意識高いニタムニ系

 コンサルタント企業「株式会社リイレント」がニタムニ語を公用語とするニュースは、発表された翌日、経済誌系のニュースサイトのトップを飾った。さらに一週間後には、その目論見を推察する経営アナリストや経済通による記事が新聞や週刊誌、ニュースポータルに掲載された。


 リイレントは外資系金融コンサル出身の社長が、そのノウハウをもって3年前に起業した、経営コンサルタント会社である。

 まだ株式公開にまでは至っていないが、社長の独特の発想や、その突飛で強引な「奇行」と、近年使い出した「ミリ秒で稼ぐ」というキャッチフレーズが注目され、それなりに経済誌を賑やかす存在となっていた。


 ただしリイレントの収益のほとんどは、M&Aによって獲得した子会社の売上と、その売却益である。なので実態は投資会社に近いと目されている。

 投資会社につきものの「何をやっているのか分からない」イメージがつきまとい、「ネオ・ミッドタウン族」と称される社長の奇行と合わせて「怪しい」会社と、しばしばネガティブな見られ方、論じられ方をされている。


 それらの悪評を覆すため、「ニタムニ語公用語化プロジェクト(NP)」が開始されたのだろうというのが、世間の大方の見方のようだった。


 先にも述べたように、ニタムニ語には「人権の尊重」「国際化」「不屈」というポジティブなイメージがある。また、一流ビジネスマンがニタムニ語を使うという事実もあり、実際日本国内でもニタムニ語を勉強するビジネスマンが増えていた。

 それなりに大きな街にいけばニタムニ語教室があるし、大手語学塾が「ニタムニ語専門スクール」のフランチャイズ展開をはじめたというニュースも先月紙面を賑わせた。


 国内でのニタムニ語人気は高まるばかりであったが、同時に実用性の低い言語であるという認識もなされており(流されやすい国民であるが、さすがにそこまでバカではない)、「韓流ドラマにハマったおばちゃんがハングルを勉強する」程度の、趣味の語学という扱いを抜け切れていない。


 それを突然公用語にすると宣言したのだから、「さすがネオ・ミッドタウン族w」と草を生やされるのも、もっともであった。


 だが、中の人である社員達にはたまったものではない。何しろ、ニタムニ語検定で規定点数が取れなければ、最大10%も給料を下げられるのだから。

 現実問題として、業務に有用かどうかに関わらず、社員達はニタムニ語の習得せざるを得ない状況に追い込まれていた。


 と同時に、教材や学習書の社販や社内ニタムニ語セミナーなどが開始され、社員達は半ば強制的に教材の購入やセミナーの参加を促された(購入や参加をしない社員は、意識が低いとされ、購入やセミナー参加を拒否する理由を文書で提出させられた)。


 月が変わって初めての朝礼。ここで社長は、何の予告もなく、ニタムニ語によるスピーチを開始した。

 お世辞にもうまいと思えない(発音が悪く、滑舌も悪い。さらに文節の途中で涎をすするような音が入る)スピーチを、会場に居並ぶ社員達は、呆然とした面持ちで聞いていた。


 そのスピーチの映像はYoutubeによって社外にも公開され、再度議論を呼んだ。

 リイレント社の国際化への本気度を示すものだと称賛する声もあったが、(このような称賛は特にグローバリズムを狂信するネオリベ派に多く見られた)、その反応の九割は、後に「ネット上に広大な草原が生まれた」と言われるほど盛大な嘲笑であった。


 なんにせよ、リイレント社のNPは「全部冗談でした」で済まされないところまで進んだ。


 給料のためと、覚悟を決めてニタムニ語スクールに通うもの、実務に関係のないスキル取得を強制されたと、その理不尽さに憤るもの、労働契約上の問題(スコアに届かない場合の減給は、書面による提示を必要とせずに、労働者の同意なく給与額を変更できるとした内規)で労基に訴えようとする勢力、すべてを諦めて転職サイトに登録を始める者などなど、社員の反応も当然ながら様々だった。

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