ドラゴン☆アイ!

あお

第1話 あの日


――――どうして。



 火が。


 すぐ側で炎の群れが燃え盛る。パチパチと音を立てて、唸り声をあげて、炎が躍る。火の粉が舞う。煙が目に染みて視界がにじんだ。

 肌に直接当たる空気が熱い。焦げ臭い。息が苦しい。熱せられた重い空気が肺に落ちてくる。焼けるにおいはすぐ傍だ。

 天井まで上り詰めた真っ赤な炎。床に転がったリンゴジャムの瓶。テーブルの上の切られていない一斤のパン。続くはずだった人の生活空間がゆっくりと火に飲まれていく。


――――どうして。


「リュウ!おい、いるのか!どこだ!」

 聞き慣れた声に心臓がドクンと跳ねあがる。声はすぐそこに。

「にい……ちゃん!」

 かすれた悲鳴をあげて、小さな手が必死に助けを求めるかのように空中に伸ばされる。何度か咳込んだ後、子どもは大きく叫んだ。

「兄ちゃん!」

「リュウ!」

 開けっ放しのドアから一人の少年が姿を現した。バケツを手にした少年は炎を避けて足早に駆け寄り、小さな弟の手をしっかり掴む。水を被ったのだろうか、少年の髪を伝って水滴が滴り落ちていた。

「しっかりしろ!ケガはないな……立てるか?」

「うん……でも、でも」

「ちょっと息止めろ」

 倒れていた弟の安否を素早く確認し、立ち上がらせ、バケツの水を頭から被せる。そして少年は咳込む小さな体を背負った。

「大丈夫だからな。近い部屋にいてくれてよかった。ほら、しっかり掴まれ」

 優しく、力強い言葉は冷静さを取り戻すのには十分だった。何かでいっぱいだった頭が冷え、急に恐怖が背筋を這う。

 兄にすがる少年はひくりと体を震わせた。見開いた赤い眼が燃え広がる炎を映す。


――――そうだ。早く、早くここから逃げないと。でも。


「にい……ちゃん、まだ……」

「どうした?」

 背中にすがる弱った弟の声に少年が振り返ったその瞬間、火に覆われた天井の一部が二人めがけて――――


「兄ちゃんッ!」


 幼い叫び声と天井の崩れる音。頬を襲う熱風が痛い。焼ける臭いが鼻について、肺に入る空気が、ビリビリと内部を侵食するように熱かった。




あの日のことは、今でもよく覚えている。

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