第4話

 ジルバードが行方不明になってから十三日後。ジルバードの帰還及び新たな情報の入手が困難だと判断した共和国軍は、次の策を考えていた。


「先の戦いで、我々は大規模な後退を余儀なくされた。原因は、帝国軍によるゲリラ戦法と挟撃の組み合わせによるものとみられます」

 共和国軍司令部の会議室では、大敗した原因が明らかにされた。そこには準備万全の状態にも関わらず、帝国軍の準備が完了するまでの時間、待機を言い渡されていたことは含まれていない。そのことにガンドルトは苛立ちを募らせていた。

「それと、先遣部隊の第一小隊から第十小隊までが、予定以上に早く壊滅させられたことも挙げられます」

「もういい」

 多数決の原理で成り立つ議会とはいえ、流石に我慢の限界が来ていた。ガンドルトは報告を遮り、その場に立ち上がった。

「司令部長という立場から言わせてもらう。今回の大敗の原因は、国内での告知に合わせて進軍を行なったからだ」

 その言葉に、会議室が騒然とする。しかし、ガンドルトは言葉を続けた。

「我が軍の先遣隊は、帝国軍よりも早く布陣を終え、いつでも進軍できる状態であった。その時はまだ、帝国軍は準備をしている最中であったのだ。そこを攻めれば、逆に帝国領土を手にいれることができたはずだ」

 ガンドルトは手元の報告書を投げ捨てると、自身の軍服につけていた階級証明の勲章を引き千切った。

「私は今日付けで軍を辞める。なので、ここから先は一国民としての意見を言わせてもらおう。戦争というのは、確かに国が一丸となって行なうものである。しかし、いくら戦争への賛同が得られたとしても、勝たなければ意味がない。勝つためには、現場の兵が敵を倒さなくてはならない。敵を倒すためには、策を立てる必要がある。策を立てるためには、現場を知らなくてはならない」

 ガンドルト自身は、現場の歩兵から実力で成り上がった身。現場のことは熟知している上、軍略にも長けている。これ以上にない理想的な上官であり、理にかなった策を提案することもできる。だが、いくら優れた者でも、多数決によって殺されるのだ。


 それが、神に近い人間だったとしても。


「今この場にいるのは、現場を知らぬ者たちばかり。提案された策は、戦略的には美しいが、あまりにも合理的すぎる。これでは、予想外のことが起こった際、我が軍が混乱するのが目に見えている。現場の兵を殺したのは、この司令部だ」

 戦争は、上の者たちが机上でやるものである。ガンドルトは、とある戦争学者がそんなことを言っていたのを思い出した。長年前線で戦い、老いを感じた頃に推薦された司令部への転属。これ幸いと承諾した結果、多数決によって、自分の思い描いていた展望が完膚なきまでに壊された。策を立てても犠牲が出るばかりで、戦線は膠着状態。今回に至っては大敗し、帝国軍の大幅な侵略を許すこととなった。

 仕方なかったとはいえ、ガンドルトも責任を感じていた。現場で戦友を失った時の喪失感に似た何かを、常に感じていた。

「さて、私は失礼させてもらう。一般人が軍の司令部にいるわけにはいかないのでな」

 そう言って軍帽をその場に置いて、会議室を後にした。背後から無責任だの何だのと言われるが、ガンドルトはすでに共和国を見限っていた。このまま無能なエリートたちに殺される兵士たちを思うと胸が痛むが、いっそのこと帝国に支配された方が長い目で見ると良いのかもしれない。

 戦争の現実を知って、且つ国民を大切に思っているからこそ、ガンドルトは国を捨てることを選んだのだった。





「体の調子はいかがですか?」

 しばらくの間、牢獄の中で爆睡していたジルバードだったが、中に入ってきた人物によって揺り起こされた。そこにいたのは、身長の高い使用人然とした女性だった。

「……誰?」

 ジルバードは寝起きで上手く回らない頭で状況把握に努めた。

「私はロゼアーヌ・アーカイド。フィリアンヌ様の使用人です」

 おおよそ愛想というものが欠落した自己紹介だが、そんなことを気にしている場合ではない。ジルバードは痛む体を起こそうとするが、ロゼアーヌによって再びベッドで寝かされた。

「しばらくは絶対安静です。フィリアンヌ様の『フリューゲル』の直撃を受けたのですから」

「そのフィリアンヌ様とやらが持っていた剣のことか?」

「ええ。おかげで、貴方の治療にとんでもなく時間がかかりました。本当に面倒でしたよ」

 無表情ではあるが、どこか遠い目をして溜息を吐くロゼアーヌ。それほどに自分の怪我が酷かったのかとしみじみ思うジルバードだが、ふと気になったことを聞いてみることにした。

「ひとつ聞いてもいいか?」

「何でしょうか」

「俺の扱いってどうなってる?」

「基本的には共和国軍の兵士ということで捕虜……となるはずでしたが、フィリアンヌ様のご意向により、賓客として扱うよう言われております」

 敵国の兵士を賓客扱い。ジルバードには、全くもって意味がわからない。それはロゼアーヌも同じなのか、また溜息を吐いた。

「フィリアンヌ様は昔から変わり者でしたが、今回ばかりは私にも真意は計りかねます。賓客とは言いましたが、牢での生活を強いることになります。後にフィリアンヌ様から詳しいお話があるでしょう」

「オーライ」

 左手を上げながら返事をすると、ロゼアーヌは一礼して牢から出て行った。

 残されたジルバードが考えたのは、これからどうするべきかということ。賓客として扱ってもらっているなら、すぐに殺されることはない。しかし、いつまでもただの穀潰しで居られるほど、帝国軍は甘くないことは想像に難くない。イエスマンになるわけではないが、相手の要求の大部分を受け入れる必要があるだろう。


「『どんなことをしてでも、生きてりゃ良いことはある』……か」

 嘗てジルバードが自身の父親、ヴィクセント・レイフォンスから言われた言葉を思い出す。たとえどんな不幸人でも、生きながらえれば良いことの一つや二つはある。至極当然のことだが、ヴィクセントが言いたかったのはそういうことではない。息子であるジルバードに長生きしてほしいという願いが込められていた。奇しくも、その真意に気づいたのは、ヴィクセントが戦死したという知らせが届けられる前夜であった。

「あーもう……メンドくさっ………クソ親父が………」

 どうして死んでしまったのか。どうして、自分の身に着けていた鎧を託したのか。今となっては聞くことの出来ない父親の声も、今のジルバードを形作る重要な要素である。


 今回の戦いで、クレイオルト共和国が広大な領地を手放すのは目に見えている。このまま戦っても勝ち目が薄いことも、共和国軍の兵士たちの練度を見ればすぐにわかる。もしフィリアンヌから『帝国軍の兵士として戦えば、命は見逃してやる』と言われれば、果たしてジルバードはそれを受け入れるのか。

 答えば是。ジルバードもそうだが、ヴィクセントは元々各地を放浪していた傭兵だった。故に偶然クレイオルト共和国に腰を落ち着けただけの話で、国へ忠誠は皆無に等しい。ジルバードはまだ二十四歳ということで、兵士としてはある意味適齢期といっても過言ではない。数年は傭兵だったため、どこの部隊に加わろうとも戦果を挙げる方法も知っている。それが鎧の頑丈さを活かした個人特攻なのだが。








 そうこう考えていると、忘れることが難しいくらい真紅の髪を持つ女がやってきた。もしかしなくてもフィリアンヌである。

「失礼する」

「失礼するなら帰れ」

 どこぞの酔っ払いのような返しをしてみたジルバードだが、フィリアンヌは歯牙にも掛けない様子で、ベッドで横になっているジルバードの枕元に立った。

「そう釣れないことを言うな。今日はお前の選択次第では良い話を持ってきたのだから」

「まぁ大体予想はつくけどな」

「ほう?」

 そう言うジルバードの視線は、フィリアンヌの左手に注がれている。そこに、自分の得物がしっかりと握られていた。

「それより、詳しい話を聞かせろ」

「はぁ……まあいい。お前に選択肢を与える。一つ。我がダルス帝国に忠誠を誓い、兵士としての任務に従事する。二つ。忠誠を誓わず、死ぬまでここに閉じ込められるか」

「会ったばかりの人間に『我が婿となれ』とか言いやがった奴が何言ってやがる」

「こちらにも事情というものがある。あのまま逃げ出さずにいてくれれば、こちらも手荒な真似はしなくて済んだのだ」

「言ってること意味わからんすぎて禿げそうだ」

 事情と言われても、詳しいことを言われなければ知ったことではない。ジルバードは反抗するようにフィリアンヌの背を向けると、その頭に手を置かれた。端的に言うと、頭を撫でられている。

「……おやすみなさい」

「おい寝るな。せっかく二人きりなのだ。他人には聞かせれない話が結構ある」

「眠いよお母さん」

「っ!」

 なかなか話を進めようとしないジルバードにイラついたフィリアンヌは、頭を思いっきり叩いた。スパンっ、と小気味良い音ではあるが、大の男が頭を抱えて痛がるレベルであった。フィリアンヌを睨むジルバードだが、当然のように無視される。

「………で、他人には聞かせれない話って?」

「お前を婿に、という理由と事情だ」

 フィリアンヌはベッドの端に座ると、日記を朗読するかのような声で続けた。


「ジルバード・レイフォンス。お前の父親である、ヴィクセント・レイフォンスが兵士であったことは知っているな?」

「ああ」

「各地を傭兵として彷徨い歩き、銃弾をも跳ね返す鎧を纏い、単身で敵陣に切り込んでいく。その姿から『鋼の死神』と呼ばれ、畏れられていたのだ。そして、いつしか町娘と結婚し、クレイオルト共和国に腰を落ち着けていたと聞いている。共和国軍でも最強に近いその実力は、我が帝国でも脅威だった」

 それについては、ジルバードもよく知っている。鋼の死神の息子だからと言って、無駄に期待されていたことも。

「しかし、共和国軍として戦っていたヴィクセントは、死神の象徴である鎧をつけていなかった。それでも銃弾の雨をものともしない戦い方で、帝国軍の戦線を度々後退させられたものだ」

「そん時には、鎧は俺に預けていったしな」

「ああ。ヴィクセントが鎧を身につけなくなってから二年後、初めて戦線に参加した私は、彼と戦った」

「………」

「彼は勇敢だった。私が特殊な武器を持っていると知りながら、仲間を逃がすために一人残っていた。……私の鎧を見ただろう? あのように部分的にしか残っていないのは、彼に鎧の大部分を壊されたからだ」

 フィリアンヌが悔しそうに表情を歪めるが、背を向けているジルバードにはわからない。

「私も必死だった。今でこそ千人隊長と言われるくらいの力は身につけたが、あの時は未熟も未熟。私がフリューゲルを使っていなければ、あっけなく死んでいただろう」

「つまり、親父を殺したのはアンタだってか?」

「そういうことだ」

 悪びれもなく答えるフィリアンヌ。普通に考えれば、自分の親の仇を目の前にして怒りや憎しみ、それに準ずる感情が湧くというもの。しかし、ジルバードは興味がなさそうに反応しなかった。


「……彼は、最後に言っていた。『息子のことを頼む』と。その言葉の真意は今となっては不明だが、私は『息子が私のように放浪しないよう、腰を据えさせてくれ』と解釈した」

「傍迷惑な解釈だな」

 真紅の髪に、美女という言葉が似合う顔、均整のとれた体つきともなれば、結婚したいと思う男は星の数ほどいる。しかし、結婚や恋愛というものに無頓着であるジルバードにとっては、まさしくどうでもいい。もっと言うなら、ありがた迷惑である。

「とりあえず、帝国軍として働けば、ここから出してもらえるんだろ?」

「それは約束しよう」

「なら鎧やら剣やら返せ」

「物事には順序がある。話を通す必要があるから、あと二、三日はここで過ごしてもらう」

 そう言って、不満そうなジルバードを残して牢から出ようとしたフィリアンヌだが、途中で足を止めた。

「ああ、一つ忠告だ。もし脱走しようなんて考えようものなら、ロゼアーヌに叩きのめされるから注意しておけ」

「…使用人まで強いのかよ」

「私も要人だ。護衛も相応の者がつくのは当たり前だろう?」

 左手に持っていた剣を、ジルバードに投げ渡すフィリアンヌ。それを使えば脱獄程度ならできそうではあるが、釘を刺された手前、ジルバードは溜息交じりに頷いた。

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レリック・ウォー dandy @DeDeDe

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