魔法使いの話

藤枝志野

1

 青百合がいたらそっと逃げるんだよ。先生はレドにそう諭した。青百合は都の平和を守る魔法使いの目印で、つまりはその魔法使いのことだ。


「あれほど目障りで厄介な生き物もなかなかいない」


 先生は歌うように言う。


「いつどこで出くわすか分かったもんじゃないし、狙いを定めたらどこまでも追いかけてくるからな。同業の連中もたくさん捕まっちまったよ。みんな暗い牢屋に死ぬまで閉じ込められるんだ」

「もしかして、先生も僕もいつか捕まっちゃうんですか?」


 レドは先生の丸い顔を見上げた。


「ばか言うんじゃない。まだ目をつけられてすらないし、何より私の魔法は大抵のことじゃ破れないからな。青百合なんか何人来たって返り討ちだ」


 先生は胸をぽんと叩き、レドもにっこり笑った。


 それから少し経ったある日、レドは初めて先生の「仕事」についていった。依頼は先生お得意の動物駆除で、畑を台無しにした猪をなんとかしてほしいというものだった。先生はたくさんの村人に迎えられ、ごちそうを振る舞われた。そして村長の涙ながらの話を聞き、自分も目元を拭いながら、全て任せるよう告げた。次の日、先生は猪を魔法でおびき寄せると、すかさず鎖に命令して捕まえた。村の人たちは抱き合って喜んだ。夜にはその猪が、先生に魔法で操られて畑を荒らした猪が食卓に並んだ。こうして先生は銀貨五枚とたっぷりの野菜をせしめたのだった。


「あんなに手際がいいのはなかなか見ないだろう?」


 先生はソファに深々と座って銀貨をもてあそんでいた。


「はい。さすが先生です」

「縄や鎖なんかは操りづらいが、私ぐらいになると朝飯前だよ」


「すごいですね」レドは先生の顔を見た。「だが俺には及ばない」


 小指のリングを派手な絨毯の上に打ち捨てれば、それを合図に術が解ける。


「な、なんだ……誰だお前は!」


 血相を変えて立ち上がった男を見下ろし、レドは懐につかんだものを出した。


「こういう者だ」


 手のひらほどの大きさの、百合をかたどった青いブローチ。男は身をすくませたものの、すぐさま唾を散らして呪文を吐いた。机に山と積まれていた書物やランプがつぶてのように飛ぶ。しかしレドが人差し指で地をさすと、物どもは主の命令から解き放たれて床に墜落した。


「ひい……!」

「魔法を用いての詐欺および規則に反する動物の使役。現時点で判明しているだけでも余罪は十件以上。懲役百年は固いな」


 レドはブローチをしまい、入れ替わりにガラスの小瓶を取り出した。一言の呪文、蓋を開けて口を男に向けると、男は悲鳴をあげる間もなく吸い込まれる。


 小瓶を懐に戻し、レドは大股に建物を出た。そして目抜き通りに繋がる石畳を歩きだした。




 終

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魔法使いの話 藤枝志野 @shino_fjed

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