クルト・レートの誕生日小説




 ぺら、というページをめくる音が、静かな図書館の、狭い個室に反響する。それが、なんとも心地よい。

 そう思って思考をまた本という名の海に沈めていると、不意に誰かに肩を叩かれた。誰かと思って後ろを向くと、ほおに何かが触れる、いや刺さる?感覚があった。

 身を引いてそれを確認すると、その正体は長い人差し指であり、そしてフレデリック・アルビストンであった。




 最近、習慣と化してきたフレデリック─フレッドとの会話。いつもと同じくだらない話をしている中、ふと視界に青い、深い海のような色が入り込む。

 それを認識して、ぶつかりそうになったでもなしに、なぜか無意識に歩んでいたその足が、止まる。宝石のようなその緑の瞳が、こちらを一瞥したような、そんな錯覚をした。


 隣にいる彼もそれは同じだったようで、彼が道を曲がって姿が見えなくなると、その内の感情が抑えきれなくなったのか、わかりやすいしかめっ面をして、悪態を吐く。


「あいつ、いっつもなんも言わないで通ってくよな。感じワリィ。」


「まぁでも、友達でもないし、挨拶するのも抵抗感があるんじゃない?」


「でもなぁ...」


 確かに、フォローはしたもののフレッドの言いたいこともわかる。

 同じ学校で生活している以上、寮が異なっていても会うことは多い。その度に2人とも立ち止まっていて、多分そこそこに印象はあるはずだ。

 ましてやフレッドに至っては、合同演習で彼とペアを組んだこともある。挨拶をしないと言うことはあり得ないので、「知らない」ということはないのだ。

 いくらか愚痴のようなものは言ったものの、いくらかすると話が変わり、彼のことなんて話題に上がらなくなった。それでも、心に蔓延るモヤモヤは無くならないままであった。




 次に読む本を探そうと、本棚の間を題名や装丁を見ながら歩いていく。

 二冊目を選び終わった時、うまく維持させられるように使う癖をつけていた、聴力を上げる魔法によってヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。


「なぁ、トーレの青いヤツの噂を知ってるか?」


「色々と出回ってるから、知ってるやつか分かんねぇな。」


 その聞きたかった会話に一層耳を澄まし、一言一句聞き逃すまいと集中するためにその場に座り込む。


「実はあいつは、今研究開発中の魔法人形ホムンクルスの試作機なんじゃないかって。」


「なんだそれ超ヤベェ。俺らニュースでインタビューされるんじゃね?」


 他にもないかとその続きを聞こうとすると、急に耳が熱を帯びてくる。魔力量が足りないのか慣れていないのか、いつも少し使うとうまく効果が発揮されなくなってしまうのだ。

 ただ続かなくなってしまっては今はもうどうしようもないと、立ち上がりまた本を探し始める。


 しばらくまた探していると、どこからか視線を感じる。見られること自体に慣れてはいるものの、こうも自分のことを探るように、というのは苦手だ。

 これで気付いたことに気付いてはくれないか、と周りを見渡すと、下の階にいる誰かの緑の眼と、目があった。

 とっさに目をそらしてから横目で誰か──彼をまた見ると、何事もなかったように、むしろ今のが夢だったように、いつもの無表情でページをめくっている。

 それを見て、きっとさっきのは錯覚だと自分に思い込ませ、本探しを再開した。




         『不躾な目線』

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奏でる先には 番外編 奏でる先には @winder_magic_school

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