてこれっぽっちも心配なんてしていなかったとように思う。
恋愛だってそうだ。いつか好みの男性と巡り合い、恋をして、やがて結婚する。そんな未来をどこかで信じていた。
そんな当時の私が今の私を見たらなんと言うだろう。今の私もかつての私に言ってやりたい。
あなたは決して思い描いているような恋をすることなく、好みでもない男性と結婚するのよって。
「ただいま」
玄関の戸が開く音が聞こえる。アキオが帰ってきた。
時計を見ると時刻はすでに夜の11時を回っている。だけどアキオにとってはこんなの日常茶飯事だ。
写真をポケットへとしまいながら玄関へと向かうと、アキオは腰を落としながら脱いだ靴を揃えていた。
振り返った彼と目が合う。
連日の残業で疲れた様子だったけど、私を見るなりその表情を和らげた。
「ただいま」
もう一度挨拶をしてくるアキオ。背は高いが童顔の為か、実年齢より若い印象を受ける。ふにゃっとした目つきは出会った当初から変わらない。
「お帰りなさい。今日も遅かったわね」
「ああ、納期までもうあまり時間が無いからね。もうしばらくはこんなのが続くよ」
たぶんそれが終われば今度は別の理由で遅くなるというのは結婚してからの二年間で分かっている。
場合によっては浮気を疑う場面かも知れないけど、あいにくアキオはそんな器用な真似ができるような性格じゃなかった。
「何か食べる?」
「一応少し食べてきたけど、小腹が空いてるからな。そうだ、またお茶漬け作ってくれないか?」
やっぱりか。こういう時アキオは決まってお茶漬けを注文してくる。
「分かったわ」
そう言うとアキオはありがとうと言ってニッコリと人のよさそうな笑顔を見せた。
リビングに向かったアキオは上着を脱ぐとそのままテーブルの上にうつ伏せになる。よほど疲れているのだろう。
前にそんなにきついなら転職でもしたらと言ったことがあったけど、アキオは今の会社を辞める気は無いらしい。本人は愛着があると言っていたけど、私からすればただ不器用なだけなんじゃないかと思ってしまう。
そんなアキオを見て、改めてこの人は私の好みからは大きく外れているなと思う。私が好きなのはもっとしっかりとした頼りがいのある人だった。更に言うと二人の時間をたくさん作ってくれる人だった。そんな事を考えながら私は台所へと向かった。
アキオがお茶漬けを注文してくるのは予想がついていたので、私は既に用意していたインスタントのお茶漬けの袋を手に取った。
私が全く好みのタイプではないアキオと結婚した理由。それははっきり言ってしまえば成り行きだった。
それまでにつきあった男性がいなかったわけじゃないけど、誰ともそれ以上の仲になる事無く、気づけば年齢だけをどんどん重ねていた。
このままではいけない。そう思った時には既に結婚適齢期ギリギリだった。
焦る私にちょうどお見合いの話が舞い込んで来て、そこで出会ったのがアキオだった。その後も何度か二人で会っていると、気が付いた時にはプロポーズを受けていた。
勿論断る事も出来たのだけど、もう後が無かった私は結局それにOKの返事をした。
その時のアキオは世界一幸せだと言わんばかりに喜んでいたけど、私にとってその返事ははっきり言って妥協だった。かつて思い描いていたようなロマンチックな恋をすることも無く、私はアキオの妻になった。
これをアキオに言ったら一体どんな顔をするだろう。勿論アキオはそんな事知るはずもなく、ただ私が御飯の準備をしているのを眺めている。
さっきまであんなに疲れてたというのに、今は何だか気の抜けたみたような顔をしている。
変な人。
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