怪談狩り 四季異聞録

おしらさま

おしらさま


 京都で美容師をしているTさんが、大学時代の夏休み、自転車で京都から北海道までひとり旅行をしたことがあるそうだ。


 途中、岩手県の遠野市に立ち寄った。彼は柳田國男が好きで、一度遠野には行ってみたかったのだ。

 あちこち、遠野の地を見て回っているうちに、日も暮れだした。

 遠野駅から土淵町へ行く途中、山に囲まれた、ちょっとした原っぱを見つけた。

 今夜はここで寝ようと、テントを用意しはじめた。

 すると、山から六十歳前後の男がやって来た。釣り人がかぶるようなキャップにウェアを身につけている。


「兄ちゃん、ここに泊まるのはやめといたほうがええよ」と言ってきた。


「なぜですか?」


 男はなまりの強い東北弁で、よくは聞き取れなかったが、おおむねこんな話をしたという。


 この山の奥に、廃村があり、その周りではいろいろな山菜がいっぱい採れる。山菜を採りに山に入るときは、途中まで車で行き、歩くことになる。


 その日も廃村まで行って山菜を採っていたが、日も暮れだしたので、採った山菜をリュックにしまい、車へ戻ろうと静かな山道を歩いた。すると、何かが道端に落ちていた。なんだろうと拾い上げてみると、それは馬頭と人の体でできた三十センチほどの像、つまり、おしらさまだった。


 おしらさまとは、東北地方で古くから信仰されている家の神だ。桑の木で、馬頭姿の男女の人形を作ってそれを拝むのだ。

 これは、あの廃村で信仰されていたものかな、と思った。随分古そうなものなので、そう思ったのだ。

 人形は、そのままそこに残して山を下ったが、なぜかその間、誰かに見られているような気配に襲われ、ゾクゾクと鳥肌のたつ、違和感を持った。


 足を速めた。

 やっと車が見えてきたとき、総毛立った!


 車の屋根の上に、びっしり、それこそ何十、何百ものおしらさまが、立っていた。

 あまりの怖さに、夢中になって手でおしらさまをガラガラと一気に落とすと、車に乗り込んで急発進した。


 ようよう家に戻って、山菜を入れたリュックを開けると、その中にも、おしらさまが一杯詰まっていた。どうしていいかわからず、全部この山に持って来て、捨てた、という。


「だからここは、あかん。悪いことは言わん」と、男は言って、立ち去った。


 Tさんは、それを信じたわけではないが、地元の人にそう言われると、そのまま居座るのもよくないかと思って、テントをたたんだ。そして、別の場所に移動して、そこで寝た。


 翌日、どうもあの男の言ったことが気になって、廃村を見てみたい気もあって、あの原っぱに行ってみた。


 そんな場所は、どこにもなかった。


(終)


* * *


中山市朗「怪談狩り」シリーズ全5作、好評発売中

他のエピソードを読む: https://kakuyomu.jp/special/entry/kaidan2018

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「怪談狩り」シリーズ 中山市朗/KADOKAWA文芸 @kadokawa_bunko

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