ワープアートは正義か?

ちびまるフォイ

禁断のワープアート

時刻は深夜。誰もいない橋の下でスプレー缶を振る。


「これでよし」


壁にスプレーで奇怪な模様を描き終わると、

その足で自転車を飛ばして、アミューズメント施設の壁にもアートを描いた。


紋章のような、魔方陣のような、幾何学的な模様だった。

自分でもどう描いているのかわからないし、もう一度描くことはできない。


描き終わると家に帰り、翌日のニュースで目覚めた。


タイトルには

『パーク内に意味不明な落書き!?』とある。


『昨日、何者かが侵入し壁に落書きをしたようです。

 器物損壊事件として、警察は犯人を追っています』


『悪質ですね。カメラ寄れますか? なんの記号でしょう?』


『意味はないと思われます。どうせ頭の悪い不良が

 マーキング感覚で残したなんの意味もない掃きだめのようなものですし……わっ!?』


施設のアートに触れた現場のキャスターは、吸い込まれて消えてしまった。

朝のニュースの生放送なだけあって、スタジオは一瞬で凍り付いた。


『○○さん!? ○○さん!?』


ニュースでは視聴者のツイッターを掲載していて、メッセージが流れる。

ちょうどいいタイミングで自分の投稿が画面内に映ってくれた。



>○○町の橋の下にいる #ニュースモーニング



橋の下で見つかったキャスターはうわごとのように繰り返す。


「あのアートに触れたらワープしたんです!!

 嘘じゃありません!! 信じてください!!」


大炎上したニュースは話題になったが、

パーク内のアートは消されて誰も試すことはできなくなった。


「次はここにしよう」


今度は夕方から夜にかけて移動をして空港に向かった。

外のネットカフェで時間をつぶし、日が落ちてから空港の壁にアートを描いた。

今度は町で一番大きな駅にアートを描いた。


翌日はまた騒ぎになっていた。


『見てください、この描き方、同じ犯人ですよ!

 今度は駅の壁に落書きするなんて許せません!!』


今度は別のニュースで報道されていたが、

画面からアナウンサーが消えるとワープ騒ぎがふたたび起きた。


しかも今度は大きな駅の衆人環視の下で起きたから、

その場にいた人たちは自分の目を疑っていた。

みんなが驚くのを人ごみに紛れて感じるのは楽しい。


「今あの落書きに吸い込まれていったよな!?」

「さっきの人、どこいったんだ?」

「死んだのかな……」


すぐに壁からワープしたアナウンサーが戻ってきた。


『大変です! 今、ダネハ空港にワープしてしてきました! 信じられません!』


カメラマンや野次馬たちもみんな壁のアートに飛び込んだ。

出口となる空港の落書きからみんなが出てきた。


「これで少しは便利になるかな」


空港から中心の駅までは長く不便だった。

このワープアートがあればひとっ飛びできる。


次はどこをつなげようか。


雑貨屋さんで大きな模造紙を何枚も買い込んで家に持ち帰った。

裏面をテープで止めて、複数の模造紙を1枚の大きな紙にする。


大きな1枚となった紙にスプレーで模様を描いていく。

必要なのは入り口用と出口用の2枚。


「ふぅ、できたできた」


いつも以上に大きな模様にしたので空のスプレー缶が大量に転がった。

描き終わった紙は夜のうちに駅の入り口に垂れ幕のように下げる。


片方の紙は持ったまま電車が通過する橋の上にセットした。

線路にスイッチをセットして、徹夜で朝を迎えた。


『始発電車、発車します』


電車が動き出し、スイッチの仕掛けた橋へと向かう。

線路に置いたスイッチに車輪が乗ったとき、橋の上に仕掛けていた紙がほどかれ

電車の視界を遮るように前面に垂れ下がった。


「うわぁぁ!!」


運転手は驚いて緊急ブレーキをかけた。

そして、電車はワープ模様が書かれた紙を経由して、出口の駅に到着した。


『お、お客様にご連絡いたします。

 ただいま……どういうわけか、トーキョー駅に到着しました……。

 どなたさまもお忘れ物のないようお降りください』


片道1時間以上かかる駅にわずか数秒で到着。

電車の移動も成功したので嬉しかった。


早起きしたので近くの公園で軽く居眠りしてから駅に戻ると、騒ぎになっていた。


「おい!! なんでこの紙捨てるんだよ!!」

「そうだ!! 残せばいいだろ!」


「しかし、この落書きを消せと業務命令が出てますし……」


「ふざけんな! こんな便利なショートカットがあるのに、なんで消すんだ!!」


もめているのは俺が書いた空港へのワープだった。

器物損壊という会社側と、便利だから残せという利用者側の縮図だった。


その日はしょうがなく家までのワープ落書きを公衆トイレの壁に描いてワープ帰宅。

間違えて他人が来られても困るので、家にある出口模様は消した。


それからしばらくすると、見覚えのない場所に俺のような模様が描かれていた。


「あれ? こんなところに描いたっけ」


触れてみてもワープはできないことから、俺の模倣犯だろう。

一度、俺が描いた模様をコピーして転写したのかもしれない。


けれど、スプレーで施された落書きは完全に同じものを作ることは不可能。

微妙な塗料の吹き付け加減が異なる。わずかでもズレればワープできない。


「結構、浸透してきたんだなぁ」


最初はただの迷惑行為として片付けられていたが、

今じゃマネする人も出てくるほどに利用者に受け入れられている。



>海外の観光地に行けるワープが欲しいです!


>実家のおばあちゃんちの近くに行けるワープがほしい


>高齢だから、近所のスーパーまでのワープがあるといいねぇ


ワープアートの作成者に向けた要望掲示板も立ち上がり、

利用者の行き先希望がどんどん書かれていった。


受け入れられると同時に、消されるとなると暴動に発展する社会問題になった。


「なんで消すんだよこの野郎!!」

「使っていたのに!! 消さないで!」

「どうして不便にさせるのよ!!」


「そう言われているので」


清掃業者はワープアートの前を通行禁止にしてから跡形もなく消してしまった。

残念そうなため息は聞いていて辛かった。


「しょうがない……また描くか」


その日の夜、模様が消された壁にスプレーを持ってやってくる。

いつものように電灯で友とを明るくすると、いきなり後ろから手錠をかけられた。


「お前が最近ワープする落書きを描いていた奴だな! 現行犯だ!!」


抵抗する間もなく留置所送りとなった。


「おい、貴様。自分がなにやったのかわかっているのか?」


「人々を便利にするワープを描いていただけですよ」


「ちがう! 貴様のワープのせいで交通機関は利用されなくなった!

 車も使われなくなって、道路には何一つ走ってない!!」


「良い事じゃないですか。

 車が走らなければ事故も起きませんし、

 電車に乗らずに歩いてワープできるなら、便利でしょう」


「ちがう! 道路を作っている人の仕事をお前が奪ったんだ!

 電車だってそうだ! 公共交通機関に金が回らなくなっているんだよ!!」


「車が出れば、馬車はいらなくなる。

 便利なものができれば、不便なものが無くなるのは当たり前じゃないですか」


「それじゃお偉いさんが困るんだよ!!」


看守の拳が顔に飛んできた。口に血の味が広がる。


「とにかく、貴様がここで更生する間に

 外の貴様の落書きはすべて一掃されているだろうな。わかったか」


「……」


鉄格子に閉じ込められた暗く冷たい独房に押し込められた。

脱走対策に中に模様を描ける道具はない。


「ここから出るためには、もう二度とくだらん落書きをしないと誓うことだな」


「ほかにはないんですか」


「この場で自分の手を使い物にならないくらいにつぶせば出してやるぞ。

 それならすぐに終わるから早い。手っ取り早いのは好きだろ? ははは」


その夜。

独房で過ごす夜は寒く、暗く、まるでネズミにでもなったような気分だった。


感触を確かめながら自分の爪を思い切りはがした。


「痛っ……!!」



※ ※ ※


ジリリリリ!!


けたたましい警報と見回りが慌てて戻ってきた。


「看守長!! 奴がいません!!」


「なに!? 脱走か!!」


看守たちは独房に向かうと、鉄格子の向こうを見て言葉をなくしていた。


「あの野郎……壁に血でワープ描きやがったのか……!!

 くそっ! ふざけやがって!!」


看守は悔しそうに鉄格子を蹴とばした。


「最後の見回りから時間はそう過ぎていない! まだ間に合う!

 全員で追うぞ!! あのワープで逃げたやつを追うんだ!!」


「「「 はい!! 」」」


看守たちは独房の鍵を開けて中に駆け込んでいった。

慌てていたことで、壁だけでなく、床にも描かれていたワープアートには気付かなかった。


「うわぁ!?」


看守たちは落とし穴のように描かれたワープアートに吸い込まれた。

それを確認してから男が隠れていたベッド下から這い出てきた。


「貴様!? 逃げていなかったのか!?」


「はい。鍵を開けてありがとうございます。

 壁のは注意をそっちに向けるためのものですよ」


「おい!! これを早く解除しろ!!」


男はいじわるそうに少し笑った。


「あなたが反省したころに、また戻ってきますよ」


床に描かれたワープから落ちて、天井に描かれたワープから出てきて、また落ちる。

延々と繰り返すワープにとらわれた看守たちを見て、男はどこかへ行った。

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