物の精について

安良巻祐介

 

 夜語りに一つ部屋へ集まって、いつも通りの雑談の場は、時節が夏ということもあり、自然、怪談、奇談へ流れ、書生が羅刹に追われた話、坊主が死んで鬼となる話、山中地獄に落ちた話と、皆々あれこれ喋る中、酣過ぎた変わり種として、こんな話が飛び出した。

 曰く、知り合いが宮中へ参じた帰り、車に乗って月眺めつつ、大通りへと差し掛かった時、車の前の道の上へ、何かが転がり飛んできた。見ればどこにでもあるような小さな油瓶で、それがくるくると節をつけて器用に踊りながら、ひとりでに道を歩いている。ハテと思いつつ眺めていると、やがて並んだ家々の、門閉じ切った一軒まで来るや、まるで吸い込まれるように、戸の鍵穴へと入り込んでしまった。何か予感のようなものを覚え、すぐさまその家に使いをやって、何かあったか尋ねさせると、まさしく今しがた、長く患いついていた娘が、外から飛び込んできた何かに感ずるように、床の上でくるくると踊り狂い、そのまま死んでしまったと。

「ではその瓶は要するに、鬼か何かの変じた精か」

「まあ物怪の類でしょうな」

「しかし羅刹や夜叉ならまだしも、踊る瓶とはまた滑稽な」

「どこか間抜けな気もしますなあ」

 座の一同が笑う中、知識人として知られる一人が、いや私にはそれなども十分怖い話に思えると、ごくごく真面目な顔で言った。

「しかし日用品ですぞ。何やら愉快な気がしませんか」

「むしろ皆様の語る、いかにも恐ろしい者どもの話より、私は怖いとさえ思います」

 興味深げに聞く一同に、その人は似た談として、宿直に集まっていた者たち十数人を、突然外から入ってきた、何の変哲もない板っきれが潰し殺した話を語った。

「精とは極み。極まった物事の形。いずれ強固な一念凝れば、瓶とて板とて人をば殺す。正体を何に求めるにせよ、それほどまでの一念が、ごくありふれた品々の、何気ないようなかたちを取ることが、私などには恐ろしい」

 そう言って、部屋にある日常の品々を、薄気味悪げに眺めまわした。

「或いは唐國で、地に埋まった金や銀の気が、地上で人の形を取って、踊っていたこともあるそうな。むろんそれは金や銀の精が、そのように見えただけのこと。人と成るべく成ったのではなく、偶々人に似ていたばかり。私にはまたこの話も、見目恐ろしい鬼などより、よほど怖いものに思われます」

 座は水を打ったように静まり、やがてお開き、各々道を帰る段になっても、何やら妙な気持ちが残り、それから過ごす日々においても、身の回りの品を眺める目が、少しばかり変わってしまったという事だ。

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物の精について 安良巻祐介 @aramaki88

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