天使様と私
四つ目
天使様と私。
「これで、良いはず・・・!」
ある日の昼下がり。天気の良い日曜日に態々部屋の中に暗幕を付け、怪しげな魔方陣を書いた大きな紙を広げる少女が一人。
ろうそくの明かりだけが揺らめく部屋の中、ふふふと不気味に笑っている。
「これで、天使様を呼べる・・・!」
少女はそんな事を言っているが、どう見ても悪魔召喚にしか見えない。
円の中に六芒星の魔法陣と、何の言語なのか解らぬ文字の羅列。
周囲に立てられたろうそくと、何処から調達して来たのか爬虫類の死骸だ山になっている。
これで天使が呼び出されたら、呼び出された天使が可哀そうだ。
だが少女はそんな事は意に介さず、明らかに怪しげな本を見ながらぶつぶつと唱えだした。
そして少女が本を閉じると、魔法陣が光り輝く。
「やった! 本当に成功した!」
本当に、という辺りに成功すると思ってないかったのが伺える。
だが怪しげな儀式は実際に成功してしまい、部屋の中だというのに暴風が吹き荒れている。
魔法人からは目を開けていられない光が迸り、少女は思わず目を瞑ってしまった。
目を瞑っていても、瞼の上から目を焼こうとするかの閃光。
その光の強さに少し恐怖を覚えつつあったが、それも段々と消えて行った。
風が収まり、光もどうやら収まったらしい事を察した少女は恐る恐る目を空ける。
「・・・え・・・あ・・・あ・・・」
少女が目を開けると、魔法陣の上にとある存在が鎮座していた。
動物の髑髏の様な頭に、とても凶悪な雰囲気を持った大きな角。
全体的に骨ばった様子だが、肉なのか皮なのか骨なのかよくわからない黒い体。
背中には蝙蝠の羽を大きくしたような羽をもち、手には大きな鎌を持っていた。
「本当に呼べた! 天使様!」
どう見ても悪魔である。これを天使と言うならば、天使を信じる人間にぶっ飛ばされるだろう。
だが少女は満面の笑みで天使と呼びながらどう見ても悪魔な化け物に抱きついた。
『・・・天使?』
「はい、天使様ですよね!」
『・・・いや、そんな物ではないが』
「天使様です! チャーミングなお顔に綺麗な羽。スリムな体お強そうな武器! 素敵!」
少女はいささか目と脳の接続が残念な様だ。
何処をどう見たらこの禍々しい髑髏をチャーミングと言えるのか。
『・・・面倒なのでもうそれで構わんが、何故私を呼び出した。何が望みだ』
「へ?」
化け物の問いに、少女はきょとんとした顔で首を傾げる。
「別に願いなんて無いですよ? 会いたかっただけです。しいて言えば会う事が願いです」
『・・・お前馬鹿だろう』
「はい、良く言われます!」
少女の元気の良い返事に、化け物は頭を押さえた。
そして一つ溜め息を吐いて少女を突き飛ばし、鎌を少女の喉先に突きつけた。
『願いが無いのであればそれでも構わん。私をはやく帰せ』
重く、暗く、地に響く様な声音で少女に告げる化け物。
だが当の少女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「・・・帰れないんですか?」
『貴様がそういう風に呼び出したのだろうが』
「ああ、これってそうなってるんですか!」
『まさか・・・知らずに使ったのか』
「はい! 天使様に会いたかったので!」
化け物は再度頭を抱えた。そして鎌を引き、脱力した様子で項垂れる。
『つまり、貴様の願いを叶えるまで帰れんという事か。何でも良い、何か願いは無いか。些細な事でも構わん。この際なりふり構ってられん』
「そう言われましても・・・あ、じゃあ、一緒に暮らしませんか!? 天使様とずっと一緒に暮らせるなんて、素敵だなぁ・・・!」
『は? 何を・・・しまっ、やめろ、今の契約を無効にしろ!』
「へ、なんですか? 契約ってなんでしょう?」
『ああくそ、この馬鹿! もう間に合わん!』
化け物の足下に有った魔法陣がまた強く輝き、その光は不思議な事に化け物を覆い始めた。
そしてその光がゆっくりと消えると、魔法陣は跡形もなく消失していた。
『・・・なんて事をしてくれる。これでお前が死ぬまで帰れなくなってしまったではないか』
「ええ、本当ですか!? あ、じゃあ天使様が寝泊まり出来る様に部屋を用意しなきゃ!」
『もう嫌だ、何なんだこの人間。殺してやりたいけど契約上殺せない・・・』
少女は化け物が遠い目をしている事には気が付かない。何せ髑髏なので。
「じゃあまずは家を案内しますね!」
『お、おい』
勢いに負けて少女に引きずられるように部屋を出て、居間に連れていかれる。
見える位置に台所も有るタイプの家だ。
だが何処か、生活感を感じられない空間だと化け物は思った。
『貴様、家族は居ないのか』
「はい、居ません! なので天使様と暮らせる事になって嬉しいです! あ、そうだ天使様、お腹空いていませんか!?」
少女は共に暮らすものが居ない事を、何の陰りも無く答えた。
化け物はそれに対し特に思う事も無かったが、少女が取り出した物を見て体が震えた。
少女は冷蔵庫から、インスタントの麺を取り出したのだ。
本来ならば化け物はそんな事に動じない。
だが先程の少女の契約のせいで、少女自身が何を契約したのかさっぱり解っていない契約のせいで「この少女の健康を守らねば!」という衝動が沸き上がって来た。
良く冷蔵庫を見ると、碌な物が入っていない。
これではまだ幼いこの娘の成長の妨げになると。
『少し待っていろ』
「え、天使様!?」
化け物はふっと姿を消すと、数秒経たずに大量の食材を抱えて戻って来た。
他にも調味料や調理道具、栄養の本なども持っている。
『これからは私が食事を作る。貴様は不健康な生活が二度と出来ないと思え』
「え、は、はい! ありがとうございます!」
化け物は脅す様な声音でオカンの様な事を言い、少女は喜んで頷いた。
こうして、少女と化け物の生活は始まる。
今後二人がどうなっていくかは、まだ誰も知らない。
天使様と私 四つ目 @yotume
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