公用語がニタムニ語になりまして

細茅ゆき

カフェテリアのニタムニ人

 その日の朝礼で、社長自らこう宣言した。


「これからはグローバルだ。この国だけで商売をやり、会社が成長していくことは難しい。だから、我々は世界を目指す。会社のグローバル化の第一歩として、全社員のニタムニ語習得を義務化する」


 朝礼の後に送られてきた、「社長の言葉」というサブジェクトのメールにはこの衝撃的な「全社員ニタムニ語化プロジェクト(以下NP)」の説明が書かれていた。


 1:正社員は全員、ニタムニ語の国際標準テストである〒ONIC(〒entoo Obru Nitamunish entera〒honal Comunika〒hon:ニタムニ語で「国際コミュニケーションニタムニ語能力検定」)を700点以上を取るように。執行役員以上の場合は1000点以上。社長は必要点数なし。


 2:社内公用語はニタムニ語。半年後にはメールなどでも国語の使用を禁止する。これは社員の国際化意識を高めるための施策である。


 3:社内の会議はすべてニタムニ語を使うこと。会議中の国語の使用は禁止する。なお、一年後には社屋での国語の使用は禁止する。全員、ニタムニ語で会話すること


 これらの条文の下には、達成できない場合のペナルティも書いてあった。


 ○規定点数を取得できなかった社員は、その時点での給料を10%カット。業績に関係なく〒ONICスコアが満たなければカットする。また、規定点数に満たない場合は、規定特典を越えるスコアを取れない限り、仮にめざましい業績があったとしても昇格、昇給はナシ。また、役員は1000点に満たない場合は平社員に降格。


 ○社屋内でニタムニ語以外の言語を使用した場合、その頻度に応じて減給処分とする(最大10%)


 翌日。社屋内のカフェテリアのPOPやメニュー表がすべてニタムニ語になっていた。昨日までカウンター奥で愛想を振りまいていたおばちゃんはいなくなり、代わりに肌が青いニタムニ人の青年がレジ打ちをしていた。


 陳列棚に並んでる商品を買うときは、まだ幸せだった。カウンターに欲しい商品(おにぎりやお菓子)を持っていくだけで済むから。

 悲惨なのは、カウンターで注文するタイプの商品、つまりフレッシュジュースやコーヒーなどの飲料である。


 おばちゃんの代わりに入ったニタムニ青年は、大変愛想と人相のよろしくない男で(この国の人から見ると、顔の青いニタムニ人はいつも機嫌と体調が悪く見える)、しかもニタムニ語しかわからない。


「エスプレッソください」と注文するとバナナジュースが出てくる。

「エスプレッソください」は「aspuress(バナナ)oque(ジュース)dasai(のみたい)」に聞こえるようで、彼は「理解した」とばかりの大きくうなずくと、自信満々にバナナジュースで満たされた紙コップをカウンターに置くのだ。


「頼んだものと違う」と言っても「これで間違ってない(という意味らしき言葉)」と言い放ち、不機嫌そうに腰に手を当てる。


 その後は何を言っても、彼は沈黙か、時折ニタムニ語を話すのみ。

 何を言ってるのか分からないし、こちらの言葉も分からない。会話が成立しないので、結局購入した側が折れるしかなくなる。


 エスプレッソの渋い苦みを心待ちにしていた社員は、すべてを諦めてドロッとしたのど越しの甘ったるいバナナジュースを、それこそ「苦渋」の表情で飲み干すのだった。

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