Steel

新成 成之

彼が盗んだ物

 とある城の地下に隠された宝物庫。普段なら警備兵しか近寄らないような場所に、一人の男が入り込んでいる。


「でかい王国だって言うから期待してたのに──けっ!しけたブツしかねぇじゃねえか」


 部屋にある宝箱は全て開けられ、中身まで物色されている。しかし、気に入った物が無かったのか、どれも宝箱に乱暴に戻されている。


「こんな事なら来なきゃ良かったぜ──」


 唯一紙切れのような物をポケットにしまうと、出口となる扉を開ける。すると、そこには退路を塞ぐように、警備兵達が槍を男に向けて待っているではないか。


「そこまでだ!この盗人(ぬすっと)め!」


 地上に出る道はこの通路しかない。即ち、男は逃げ場を失った。


「はぁ・・・、この王国の兵士さんは暇なのかね?俺の為にこんな大勢の兵士が出動するなんて・・・」


「ええい!黙れ!黙れ!」


「そこまでして守る様なブツも無いだろ・・・」


「総員突撃!!」


「めんどくせぇ・・・」



*****



 とある町の酒場。太陽が西に傾きかけたばかりだというのに、町の男達は浴びる様に酒を呑んでいる。そこに先程の男の姿も見える。


「ぷはぁぁ!!!仕事終わりの一杯は最高だな!何も盗(と)れてないけど・・・」


 どうやら、無事に地下から抜け出した様だ。


「どっかに面白いブツねぇかな──」


 飲み干したグラスをテーブル叩きつけたかと思うと、本音を零している。




 こんな時間から人が集まる酒場だ。ろくな奴が集まっていない。まともな職に着き、まとも金で、まともな飯を食って生きてるやつなんて、見渡す限りでは見当たらない。


 そんな場所だからこそ聴ける話がある訳で、男が腰掛けたカウンターの後ろ、テーブルに座る二人のキッドマンから面白い話を見つけた。


「知ってるか?リンデンバーグで競りをやるらしいぞ」


「リンデンバーグって、あの馬鹿みたいにデカイ城の所か?」


「そうそう。なんでもあそこは、昼は城下町として賑わってるが、夜になると商人が集まる闇市になるらしいぞ」


 リンデンバーグとは、ここから西に行ったところにある城下町のことだ。近年交易をおかげで急成長した町で、貧富の格差が問題となっている町の一つでもある。


 どうやら、そこで「競り」をやるらしいが、裏の世界で「競り」と言えば「奴隷売買」の事を指す。あのキッドマン達がコソコソと話しているのが何よりの証拠だ。


「なぁ!それいつあるん?」


 それまでカウンターでエールを呑んでいた男が、突然そのキッドマンに話しかける。何も恐れず頭を突っ込もうとする男に、キッドマン達も呆れている。


「おい兄ちゃん。今の話聞いてたのか?」


「盗み聞きとは、趣味が悪いね」


 咄嗟に腰に携えたマグナムに手を伸ばすが、そこにあるはずのマグナムが無い。


「こっちが聞いてんだよ。黙って答えろ」


 男がキッドマンの間に入り、肩を組むようにして顔を近づける。しかしそれは後ろから見た図であり、正面から見ると、男は二人の口にマグナムを突っ込んでいる。


「ほまへ!ひつのはに!!」


「おい、下手な動きをしてみろ。お前達の頭はポップコーンみたいに弾け飛ぶぞ」


 キッドマンの命である銃を、いとも簡単に奪われ、その上、普段狙う側が狙われる側に立たされている。


 キッドマン達は諦めたのか、口を割った。


「ひょう!ひょうあふんあよ!」


「今日?つまりは今夜か・・・。なるほど、面白そうな話だ」


 いくら酒場でも、人の口に銃口を突っ込めば騒ぎになる。しかし、この男他の客の視界からは見えない様にやっていたのだ。その為、他の客は呑気に酒を呑んでいる。


「いい話をありがとう。じゃ、あばよ──あっ!マスター!金はこの二人につけといて!」


 そう言うと酒場を後にした。




「おい・・・、さっきの男って・・・」


「って、おいっ!俺達のマグナムがねえぞ!」


「なっ?!あいつ・・・!!」




*****



 リンデンバーグに続く森の茂みの中、あの男は身を隠している。


 日付が変わったばかりの真夜中。不気味な森から聞こえるのは、梟の鳴き声と、風に揺れる木々の音だけ。




 暫くそこで隠れていると、東から馬の鳴き声と車輪が回る音が聞こえてきた。


「来た来た」


 徐々に姿を現した音の正体は、布で中身を隠した馬車だった。物資を運搬ている様にも見えるが、それにしては遅すぎる。それに、こんな時間に運び込むはずがない。


 男はゆっくりとマグナムを構えると、御者の眉間を狙い、躊躇もせずに引き金を引く。


 銃声に驚いたのか、馬が激しく暴れだす。御者はそれを制御できる訳もなく、静かに落馬した。


 気付くと茂みに男の姿は無く、馬車のそばにいた。そして、馬に括られた縄をナイフで切り裂くと、馬はそのまま森の奥に掛けて行ってしまった。


「いっちょあがり」


 突然の出来事に、荷台の檻が騒ぎ出す。


 男の予想通りだった。檻を覆う布を剥ぐと檻の中には、ボロ布一枚身に纏い、手首に手錠が架けられた“奴隷”が収容されている。


「はいはい皆さん、お静かに」


 そう言うと男はマグナムを構えた。


 普通の人間なら、銃口を向けられたなら恐怖で表情を変えるはずだ。しかし、ここにいる一人として表情を変えずに、死んだ目で男を睨んでいた。


 男も黙って引き金を引く。すると鋭い金属音と共に、檻の扉に掛けられた錠が落ちた。


「何なんだ・・・お前は・・・」


「俺達を助けてくれたのか・・・?」


 男が檻を開けたことで、逃げるという選択肢を与えられたかのように思えた奴隷達は、少しばかり表情を変えた。


 しかし、男はそんな事には目もくれず、檻の中に入ると一人の奴隷の前に立つとこう言い放った。


「おいお前、今からお前は俺のもんだ」


 その言葉に俯けていた顔を上げる。顔を覆うように被された布の下には、赤い髪が見える。しかも、この檻の中で唯一の女だ。


「という訳なんで、こいつ貰っていきますね。って言っても、誰もこいつの事なんかどうでもいいでしょ───あ、そうだ、後は皆さんご自由に。別にあんたらを助けたとか思ってないんで」


 そう言うと、軽々とその女を肩に抱き上げた。


「おいっ!お前!何するんだよ!!」


「何だ、喋れんじゃん。良かった良かった、死んでんのかと思ったわ」


「やめろ!下ろせ!」


「んじゃ、皆さんさようなら〜」


 男はそう言うと森の中に消えて行った。



****­*



「という訳で、お前は今日からここで暮らせ」


 何処かの森の奥。小さな家に二人はいる。


「何であんた何かと暮らさなきゃならないのよ!」­


 家に着くなりベッドに放り投げられ、混乱状態の女が騒ぐ。頭から被っていたフード状の布は取れ、顔が良く見える。


「結構可愛い顔してるな」


「なっ?!」


 慣れない言葉に顔を赤らめる女を楽しそうな目で見つめる男。


「てか、何よ!ここで暮らすって!」


「別にいいだろ?どうせ俺が来なかったら、お前はどっかの金持ちの奴隷として何されてたか分からないんだからさ」


「そんな事言ったら、あんただってどっかの誰って事で変わらないじゃん」


「おっ、なかなか冴えてるね。馬鹿じゃないってことか」


「馬鹿にしないでよね!」


「まあいい。今日からお前は俺のもんだ」


 にっこり笑ってそう言う男と対照的に、女は恥ずかしさで真っ赤になっている。


「・・・よくもそんな恥ずかしい言葉が言えるわね・・・」


「は?俺は事実を言っただけだろ?それに考えてみろ。今頃リンデンバーグで待っている奴隷商人達は、商品が来ないって大騒ぎしてるはずだぜ?想像しただけでも笑えてくるぜ」


「あんたって変な人ね・・・」


「そうか?至って普通だぜ?」


 何故自分だけあの場から連れ去られたのか、どうしてあの様な犯行に至ったのか、女には男の考えが読めない。


「それで?あんたも私の身体が目的なんでしょ?」


 女が暗い目でそう言うと、男は女を見下す様な目でこう言った。


「そんな言葉を易々と吐くのは、下賎な人間がすることだ。自分の価値も分からない阿呆がな。もう少し自分の事を考えて物を言えよ」


 それまでヘラヘラしていた男が急に態度を替えた。女がこれまで見てきた男達とは違う、何かが男にはあった。


「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺の名前はゾル。今日からよろしく」


 突然ケロッとこれまでの調子に戻ると、名を名乗った男。女には訳が分からない。


「私は・・・」


「何だ?名前が無いのか?」


「・・・」


「なら俺が付けてやるよ。そうだな──お前は今日から“ミラ”だ」


「別に何だっていいわ」


「何だよ、もうちょっと喜べよ。まあ、とにかくお前はミラな」


 いつか逃げ出してやろう。そう思っていた女は、この男と一年も生活を共にしていた。



*****



 ある冬の日の夜。


「ねえ、ゾルは何で盗賊なんて続けてるの?指名手配までされてさ」


 家にいる時以外は何処かに出掛けては、何かを盗んで来て、手ぶらで帰ってくる。流石にそれだけでは生活が出来ないので、たまに盗品を換金して持って帰ってくることもある。


 食べ物にしても、衣服にしても、ゾルが調達してくる。ミラはこの家を出る事はあっても、森から出る事は一度も無かった。


 だからこそ、何故危険を冒してまで盗みに入るのか知りたかった。


「ん?そんなの大した理由なんてないよ?」


 スープを飲み干しそう言うゾル。しかし、ミラはそれでは納得していない。


「ならその理由を教えてよ」


「んー、簡単に言えば“盗みたいから盗んでる”って感じかな。略奪欲求があるんだよ。誰かが持ってるものを奪いたくなる。だから盗む。それだけだよ?ほら、だから俺って盗んだ物を持って帰ってこないでしょ?それは別にそれが欲しいからじゃないからなんだ」


「そうなんだ・・・」


 そう言われた時、ミラはとても寂しそうな表情を見せた。


 この一年で様々な表情を見せる様になった彼女だが、今の様な表情は初めて見せた。






 次の日の朝、ミラはゾルの言葉で目を覚ます。


「おはようミラ。今日は一緒に出掛けるから、支度をしてくれないか」­­


 初めて“一緒に”と言われた。これまで一人で出掛けていたゾルから初めて言われた言葉に、ミラは嬉しくなる。一年ぶりの“外”に、興奮を隠しながら身支度をする。




「もう一年経ったんだな。早いもんだな」


 手を繋ぎ、一緒に森を歩く。感慨に耽るゾルに対して、にやけ顔が隠せないミラ。一年前では考えられない光景だ。


「逆を言えば、一年も経っちまったな」


 ゾルの不可解な言葉に、ミラは首を傾げる。


「いや、何でもない──」


 そう言ってゾルは手を強く握った。




「さあ、着いたぞ」


 途中馬車で移動したりしながら、二時間掛けてたどり着いたのは、小さな田舎町。何の変哲もない街なのに、ミラはこの町にどこか懐かしさを感じる。


「覚えてないよな。ミラ、ここはお前が生まれ育った町だよ」


「えっ?!」


「昔、ある城に盗みに入った時、お前にそっくりな女性が写った写真を見つけてな。地下にある宝物庫にだぜ?変だと思わないか?」


 そう言ってゾルはポケットから黄ばんだ写真を一枚取り出し、ミラに渡した。薄らと色が残るその写真には、確かにミラにそっくりな女性が写っている。


「でもそれはミラじゃない。で、思った訳よ、これはその国王の愛人かなんか何じゃないかって」


 その言葉にミラは顔を上げ、ゾルを見る。


「そう、国王の愛人ってだけでスクープだよ。それ以上に、赤髪の女性ときた。これが明るみに出たら大騒ぎになる話だ」


 この時代、赤髪というのは“魔女の末裔”という事で忌み嫌われていた。そのため、赤髪に生まれてきた人間はその瞬間から身分が最下層と決まっていた。


 それにも関わらず、その赤髪の女性を国王は愛していた。そして、彼女の写真を地下の宝物庫に保管していた。誰にも知られることのないように。


「だからって・・・それが私と何か関係あるの・・・?確かにこの人、私と似てるけど・・・」


「もう気付いてんだろ?この人、ミラのお母さんだよ」


 驚いた様子も見せず、ただ納得したかの様に顔を俯けた。


「ミラは、自分が孤児(みなしご)って言ってたけど、本当は違ったんだよ。ちゃんと母親がいて、父親もいた。ただ、ミラという存在が国王からしたら厄介な存在になったから無かったことにしてしまったんだよ」


「何でゾルがそんな事・・・」


「今までずっと探してたから。この写真を見つけた時から。そして、ミラに会った時からね」


 すると、民家の扉が開き赤髪の綺麗な女性が洗濯物を手に出てきた。


「ほらな。あれが、ミラのお母さんだよ」


 その女性もこちらに気付いたのか、手にしていた洗濯物を落とし、驚いた表情でミラの方をじっと見ている。

 

「アンリ・・・!アンリなの?!」


 ミラの本当の名前だ。しかし、ミラはそれが自分の名前だとは知らない。それでも、この人が自分の母親なのだと、感じていた。


「これでミラは晴れて自由の身だ」


「えっ?」


「一年前、俺のものになれって言ったけど、それも今日までだ。今からは、自由に生きろ。ほら、お母さんが待ってるぞ」


 ミラの母親は涙を浮かべて喜んでいる。昔、手放してしまった娘と再会できたことに。


「じゃあな、俺は仕事が終わったから帰るぞ」


 踵を返して手を振りながら来た道を戻るゾル。しかし、ミラは突然走り出しゾルの手を取り彼を引き止めた。


「いやっ!!私ゾルと一緒にいたい!!」


 今にも泣きそうなミラの瞳に、やれやれと肩をすくめる。


「俺といたって、幸せなんかになれないぞ?あっちにはミラのお母さんがいるんだぞ?そっちで暮らした方が二人とも幸せじゃないのか?」


「違うっ!!」


 塞き止めていたものが崩壊したのか、涙が零れる。


「嫌だよっ!“俺のもの”だって言ってくれたじゃん!だったら・・・、だったら最後までゾルのものでいさせてよ!」


 手を強く握りながらそう訴える。


「いいのか?俺は盗賊だぞ?」


「ゾルが・・・ゾルのことが好きなの!!」


 そう言われて照れたのか、ゾルはミラの綺麗な赤い髪をくしゃくしゃと撫でた。


 涙で崩れた顔を隠すように、ゾルの胸に顔を埋めながらミラは宣言する。


「今度は、私が“ゾルの心”を盗んでやる──」






 ゾルはくしゃっと笑って、ミラの母親に向かってこう言った。


「この子、俺が貰っていきますね」

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Steel 新成 成之 @viyon0613

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