8 流星

由里の厳しい声に、賢司は苦笑いした。

「もうちょっと静かにしてくれよ。怒鳴られると傷にしみる」


由里は、にっこりと笑った。

「それだけ言えれば…大丈夫」

そして言葉に詰まり、賢司の頭を抱いたまま嗚咽した。


もし、ホラー映画みたいに、また海神の手が伸びてきたところで怖くなどないと賢司は思った。

賢司には由里がいるし、由里には賢司がいる。

「なあ、由里。俺、お前がいてよかったと思う。お前がいなかったら、ダメだった」


「どういいたしまして。同じ言葉をそっくり返してあげる」

そう言ってから彼女は涙をこぼして、手で拭った。


それからちらりと階段を見て、海神が動いていないことを確かめると、賢司に言った。

「外に出ましょう。死んだかどうかわからないけど、海神が動かなくなったんだから、この家にいる意味はないもの。むしろ、もしも海神が生きてたときのために、出来るだけ遠くに行ったほうがいい」


賢司は弱々しくうなずいた。

立ちあがろうとしたが、無理だった。

脚にまるで力が入らない。太腿がコンニャクで出来ているかのようだ。

しかも電気のような痛みが脇腹に走り、苦痛の声を漏らした。


由里は無言で賢司をかついだ。両手を肩に乗せて体重をかけさせると、壁に手をつき、ゆっくり勝手口に向かって歩き始めた。

「勝手口に行く道なら、罠はない。もう…少しだから、賢司君。頑張って…」


賢司は答えられなかった。ただとにかく由里の身体にしがみついていた。

驚嘆すべきは由里の力だと思った。

由里も極限状態なはずだ。いったいどこにこんな力が残っているんだろうか。

人間、思ったよりもずっと強いものだと賢司は思った。


生きようとする人間の力は強い。信じようとする力も強い。

信じあっていたから、賢司と由里は生き残った。


二人が信じあうことが出来たのは、紀雄達が、彼らを信じる気持ちを失ってしまったからなのかもしれない。

反面教師がいたから、賢司と由里は結びつくことが出来たのだと思う。


ああ、それにしても。

信頼関係、仲間、友情、なにもかも、こうも脆いものなのか。


でも、それでも。

脆いものだとしても、それでも賢司は、信じたいのだ。

由里を信じたいし、仲間を信じたいし、自分達の生きようとする力を信じたい。


二人は、ようやく勝手口から表に出た。


表に出た途端、由里が立ち止まった。

「賢司君、賢司君!」


精魂尽き果てていた賢司だったが、その呼びかけの強さにただならぬものを感じて、のろりと首を上げた。


由里は、空を見ていた。

その顔が、微笑んでいた。


賢司は、その笑顔を、いままで賢司が見た由里の顔のなかで最高の笑顔だと思った。

一生忘れることはないだろう。


由里は言った。

「見て、流れ星!」


<了>

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海神島 ~ディレクターズカット版~ お竜 @oryu

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