ニタムニとマクダーナル
もう少し、ニタムニ語について説明を続けたい。
公民権運動と、それをきっかけに世界で広まった人権運動、旧植民地の独立戦争などで、ニタムニ語は人間の尊厳と不屈の象徴として扱われたわけだが、世界的に普及した原因は、もう一つ、経済的な理由があった。
アメリカ北部出身の公民権運動家ドナルド・S・マクダナールは、幼少期から元奴隷階級であった有色人種たちと交わり、その心の中に人種差別に対する疑問と嫌悪を育んでいた。
彼は本業は製氷器のセールスマンであったが、公民権運動、人権活動に余暇のすべてをつぎ込んでいた。
ある日ドナルドは、セールスの途中でロードサイドのホットドッグショップに立ち寄った。一休みしたついでに製氷器を売りつけようとの算段だったのだが、注文を終えたドナルドは、カウンター後ろに備えられた「効率的に、多くのホットドッグを生産する設備」に目を奪われた。
実際、その店は青白い顔をした老夫婦二人で切り盛りしていた。店主がホットドッグを焼き、老婦人が注文とドリンクの係である。
にも関わらず、客の回転は速い(ここのホットドッグは美味で人気だったっため、いつも多くの客で賑わっていた)。ドナルドはその設備とオペレーションに秘密があると感じ、またビジネスになると直感した。
数度目にこの店を訪れた時、店舗とノウハウを売ってくれないかと持ちかけた。引退を考えていた老夫婦は、老後の生活に必要な資金と引き替えに、それらをドナルドに譲渡した。
今更説明するまでもないが、この老夫婦はニタムニ人であった。
店舗経営とノウハウの平準化の作業を行うにあたり、老夫婦と交流を深めたドナルドは、その過程においてニタムニ人が歩んだ歴史、そしてニタムニ語について学んだ。
ニタムニ文化に感銘を受けたドナルドは、自身のもう一つのライフワークである公民権運動にそれを取り入れ、また同時に、「マクダーナル」と名付けられた彼のホットドックチェーンでも、積極的にニタムニ文化を取り入れたブランディングが行われた。
マクダーナルのその後は今更説明するまでもないだろう。そのビジネスはアメリカを飛び出し世界中に広がり、老夫婦が編み出したとっておきのホットドッグを様々な国の人々にに提供し続けている。
マクダーナルはその拡大の過程でニタムニ人の末裔を積極的に雇用した。マクダーナルに「公用語」はないが、ニタムニ語をベースとした専門用語が多数あり、それらは国家地域にかかわらず、マクダーナルの「共通語」となっていった。
マクダーナルのビジネスフォロワー、もしくはマクダーナルの成功を模範としたメソッドも流行し、それに伴いマクダーナルの「ニタムニ語」もビジネス界で広まっていった。
つまり、ニタムニ語は、人権運動とビジネスという二つの世界的潮流の中でシンボルとなり、きわめてマイナーな言語ながら「世界中で流通する言葉」としての地位を得たのである。
同時に、人権に関心の高い(もしくは高いと見せかけた)「ホワイトビジネス」、国際展開を推進する「グローバリズム」を印象づけるのにニタムニ語はうってつけの存在となっていた。
世界の一流ビジネスマンの間ではニタムニ語を「嗜む」事が流行し、他国籍企業間で高度な内容の契約を結ぶ交渉では、ニタムニ語を使うことも多くなったという。
企業のグローバル化とニタムニ語が親密な関係となり、グローバル化をするならニタムニ語は必須という潮流も世界的に起きている(ただし、ニタムニ語がマイナーな言語であることに変わりはないので、国際企業間の交渉や契約の9割は英語、もしくはそれぞれの国の言葉で行われている「事実」も、ここに付記する)。
ちなみにマクダーナルのシンボル「M」は、マクダーナルのイニシャルだと思われているが、それは間違いである。
これはニタムニのシンボルで「二つの故郷」を表す。すなわち「ニタムニ島」と「ニュードンスター島」である。
ニタムニ人の末裔には、お互いの素性を確認するための方法があった。
まず、どちらかが地面に「M」の字を書く。それに対し、もう一方がMの中央に横一文字、すなわち海面を引く。そして二人で素早く地面のシンボルを消す。
相手がニタムニ人でなければ「M」はアルファベットのMと認識され、ただの落書きとみなされる。何も怪しまれない。符丁としてうってつけであった。
こうしてニタムニ人は、奴隷身分でありながら同胞との連絡をつなぎ、その文化を残してきた。
それはドナルドの唱える人権の永遠と不屈の理念そのものであり、今日にいたるまでマクダーナルではニタムニのMを商標として使い続けているのである。
ドナルドはニタムニ語が流行する直前に、その情熱的な人生のゴールを迎えた。
ニタムニ語の地位を向上させたのはドナルドの功績であった。しかしこの流行を見て、ドナルドがどう思うだろう、という議論は、未だに決を見ない。良い意味でも悪い意味でも、「そんなつもりはなかった」と言うだろう、と言うのが、今日における、とりあえずの結論である。
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