第3話 お祖母ちゃんと光の国。



 

 こんな夢を見た。


 気がつくと、私は見知らぬ場所にいた。

 

 辺りには、大きな水晶の柱がいくつも立ち並び、まばゆい光を放っている。

 空は暗く、星々が瞬いているというのに、地上は水晶のおかげで真昼のように輝いていた。薄くただよう靄でさえ、きらきらと宝石のように煌めいて見える。

 

 周囲を見回した拍子に、動かした足下で、キュッと甲高い音。見下ろすと、床一面までが水晶で出来ているようだった。ここはいったい、どこだろう? だけど、私はこの場所を知っている気がした。


 立ち止まっていても、仕方ない。

 

 私は一先ず、歩き出すことにした。

 きゅっ、きゅっ、と耳障りな足音に気持ちを急かされながら、私は歩く。私の両脇を水晶柱の壁が閉ざしており、一本の道をつくっていた。

 どこを見ても水晶が並んでいるけれど、どれもが人の手で建てられたもののように見える。


 この先に、何があるんだろう?

 私は、元の家に帰れるのだろうか?

 

 様々な疑問と不安ばかりが膨らんだ。

 考えてみても、仕方ないと思ったけれど、あまりの静けさに思考を止めることが恐ろしかった。一本道はどこまでも続いており、遠くのほうでは、水晶の明るさが及ばないのか、暗がりがわだかまっている。


 ――――あそこには、きっと良くない何かが待っている。


 まるで根拠のないことだけれど、そんな直感が背筋を寒くした。

 私は、ごくりと固い唾を飲んだ。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


『ここに居っても死ぬだけやで』


 脳裏で、そんな言葉が閃いた。従弟の言葉だ。どこで耳にしたのか、まるで思い出せなかった。


 やがて、一本道の最奥に辿り着いた。


 そこには、巨大な扉があった。当然のように、水晶で出来ている(水晶はこんなふうに加工出来るものなのだろうかと、今なら思わないでもない)扉は、硬く閉ざされていた。

 見るからに、重そうな扉。私は、その表面をそっと撫でてみる。金属のような冷たさが、しっとりと手のひらに滲んだ。


 がちん、


 と、不意に錠の外れたような音がした。

 すると、重苦しい軋みを上げて、扉がゆっくりと開き始めた。その奥の部屋は、薄暗く、流れ出てくる空気もしっとりと湿度を持っている。私は誘われるように、室内へと踏み込んだ。


 私が部屋に入ると、辺りがパッと輝いた。水晶の明かりだ。おかげで、室内がよく見えるようになった。


 部屋、といっても、中は外と同じく吹き抜けになっていて、見上げると暗い空と星々が見えた。水晶柱による壁なども、そのまま同じである。四角く区切られただけの場所。だけど、他とはまるで違うものが、部屋の奥のほうに鎮座していた。


 それは、水晶で出来た寝台のようだった。マットやシーツもない、硬質の寝台。その上に、見知った人が横になっていた。


「祖母ちゃん」


 私は、思わず声を上げていた。

 

 寝台のうえには、私の祖母が眠っていた。

 力の抜けた様子で、口が少し開いている。いつもの着古した割烹着姿で、きちんと履いた靴下には毛玉が浮いていた。台所で立ち仕事をしていて、ふと横になったまま、眠ってしまったかのように見える。


「祖母ちゃん、起きてや。こんなところで寝とったら、背中痛めんで?」


 祖母の手は、胸のうえで固く握り合わされていた。その手に触れて、あまりの冷たさに私は飛び退いた。そして、硬い寝台に寝かされている理由に思い至った。


 祖母は、死んでいた。


「噓やろ」


 私の短い声すら震えていた。噓だと言えば、すべてが噓になると思った。同時に、ならないとも。私は寝台の前で膝をついた。もう、動けないと思った。


 悲しい気持ちがそのまま涙に変わり、声を出さずに泣いた。どうして祖母が死んでいるのか。なぜ、こんな場所で? なぜ、遺体がここにあるのか? どこで、どうやって死んでしまったのか? 疑問はいくらでも湧いた。だけど、私は回答も、思考も、何もかも放棄した。


 私が悲嘆に暮れていると、背後に何者かの気配があった。


 涙と鼻水を垂れ流しにしたまま、ふり返った。私は、仰天した。



 ウルトラマンがいた。



 ウルトラマンがいた。



 ……ウルトラマンがいたんです。



「は?」


 私は端的な疑問を投げかけた。が、ウルトラマンは黙って一度うなずくだけだった。


 マンはマンでも、正確には初代ウルトラマン。

 

 私が「は?」「は?」「は?」と端的な疑問をマシンガンのように乱用していると、ウルトラマンは私の肩に優しく手を乗せた。待て待て! 触るな触るな!!

 

 ちょっと待って、よくわかんない。

 

 と思いつつも、私は周囲の景色の既視感に納得がいく気がした。

 

 水晶の世界に星々と夜空。


 ――あぁ、光の国ね! M78星雲にあるっていう! はいはい! なるほどね!?


 ここが光の国かぁ、と謎の感慨に耽っていると、ウルトラマンはゆっくりと祖母を指さした。指さすな! と思いつつも、私は祖母を見下ろす。祖母は死んでいる。急に浮かれてしまった自分がけっこう恥ずかしくなる。


 すると、祖母が安置されている寝台が、横方向に向けて、グルグルと急速に回転を始めた。


「は?」


 理解の及ばない場面の連続に、もはや私にまともな語彙力はありえなかった。

 寝台の回転はますます速度を増し、祖母の遺体を目視することも出来ない。いったい何が起きているんだろう? でも、そこは正義の味方、ウルトラマンのやることだ。もしかしたら、祖母を生き返らせようとしてくれているのかもしれない。


 モクモクと煙を上げて、やがて回転は止まった。

 煙が消えていくと、そこに居たのは枯れ枝のような弱々しい祖母の姿ではなかった。

 

 筋骨隆々で胸板の出っ張った肉体派、ウルトラマン80が横になっていた。祖母はウルトラマン80に変えられてしまったのだ!


「なんじゃこりゃ!?」


 私は世の不条理のすべてにツッコミを入れるような気持ちで叫んだ。


 事の始まりから終わりまで、まるで意味がわからない。私は、説明を求めるつもりでウルトラマンを見た。

 

 困惑した私に、ウルトラマンは、一仕事終えたような清々しい空気をかもし、大きくしっかりとうなずいた。




「うなずいてないで説明しろや!」


 起きた私は虚空に向かってツッコミを入れた。縁起でもない夢を見た。私は跳ねるようにベッドを出ると、大急ぎで居間に向かった。祖母はふつうに生きていて、私はほっと胸をなで下ろした。


 小学6年生のことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異聞・夢十夜。 枕くま。 @makurakumother2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ