やれやれ系の彼が転生した異世界は滅亡していました
@track_tensei
やれやれ系の彼が転生した異世界は滅亡していました
昼もなく夜もなく、暗い雲が立ち込めた空はいつまでも薄暗い。動くものはなく、枯れた木と崩壊した瓦礫の山が点在する荒野が続くのみ。あるいは何百キロメートル先には何かあるのかも知れないが、瓦礫と枯れ木と身一つしかない彼には、そこまで移動する手段がない。
彼は自身に与えられたスキルのことを考えて「やれやれ」と呟いた。
*
彼は気が付くとひび割れた地面の上に転がっていた。空は一転して雲が立ち込めて薄暗く、周囲には見るべき物もなく、ただ枯れ木と瓦礫と地平線しか存在しない。状況を把握できていない彼が隣を見ると、早々に状況を把握したらしい彼女が舌を噛んで転がっていた。
彼女はよくライトノベルを『非現実的で逃避的な三文娯楽』とこき下ろしており、トラックにひかれる直前までの話題は『本当に異世界に転生するようなことがあったら、その場で舌を噛んで死ぬかどうか』であった。
彼女は「絶対に舌を噛んで死ぬ」と答えた。彼女は実際に舌を噛んで死んだ。
彼は呆然としながらも、頭の隅で「そういう有言実行な所が好きだったんだよなぁ」と考えていた。
冷たくなっていく彼女を見ていた
「異世界転生大成功! おめでとうチェフ~!」
犬はその場にそぐわない明るい声色で喋った。転生した異世界では、犬の一匹くらいは喋って当然なのだろうか。
「ご主人とご主人のつがいはカップルとしてこの異世界の救世主に選ばれたチェフ! 二人の青春力は、この灰色の異世界を桃色バラ色に染め上げるパワーを持っているチェフよ! 産めよ増やせよ! このドルチェフはそのお手伝いをさせていただく、アドバイザーなのチェフ!」
ティーカップトイプードルのドルチェフは人懐っこい表情を浮かべて彼に近寄ると、座り込んでいる彼の膝に前足をかけた。上目遣いで小首を傾げる仕草は完璧だった。
「ご主人とつがいには、二人で力を合わせることで発動するスキルが与えられているチェフ。試しに、まずは二人で手をつないで貰えるチェフか?」
彼が何も言わないでいると、ドルチェフは人懐っこいに困惑の表情を浮かべた。
「どうしたのチェフか? 早くご主人はつがいを起こして、スキルを発動させるチェフよ。話はそれからチェフ」
彼は彼女の方を指さした。
ドルチェフはそちらを向いてしばらく彼女を眺めていた。
口元の血やその顔色から、彼女が眠っているのではないのは明白であった。
「あ、ヤベこれ詰んでるチェフ」
ドルチェフはそれだけ言うと、ふいに姿を消した。何の予兆もなく、初めから何もいなかったかの様に彼の視界から消え失せてしまっていた。
彼はおずおずと彼女の手を握ったものの、何も起こらず、ただ耳が痛くなるような静寂だけがあった。
数多のライトノベルの主人公たちがしてきた様に、彼もまた思考を巡らせた。いかなる状況においても危機的状況を覆すのは、与えられたスキルそのものではなく、与えられたスキルをいかに使いこなすか。売れているライトノベルは不遇のユニークスキルやハズレチートスキルを使いこなす。それが今の王道である。
世界には動くもの一つとてなくなり、枯れた木と崩壊した瓦礫と、二つの死体があるのみ。異世界は相変わらず滅んでいた。
やれやれ系の彼が転生した異世界は滅亡していました @track_tensei
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